Ep.3 ふざけてるんですか?

 いきなり話が怪談へと変わっていく。一体どういうことか、と続きを話してもらおう。と、その前に。

 僕は提案する。


「赤葉刑事、一旦、家に入ります?」

「ああ……今からその現場に行こうと思ってたんだよ。そんな長居はできないな」

「じゃあ……宜しければ、僕達も連れてってください。そこに何かヒントがあるかもしれませんし」

「いいわよ」


 立ち話も長いと足が疲れてしまう、と言うことで赤葉刑事が乗ってきた車に乗ることになった。ついでに現場へと向かうことにする。敷地の外にあった彼女の車は既に暖房が効いていて、部長も入った途端寝そうになっていた。

 僕は助手席に乗らせてもらい、話を聞くことにした。大声で話しておけば、眠れないとは思うが。一応、彼女がミントのキャンディーを渡していた。


「どうもご丁寧にありがとうございます。で……幽霊ってのは」


 部長はそれを口に入れた途端、お礼を言って目覚めたよう。前のめりになって、赤葉刑事がしようとしていた幽霊の話を要求した。


「学校とかで言われなかったかな? 十二月の中旬にそこで死亡事故があったこと……」


 そう言われて、僕は思い出す。プリントか何かも配布されたはずだ、と。


「ああ……ありました! 交通安全にってことで。確か、夜なのに光るものも付けず、黒いジャンパーで車の前に飛び出たとか」


 そこに部長がコメントする。


「きっと歩道から向こうの歩道へ渡ろうとしてたんじゃねえのか」


 そう言うと、赤葉刑事は少々顔を曇らせ、何かを呟いた。


「……それだったら、いいんだけどね」


 何かあるのかと違和感を覚えた僕が尋ねてみる。


「どうしたんですか? 赤葉刑事」

「いやね、何か変な噂も流れてるのよ。一か月前に亡くなった男性は実は当たり屋なんじゃないかってね」

「つまるところ、わざと黒いジャンパーで見えにくい恰好をしてたってことですか? 車にかれるために!?」

「そうなのよ。どうしても当たった車の方が治療費だとか慰謝料とかを出さないといけないのよね。そういうことをあの男性は何回もやってたみたいでね……」


 当たってしまった車の方に同情する以外の感情はなかった。部長の方も腕を組み、「そういうやり方気に入らねぇな。金が欲しいなら、人に迷惑掛けずにやれよ」と顔を強張らせていた。

 車の中が少々熱い、怒りの空気に包まれるものだから、僕は窓を少しだけ開けさせてもらう。それから赤葉刑事に確認をした。


「つまり、その人が……? 幽霊……ううん、悪霊だな……それになったって噂をしてる人がいるんですか?」

「ええ。特にSNSとか、掲示板とかだとね。目撃者が黒いジャンパーを着ていたってネットに発信したみたいでね。みーんな、今回の犯人と亡くなった人を重ね合わせてるのよ。で、結構多くの人が呪いだとか、何とか言って口をつぐんでいる」

「本当に怖くて黙っているだけですかね?」

「そうだよね。何か、みーんな呪いだとか言って誤魔化してる気がする……何かを、ね」


 皆が黙るようなもの、か。

 だいたい話は飲み込んだ。今はそんな呪いの話に惑わされず、どうして被害者の頭に矢を当てることができたか、を考えよう。赤葉刑事は高校生ならではの行動か何かがないかと考えているよう。

 僕が思考する間に部長が赤葉刑事へと事件とは別の話題を投げ掛けた。


「そういや、あの人はいないんですか?」

「……あの人?」

「知影先輩のことですよ。事件と聞いたら、氷河に真っ向で勝負仕掛けて来るじゃないですか」

「ああ……知影ちゃんね」

「クビにしたんですか? それとも、まさか……また入院!?」


 部長はずかずか、失礼なことを口にする。こういうところは変わらない。今頃、知影探偵はくしゃみが止まらないことであろう。

 赤葉刑事はクスッと笑いながら、その両方の仮説を否定した。


「今回は冬休み明けの試験と課題で忙しいからってことで、ほとんど手伝えないんだって」

「ああ……そういうことですか。なぁ、氷河……オレ、課題やってないぜ」


 僕は「そうですか」とだけ言っておく。何の自慢をしたいのだ。彼は……。徹夜自慢ならともかく、何故できていないで誇ることができるのか。余裕だって言いたいのだろうか?

 そんなこんなでふざけているうちに橋の近くへと到着した。近くにある駐車場から歩くことになり、僕と部長、赤葉刑事は事件現場である橋の上へと向かった。

 歩道には黒ずんだ血だけが残っていて、それこそが事件の残酷さを物語っていた。朝の通学路。何をしたら、こんなふうに殺されると言うのか。

 まず僕は何か道具が落ちていたかどうかを確かめる。もしかしたら逃げようとした際、物を落として拾おうとしたのかもしれない。

 

「赤葉刑事……何か落ちていたものはありましたか?」

「別にこの橋の上に落ちてた、ものはないのよ」

「スマホとかは? スマホとか鞄から飛び出そうなものですけど」


 一回、パリンと自転車から落としたことがある僕の経験を交えて尋ねてみた。


「残念ながら内ポケットの中にスマホはちゃんと入ってたの。そのスマホ轢かれた際に色々アプリを開いちゃったり、バグっちゃったり。で、最後にどんなアプリを開いてたか分からないんだよねぇ。まぁ開いてたアプリで犯人が分かる訳じゃないけど」

「ああ……せめて録音とか声があれば重要な証拠になったんでしょうが。その様子だと……本当、犯人にとってはかなりご都合主義な展開になりましたね。ちゃんとした犯行の瞬間は見られていないし、証拠も残らないし」

「ええ……決定的な証拠がなく、顔もあやふやなのよね。一応、モンタージュみたいなもので探せたんだよ。でも、よくいる顔なのよ。黒川さんみたいなおじさん。単に怪しいって理由は、似ていたから、そして事件現場と盗まれた車の家の近くだけだったからってこと」

「轢いた車が盗難車……」

「そう留守になると分かっている時間に、家の窓ガラスを割って、鍵を盗んでやったみたい。だけど、盗難の方も全くと言って黒川さんがやったって示すものがない……の」

「もし、その黒川さん相当念入りな計画殺人をしてたってことですね」


 僕達が込み入った話をしていたからなのか、部長は一人黙っている。川なんか眺めて、どんな感傷に浸っているのだろうか。

 いなくなった彼の妹のことでも考えているのか。

 そう思って、彼の方をみやった瞬間、僕は後悔することとなる。彼は僕の視線に気が付いて、頓珍漢な言葉を放ったのだ。


「なぁ、この寒い中、川ってどれだけ冷たいんだろうな? ちょっと川遊びに行ってきていいか!? なぁに、あんま濡れないようにするからさ!」


 何だろう。ふざけるのやめてもらっていいですか?

 怒りを爆発させた僕は彼に叫んでやった。


「ええ! いいですよ! 入ってきたら、海まででも行ってきてください! なぁに! 安心してくださいっ! 流されたら、単に自然の一部に帰るだけですからっ!」

「それもそうだなっ!」


 そう言って彼は橋から降り、本当に川の方へと駆け出して行った。

 

 

 


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