Ep.1 刑事からの頼み事

 寒さも本格的に強くなる一月のなかば。休日は皆家に籠って、ストーブで温まっているのだろう。雪は降らずとも、外に出ただけでピリッと肌につく寒さを味わいたくない。

 目の前でリビングの炬燵こたつに入って、ぬくぬくゲームをやっている人も寒さには弱いよう。炬燵から出した頭をぶるぶると震わせながら、携帯ゲームをピコピコやっているのだが。

 

「部長……達也部長! それをやるんだったら、自分の家でいいんじゃないでしょうか!?」


 そんな部長の解答がこうだ。


「いや、うちの家の炬燵が壊れ……じゃなかった。Vtuber研究会の一員として、ゲームのことについても一緒に学んでいこうぜ! ゲーム配信もするんだし」

「最初の方に本音出てましたよね」

「ははは、気にすんな!」

「……気にするな……?」

「あっ、ちょっと待て! よし! いけっ! 今だっ! いっけぇえええええええ!」


 図々しさこの上ない。ただ、ただ、だ。彼をフォローするとすれば、何と楽しそうにプレイしていることか。格闘ゲームで勝っても負けてもヘラヘラと笑っている。「そこだそこだ」と騒いでは「うわぁ! 負けちまった! もう一度だ! もう一度だ!」と。

 部長のことを悪く言えば、迷惑野郎。良く言えば、ゲームの宣伝塔であろう。見てたら何だか僕もやりたくなってきた。

 同じゲーム機を近くの棚から取り出して彼の元に寄っていく。


「部長。僕はそこまで強くないですけど、それでもいいならお相手になりますよ」

「じゃあハンデでもつけるか。最初の十秒間触らない!」

「……それは嫌です。真剣に戦いましょう」


 炬燵に足を入れてから、ゲームを起動した。

 ここで僕はハンデの誘いを断ったのが悪かった。手加減なしのプレイが襲ってくる。何度も何度も部長にやられてしまう。理屈は分かっているのだけれど、避けられない技がある。手も部長はあり得ないスピードで動いている。

 それでも何か楽しかった。

 熱くなって、僕は何度も何度も部長に「も、もう一回お願いします!」と頼み込んでいた位。

 最中、インターホンの音が聞こえてきた。一度ゲームを中断させてもらう。そこで立とうとしたのだが、同じ姿勢のまま数十分も座っていたものだから巧く動けなかった。部長の方が早くするりと立ち上がっていた。


「氷河。オレが出とくぜ」

「お、お願いします。いてて……」

「はーい! 虎川家に何の用ですか」

「ちょっと待ってくださいね」


 インターホン越しに対応した僕と部長。部長の方は訪問者の返事がインターホンから来る前に玄関へと向かっていた。

 彼が玄関の扉を開ける。宗教の勧誘でない限り、インターホンで応対するより玄関で対応した方が早いと僕も部長の後をすぐに追った。

 そんな僕の目に驚くべき、人間の姿が映る。穏やかそうな赤渕眼鏡の女性。

 捜査一課強行犯係。桂堂けいどう赤葉あかば刑事だ。彼女の姿が現れたとなれば、何か事件があったと言うこと。

 部長は遅れて玄関に来た僕の後ろに隠れた。それで彼自身は震えつつ、僕に珍妙な言葉を放ってきた。


「ひょ、氷河!? 何をしたんだ? 信じてる。お前はそんな酷いことはやってねえだろ? な、何かあるなら自首しちまえ。国家を転覆させた訳じゃないだろ……お前がそこまで賢くてもやってねぇって信じてるからな」

「そう言ってる部長の方が何かやらかしてそうな気がしますけど……何やったんです? まさか、好きな武器のコレクションついでに爆弾みたいなものも集めて、テロリストに間違われた、とか? 凶器準備集合罪でしたっけ? まぁ、部長はしませんよね」

「それよりも……きっと氷河が犯人と間違って偉い有名な人の罪を指摘したから、怒って逮捕するように言ってきたとか……そんなことはないって思ってるぞ」

「いやぁ、それより部長が道にいる女の子全員を襲ったとか……それもないですよねぇ。絶対にぃ、ないですよねぇ」


 僕達が頓珍漢な話をしている中に赤葉刑事が申し訳なさそうに入ってきた。


「あのぉ、楽しそうなところごめんね。何か凄い罪でどっちかが逮捕されることを期待しているような感じがするけど」


 僕達二人は「そんなことないでーす」と同時に首を横に振る。後から少々ふざけすぎたことを反省し、僕は彼女の話を本気で聞くことにした。


「で、すみません。ええと、何のお話ですか? 聞き込み、です?」

「そっか。知らないのかな? 一昨日起きた殺人のこと」


 そう言われて、思い出した。同じ市内で起きた殺人事件。確か、殺害されたのは通学途中にいる高校生だったはず。通り魔か何かの可能性が高いらしいとニュースでも言っていた。

  

「で……何で、その聞き込みを僕達に?」

「いや、聞き込みと言うか……その」

 

 話をしていくと、赤葉刑事は指をもぞもぞ動かし始めた。何やら話したくないことがあるらしいが。心して聞くと告げる。


「何か、僕がやりにくそうなことですか……?」

「ええ。君が探偵みたいに生きることが嫌いって言うのは分かってるの。でも、この事件を解くには君達の手を借りるしかないと……」


 少々気になった言葉があった。僕は部長を見ながら、考える。「君達」? 僕が以前赤葉刑事の前で警察の捜査を手伝ったことがあるから、「手伝え」と言うのは分かる。ただ部長が推理をした、と言う場面は赤葉刑事の前で見せていない。警察自体が部長の推理力や知識など、ほとんど知らないはずだ。それなのに、「手伝え」と言うのは……?

 赤葉刑事が部長の方にも視線を向けるものだから、彼も困惑して自分の顔に指を差していた。


「オレがどうかしたんです? えっ……? 用があるのは氷河だけじゃ……ないんですか?」


 その問いに赤葉刑事は答えた。


「うん。君にもちょっと知識を貸してほしいんだ」

「いや、武器の知識しか持ってないですよ。オレ」

「ああ……武器じゃない。ちょっとした謎があるんだよね。その謎が高校生の考えなら解けるかな、と」

「そういうことですか……分かった! オレが見事犯人を当ててやるぜ!」


 拳を振り上げ、意気込む部長。それを隣で「間違った犯人を当てないといいんだけど」と心配する僕。不意にこちらの考えを裏返すような言葉が赤葉刑事の口から飛ばされた。


「あっ……犯人については警察の捜査でだいたい目星が付いてるの。近所に住んでいる一人に絞られたんだ……」


 僕はその話に驚かされた。まだ新聞にも載っていない新情報ではないか。

 部長の方は腕をだらーんと垂らして、少々やる気を削られたようにも見えた。が、すぐに立ち直る。今度は「その犯人の罪を認めさせてやるぜ!」と叫んでいた。

 しかし、警察が助けを求めていると言うことはその人が犯人と言えない証拠があるのだ。

 警察官が解けなかった謎。どうして、高校生が解けると思っているのか。

 様々な謎が絡み合う中、僕はまたやる気になってしまった。


 

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る