Ep.7 絶望まで駆け抜けろ!

 風を切って走り出す。それはもう頭の中で様々な情報を整理させながら。


「お、おい! 氷河! 何処行くんだよっ! ちょっと待てよ!」


 部長の止める声が聞こえるが、足はそのまま歩道を走ったまま。幽霊橋へと急いでいく。

 警察だけでは不安だ。彼女は以前の事件で僕達が想像しきれない方法で連続殺人をやり遂げてみせた。例えあの殺人鬼が捕まったとしても、もう黒川さんの家に爆弾が仕掛けられているかもしれない。いや、更に最悪な考え方があるのだとしたら……。

 殺人鬼の思想に感化された警察官がいる可能性もある。その警官が捕まえようとしたら、驚いて心臓発作を起こしただとか、幾らでも言い訳はできてしまう。

 そうなる前に。黒川さんにあって、助けてみせる。彼を告発して、この世界の法律で裁かれてもらうために。

 途中、息を切らしてしまった僕は歩きつつ。その時間を使って、今解かねばなるまい問題をまとめていく。


「ええと……まず……ええと」


 まずは、被害者が何故立ち止まる必要があったか、だ。怪しい人がいるにも拘わらず、何を考えたのか。赤葉刑事は僕が同じ高校生だから解けると思っているみたいだが……僕の頭にはちっとも答えが出てこない。

 それに、証拠だ。証拠はあるのか。警察がまだ見つけられていない証拠がなければ、黒川さんが犯人であるとは決め付けられない。

 全く思い付かない頭を手で撫で回し、また走る。今度は駆け出しながら思考を回転させた。

 もう一つ生まれてしまった問題のこと。

 あの殺人鬼の誘いについて、だ。彼女にはまだ僕は「彼女のやっていることが間違ている」と否定できていないのだ。ただ、殺人を否定しているだけ。殺人を否定していても、事件は起きてしまう。だからそれを覆そうとする彼女の思想を壊せてはいない。

 だから証明しないといけないのは、「彼女の思想が根本から間違っている。それが優しい人を悪魔に変え、殺人事件を生む元だ」と伝えなければならない。

 そうしなければ、彼女は何度も僕を探偵としてスカウトしに来るだろう。

 何て考えていたら、足元にあった石につまづき、勢いよく前に倒れてしまった。


「どうしろって言うんだよ……全く……痛いなぁ……」


 また立ち上がって、前に移動する。ああ、目の前で真っ赤に光る信号機が恨めしい。

 仕方ない。その隙間時間を有効活用しよう。僕は自分のポケットに入っていたスマートフォンを取り出し、誰かから連絡や新しい情報が入ってきていないかチェックした。

 赤葉刑事から何件かの不在着信とメールが入っていた。待ち合わせをすっぽかした彼女に申し訳なさを感じつつ、読ませてもらう。


『他の警官から聞いたよ。今、君達のところで大変なことになってるみたいね。あの殺人犯が今度は黒川さんをターゲットにしたって。その情報ともう一つ。こっちは役立つと思う。達也くんが拾ってきたもの、あれはイヤホンの欠片だったのよ。耳の中に入れる補聴器みたいなタイプ、ね。結構新しいから、最近落とされたものに間違いないみたい』


 そこが分かったから、どうなるか。いや、何も判明はしない。

 何も分からず、信号機が青になった瞬間、動き出す。そんな僕の隣を走る男がいた。


「へっ。お前一人恰好付けんなよ!」

「ぶ、部長!? 何で!? だいぶ後ろにいませんでしたかっ!?」

「へへっ! 舐めんなよ! お前よりも体力あんだぜ。オレを振りきることなんて無理だと思え」

「いや……振りきった訳じゃないんですけど……」


 信号を渡ったと思ったら、またすぐ近くに赤になった信号機。後、二つ三つは足止めされるらしい。

 僕は足を動かしながら、今一度スマートフォンを確かめた。赤葉刑事以外の他に広告が入っている。

 これは、美伊子のものだった。誘拐されて何処かでVtuberを始めさせられた不思議な幼馴染。彼女が出した通知は「今度ゲームをやらないか。ゲーム好きを集めましょ」だった。横から視線を入れてきた部長が大袈裟に反応した。


「ゲーム……! 美伊子もやるんだなぁ……! しかし、ゲーム好きねぇ」

「……今はゲーム好きなんて、どうでもいいでしょう」

「ああ、まぁな。まっ、大丈夫か。自分で集まるよな。ゲームのこと話してりゃ、ゲーム好き位……」

「まぁ……そうですね……えっ……」


 話してれば……来る?

