Ep.6 殺人鬼は二人?

 喋りまくる彼の元にストップを一回入れさせてもらう。と言っても、三回程「ストップ」を叫ばせてもらった。

 

「えっ、そんなに息を枯らしてどうしたの?」


 自分のお喋りに夢中で僕の発言に気付いていなかったようだ。ぜぇぜぇしながら、言葉を吐かせていただいた。


「あの……何か朝必ずしないといけないルーティンみたいなのはなかったんですかね? って……聞きたかったんです……」

「ルーティンかぁ……別に……いや、まぁ、朝自転車に乗ってバンバン音楽を聴くってことかなぁ……最近は新しいイヤホンを買ったって言って、毎朝ガンガン聞いてたなぁ」

「最近って?」

「数週間前かな……ごめん。詳しいことは覚えてないけどね」


 今の発言に違和感があった。何だろう、と思っていた隙にまたペチャクチャと話し始めるポロシャツ男子。

 ただただ捜査には関係ないような私事まで話し出す始末。

 僕の隣にいる部長は口には出さず、「この話早く終わらんかな」って顔をしていた。僕も一度、無心になった。

 それから何分か経った頃だろうか。彼は別の男子に呼ばれ、「ごめん! もう時間だ」とのこと。部長は息をついて「やっと解放された」なんて幸せそうな顔をする。もう昇天しそうだ。

 そんなポロシャツ男子が一回振り返るのを見て、部長は真っ青な顔をした。天国へ行ったと思ったら地獄に落とされた、ような感じだろうか。

 まぁ、幸運なことに彼はただ僕達に忠告するだけであった。


「幽霊……には気を付けなよ。それで生徒会長と同じクラスの子が一人、今も毛布を被ってぶるぶると震えて怯えている……呪われたように、ね」


 そう言い残し、彼は校舎の方へと走り去っていった。もう、ここには用がない。後は校庭の前で赤葉刑事が戻ってくるのを待っていよう。

 僕達がそこまで歩いた時だった。冷たい視線が真ん前から飛ばされてきた。何か、と驚いた瞬間に車から紙袋を被った人間が現れた。

 部長はきょとんとした様子で「何だ……」と奴に指を差している。すぐさま彼の前に出る。


「あら、こんにちは」


 この女性の声、間違いない。

 僕の前に現れる紙袋の女性。僕の顔が強張るのに対して、部長は事情を尋ねてくる。


「何だ何だ? 新しい恋人か? お前の。美伊子はどうしたんだよ」


 僕は何も知らない彼に言い放ってやった。この前起きた「異世界ハーレム殺人事件」のことを。


「……恋人なんかじゃない。こいつは、この前とんでもない殺人を犯してきた人です。ニュースでも言ってたの覚えてないですか? 犯人は未だ逃走中だって」

「な、何で氷河の前に……確か、その時氷河は謎を解いたって言ってたよなぁ。まさか、こいつはお前に復讐を!?」


 部長がさっと僕の前に出た。部長はこの殺人鬼が標的にしている美伊子の兄、だ。何をされるか分からないと僕が彼の前に出ようとした。

 「オレが!」と出る部長に僕は「こちらが!」と言って、張り合った。それが段々とヒートアップして、部長と取っ組み合いそうになる。こちらは、部長を守りたいだけなのに。

 そんな状況を彼女が止める。その言葉で一気に熱が冷めていく。


「今はわたし、別に危ないものは持ってないよぉ。ちょっと言いたいことを話しに来ただけ」


 彼女の意図は読めている。だから、すぐさま僕の意思をぶつけていく。


「殺人のターゲット探しなんて、しませんから! 部長、今すぐ警察を!」


 そんな部長の手が動くところに彼女は紙袋から取ったハサミを投げつけた。


「えっ?」


 彼の手からスマートフォンがポロリと落ちていき、同時に彼の体を崩れ落ちていった。

 言っていることとやっていることが全然違うではないか。

 

「おい……お前……危ないものは持ってないんじゃ」

「殺す意思を持ってないだけ。別にハサミやナイフは常備してるよ。下手にわたしを追ったり、通報したりしたら……誰かが傷付くってことは覚えてよね」

「お前ええええ!」


 僕は怒りで震えそうになるも、彼女は声からして楽しそうだった。


「ふふふっ! で、話がちょっと逸れちゃったね。わたしが言いたいのは、君達が今回、幽霊橋の事件を解いてるって風の噂で聞いたから」

「もしかして、アンタは今回の犯人の行動を手助けするつもりか?」

「その逆よ」

「はっ!?」


 彼女のウキウキするような声に明るい態度、そして奇想天外な協力発言にペースを狂わされてしまった。

 僕と部長が動じている間に彼女はおかしな発言を口にした。


「あの男。黒川って屑男を逮捕してほしいのよ。アイツは殺人犯よ……!」

「アンタだって殺人犯じゃないか」

「復讐のために心を燃やした人とその人間の屑と一緒にしないで。わたしはアンタのような探偵に人間の屑を探してもらうようにお願いしてるんだから」

「……黒川は……お前の探すような屑だとでも言いたいのか?」


 彼女は体をしきりに動かしながら、「殺人犯」の意味を語った。


「そうだね。わたしが殺した奴等のような屑、よ。あいつらと同じでしっかり殺人も犯している。過去の殺人も一緒に裁かれて、死刑にでもなるんじゃないかしら」

「過去の殺人って何だ」

「奥さんよ。って言うか、黒川って男は妻子持ちの男だったのよ。十年前までは、ね。息子が死んでから、奥さんは徹底的にドメスティックバイオレンス、所謂家庭内暴力を受けたって聞いたの。その通り、彼女の体は見えないところにあざがあった、って話よ」

「そんなの、何で分かるんだ?」

「黒川が居酒屋で笑いながら話してた、そうよ。黒川は結局、暴力を六年間続けて奥さんは死んだ……」

「何で捕まらなかったのか? 黒川さんが原因ってことじゃないだろ?」

「いいえ。最終的には心労が絶えず、頭の血管がプチリと切れて死んでいったそうね。直接的な原因は黒川にないってことで逮捕には至らなかったみたいね」


 本当に黒川の情報なのかが分からない。こいつが嘘を言っている可能性は大きい、と思いたいが。彼女が持っている強い意志も伝わってくる。

 まさか、本当のことではあるのか。

 

「……お前はつまるところ、アイツを逮捕することに協力しろ、と?」

「そっ……」


 もし、だ。


「もし、証拠がなかったら……?」

「屑を貪らせてはいけないわたしの心情に乗っ取り、黒川守が海外に逃げる前に飛行機を墜落させてでも殺してみせる。もし、そうしたくないのなら証拠をつかんで、さっさと黒川を逮捕してするんだよ」


 彼女はそれだけ言うと、車に戻って何処かに消えていってしまった。何分か後に誰かが呼んだ警察が来るももう遅い。

 あの殺人鬼の計画は始まってしまっている。僕は来た警察官に黒川さんの警護を頼むと、駆け出した。

 赤葉刑事の到着なんて待ってはいられない。


 



 


 

 


 

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