Ep.4 生意気な探偵

 もう彼は誰にも止められない。川に入ろうとする部長に対し、驚いて凝視する赤葉刑事にも「気にすることありません」と言っておく。

 それよりも、と気になっていることを質問する。


「……取り敢えず、犯行の流れは分かりました。その黒川さんが車を盗んで、この橋の上までやってきて。橋の上を自転車で走っていた男子高校生を殺害して行った可能性が高い……。では矢を撃ったのは何のためでしょう?」

「えっ……本当に達也くんのこと……いいのかなぁ……で、え? 矢を撃ったの? 自分が腰痛でできないってことを証明するため……じゃないかぁ。あっ、でもちょっと待って。この橋の上は一応、人通りがあるし……」

「ですよね。ええと、そこから考えますと……できるできない関係なく、犯人は足止めか、強い恨みを持っていたか。そのどちらかか二つの理由で撃ったんですね」

「そうだねぇ……それが犯人の都合よく誰にも気付かれなかったことから、自分はやってないと主張したのかなぁ……」


 橋の上での犯行は見られても良かった、か。それと矛盾している情報があった。車の盗難について、だ。その時は自分の痕跡を残さず犯行をしてみせたのに、何故殺人現場では自分が目立つようなことをしたのか。

 そう悩むも自分で考えた「車を盗む時に誰が盗んだか分かったら、すぐに殺人計画を邪魔されると思ったから。犯行を邪魔されたくなかった」という結論が現れた。但し、納得はできない。痕跡を多く残したとして。髪が落ちていたとしても、すぐに捜査官が来て分析される訳ではない。

 ただまぁ、黒川さんの知識が浅かった可能性もある。警察の捜査がもっと機敏かもと思い、証拠を残さなかっただけかもしれない。

 いや、そもそも、だ。考えた可能性を赤葉刑事に突き付けてみる。


「あの、車が盗難された家って黒川さんの知り合いの家……ですか?」

「……そう言えば、そうだね。親戚の家みたいで、何処に車の鍵を置いてあるのかも知ってたみたいよ」

「やっぱり……そ、そうですか……」

「何か……残念そうだね」


 先に聞いておけば良かった。悩み損だ。黒川さんの証拠は残らなかったのではなく、あっても自然な場所に落ちていた。だから犯人として示す有力な証拠としては使えない。

 別に矛盾などなかった。

 気を取り直して、別のことを考える。今度は黒川さんの情報について、だ。盗難された車の持ち主が黒川さんの親戚だと言うことを知らなかったように。彼に関して知らない情報が多すぎる。

 彼は事情聴取を受けたことには間違いない。その時、何か言っていなかったか。そこにヒントがあるかも、だ。


「黒川さんのことについて聞きたいんですが」

「例えば、どんなこと?」

「全部……じゃ、広すぎますよね。じゃあ、黒川さんって何て言って殺人の容疑を否認してたか、という情報はありますか?」

「ああ……自分が事情を聞きに行ったんだけどね。腰痛が辛くて、そんなことができないってのともう一つ」

「もう一つ?」


 精神を集中させる。もしかしたら、こちらに重要な証言が隠されているかもしれない。


「もう一つは、『その生徒とは通学路と出勤するところで良く出会う知り合いだった』って、言うの……」

「知り合い!? 知り合いだと……」

「ええ。『知り合いだし、彼は声を掛ければ止まってくれる。そのまま何処か影にでも引きずり込んで襲えばいいんだ』と」

「ええ……本当に知り合いなんですかね?」


 被害者までもが知り合い。滅茶苦茶な自論だ。到底信用できないが。違うと否定もできない。


「そうみたいなのよね。毎朝、自転車で合ってるところを挨拶はするって。一応だけどさ、一応、被害者の彼は生徒会長。誰にでも人当りの優しい人間だったって、回りの人間は言ってるんだよね」

「ああ……ニュースでも言ってた気がします。『何で、あんな優しい子が』って」

「そうなんですね……」


 結局、あまり収穫はない。被害者が立ち止まった理由も分からない。

 少々頭を休めるために川へと目を向ける。そこでは川の中に入って駆けまわっている部長。彼を観察しながら、「平和な人だなぁ」と失礼ながらも思わせてもらった。

 いや、待てよ。部長のように男子高校生には不思議な個性がある。平たく言えば、馬鹿っぽさだ。

 無知のせいで人として理解できないことも平気でやってのける無謀さも持ち合わせている。被害者である滝川さんにも部長みたいな気質があった。そう考えれば、立ち止まった理由も発見できる。

 「かもしれない」ではない。「に決まってる」、そう思って行動しなければ、希望は見えてこない。

 早速、胸に希望を抱えて赤葉刑事に頼み込む。


「あの……赤葉刑事。被害者の友人とかと話せませんかね」

「……それだったら、自分に頼むよりももっと適任者がいるよ」

「そうなんですか……?」


 と言って、彼女はあるところに電話を掛けてから、そのスマートフォンを僕に渡してきた。彼女のスマホ画面に映っている字面で分かった。

 知影探偵だ。

 彼女はすぐに応対してくれた。


『赤葉刑事……どうしたんですか?』

「ごめん。僕」

『えっ、氷河くん!? アンタ……そっか、あの事件を調べてるのね。羨ましいことね』

「全然羨ましく思ってもらわなくて十分です。それよりもちょっと協力してもらいたいことが……でも試験途中だと……」

『気にする必要はないわ。ワタシなら何でもすぐにできちゃうから』


 やけに自信満々な先輩だ。今回ばかりは頼らせてもらおう。但し、探偵としてではない。知影さんとしてお願いするのだ。


「知影探偵は、その被害者が通ってた面相高校に知り合いとかはいませんか……? 僕には思い当たる人がいなくて」

『そっか。じゃあ、面相高校の2127』

「えっ? 何ですか、その数字」

『クラスと出席番号。SNSで事件の情報を集めるために繋がった子よ。アカウント名も名前じゃなく、そっちにしてるみたいなの』

「そ、そうなんですか。で、その人に会って話ができるんですかね」

『うん、すぐに聞いてみるわ。たぶん、今日は部活って言ってるから学校で話が聞けると思うわ』

「は、はい」


 本当に会えるのかと知影探偵のことを疑っていたのだが、すぐに返信が来たよう。


『話ができるって』

「えっ!?」

『亡くなった滝川宗一くんって子やその回りの話もできるかもってことよ。感謝しなさい! 何か警察には話せない特ダネもあるって話よ!』


 警察に話せない……か。彼等が手に入れてない情報もゲットできる。その事実が分かると思うと、震えが止まらない。

 絶対にこの事件を解決してみせる。


「知影探偵、ありがとうございます!」

『じゃあ、勉強終わったらそっちに!』

「試験勉強頑張ってください! 終わっても勉強です!」

『むきー! なまいきなぁー!』  

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