 何かを思い付きそうになるも、目前の信号が青になったことに気が付き、そのまま走らせてもらう。

 そう、遠くはないはずだ。肩に力を入れたところで部長が聞いてきた。


「そういや、黒川って言うおっさんの家を知ってるのか?」

「……えっ?」


 ドキリとさせられる一言。心臓がバクバク言っている中でそんな衝撃の発言が来た。心臓が一旦、停止する。そして、また少しずつ動き出す。あまりに勢いよく止まったものだから、本当に止まったのかと思ってしまった。


「氷河……何処へ行こうと思ってたんだ?」

「いや、幽霊橋の近くって言ってたから……その辺りまで行って探してみようかなぁって……」

「……そこまで行かなくてもいいらしいぞって赤葉刑事が」

「そうなんです?」

「一応、こっちとお前のスマホにその人の家を記した地図の画像を送ったらしい……後、すぐだ」


 マズい。まだ謎は全て解けていない。彼を助けられるタイムリミットもわずかしか、ないのでは。

 部長は立ち止まってスマートフォンを見つつ、近くの角を左に曲がるよう指示してくれた。


「……部長、そんな律儀に立ち止まったりなんかして」

「だって、走りながらじゃ危ないだろ」

「まぁ、そうですね」


 納得しかけるも、この世のルールを従っている彼を見ると違和感を覚えてしまう。少々悩む僕に今度は部長から声を掛けてきた。


「で、どうするか考えてないんだろ」

「……はい。守る以外は何も」

「推理ショーはやるのか?」

「そうですね。犯行方法が分かったのであれば、したいんですがね。黒川さんの前でその話をして自首させたいですね。近くに警察官もいますし、逆上しても何とかできると思いますし……」

「自首か……でも、どう探偵だって信じてもらうんだ。黒川さんが素直に話を聞いてくれるとは……限らないぞ」

「あっ……」


 ううん。そこが問題ではあるが。


「警察手帳をどっからか拝借すれば良かったんだがな」

「……なんてことを考えてるんですか。警察になるって言うのは官職詐称罪って言って立派な罪と言うか、そもそも窃盗罪で捕まりますからね」

「そうかぁ。スマホ歩きと同じでダメかぁ」

「それって誰かにおこら……」


 バチバチッ、空耳が聞こえてきた。何がショートした音なのかはもう分かっている。謎そのものがショートして消えていったのだ。

 部長がふと出した言葉に答えが繋がった。


「……誰かに……何だって?」


 部長の問いに僕はこう答えてみせる。


「……それって、誰かに……自慢できますね。部長はちょっとハチャメチャなところもありますが、僕の大切な先輩です。さぁ、全ての謎を解き明かしましょう!」

「氷河……ああ、お前のやりたいことなら幾らでも手伝ってやるぜ!」


 準備は整った……はずだった。しかし、黒川の家を見てしまったら驚かずにはいられなかった。

 彼の家の壁、門、車、すぐ近くの電柱に数多くの張り紙がされている。


『幽霊はこの町から出てけ』

『お前も殺されろ』

『この殺人鬼!』

『死ねっ!』


 罵倒や雑言がありとあらゆるところに書かれている。スプレーで書かれているものもある。見ていて気分が悪くなってきた。

 まるで今から黒川を追い詰めようとしている僕も彼等と同じ、そう言われているような気がした。

 やっていることは張り紙を貼った人達と同等……僕は今から彼を殺人犯として告発するのだ。

 

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