Ep.41 バカとテストと紹介中

 あれから一週間の時が過ぎ、冬休み最後の休日となる。僕は買い物のため、街に出ていた。帰り際、黄昏時に小道を歩いていると、Vtuberになった幼馴染、美伊子から連絡が来た。


『知影さんと私とでプライベートのグループチャットでもしませんか? 先日あった事件のお話をよろしければ……。遅くなってすみません。年末は忙しくて』


 最近、彼女からの知らせが全く来なかったものだから、てっきり美伊子は「自分を差し置いて楽しそうなイベントに」といじけているのだと思っていた。

 歩いた先に公園があり、ベンチもあったから腰を掛けて話をするのにピッタリだった。

 専用のアプリを起動させ、美伊子の顔を画面に映すと既に知影探偵の声も聞こえていた。この前起きた連続殺人とその犯人の話をしているらしい。


『しっかし、驚きだったなぁ。まさか、ラノベ作家のコマキ先生が……連続殺人犯だったなんて。あの人の芯の強さが伝わってくる作風、好きだったのになぁ』

『うん……私も好きだった』


 美伊子が顔を下げ、非常に残念そうな顔を見せた。確かにVtuberになる前の美伊子もコマキの作品を好んでいたから。

 彼女の才能は本当に人を動かせるものだった。殺人なんか起こさなければ、もっと別の方法で恨みを晴らすこともできたかもしれないのに。どうしてペンは剣よりも強し、と言わなければならない作家が包丁を握ってしまったのか。

 彼女が去り際に喋っていた動機を何度頭の中で再生しても、納得がいかなかった。僕がそう考えている間に知影探偵は僕がアプリに入ってきたことを認識していた。


『あっ、氷河くん! 来てたんだ!』


 続けて美伊子も僕の参加を喜んでいて。


『氷河! ちょっと久しぶりだね!』

「そ、そうだな。久しぶり」


 立て続けに美伊子は突飛なことを言い出した。知影探偵が説明したであろう僕の推理に指摘を入れてきたのだ。


『そう言えば……犯人への証拠、もう一つあるね』

「えっ?」

『ほら、カメラだよ。第二の殺人でたぶん仕事って言って被害者のイークさんの部屋に入るなら、撮影するためのカメラがあったはず。それで被害者を油断させるために撮影するふりはしていたはず。もしかしたら、カメラの中に表面上は消えても、まだコマキ先生とイークさんのやり取りがデータ上では残ってるかもしれないね』


 Vtuberとなっても、自称AIになったとしても、美伊子は変わらなかった。彼女なりに事件のことを見抜いてしまうとは、と肝を抜かれていた。

 「凄いな」と褒めようとした時。

 足音が聞こえてきた。何かと思ったら、誰かが公園の中に入ってきたのだ。まぁ、たぶん、この公園は通り抜けることができるから、散歩のルートとして使っているのだろう。そう思うことと事実に矛盾があった。

 通り掛かった人物は何故か、頭にパン屋の紙袋を被っていたのだ。すらりとした足から女性だと推測できる。彼女は紙袋を取ろうともせず、節穴からじっと僕に視線を当てていた。

 不審人物だとしか思えない。用心して睨んでいても何も喋ってはくれなかった。このままだとらちが明かないのでこちらから質問をする。


「僕の顔に何か……付いてますか?」


 僕の問いに相手は透き通るような声で話し始めた。声の感じからすると、やはり女性のよう。


「ちょっと話したいことがあります。隣に座って良いかしら?」


 そんな声をスマートフォン越しに聞いていた知影探偵が不思議に思っていた。


『そっちに誰かいるの?』


 美伊子は首を傾げている。僕もよく分かっていない。ただ、その女性が座ると途轍もない覇気を感じるのは気のせいだろうか。心の中で分かっている。この女性の正体を……! 


「もしかして……お前、コマキか……?」


 知影探偵が『えっ?』と叫ぶ様子が電話越しにも分かる。それ位の衝撃を受けたのだろう。僕も同じ。いや、それ以上かもしれない。木刀で頭を殴られたような感覚でくらくらしてしまう。

 しかし彼女は紙袋を取り、火傷だらけの顔をこちらに現わして否定した。


「違います。わたしが紙袋を被っていたのは、このコンプレックスの火傷を見られたくなかったから、です。でも仕方ないですよね。わたしを手配中の連続殺人犯か何かと疑うから……」

「あっ、いや、そう言う訳じゃあ……」


 この顔はコマキとは全く違う印象を受ける。どうやら、彼女とは違ったよう。


「でも、まぁ、コマキ関連ってことはあってます。と言うより、先程コマキに遭ってきた人間なのだから」

「えっ? どういうことです!? コマキが近くにいるんです!?」


 僕は素早くスマートフォンを手にする。だが、彼女は瞬時に僕の手にあったスマートフォンをはたいた。手から落とされたスマートフォンが地面を転がっていく。

 いきなりの行動に戸惑い、僕は黙って彼女を直視していた。彼女は申し訳なさそうな顔で行動の理由を教えてくれた。


「ごめんなさい。警察や他の人に連絡すると、わたしの家族もろとも皆殺しにするって言われてて……」

「あっ、す、すみません……伝言役にされたってことですか」

「ええ」


 それにしては少々疑問が残る。コマキは山荘から逃げた後、自ら警察に保護を頼んでいる。たぶん、彼女に残った最後の良心が事件に関わらない人間、ターゲットにならない人間を救おうとしていたのだ。

 そんな彼女が人質を取るなんて、と。そう思ったが、心変わりがあったのかもしれない。数日の間に本当の殺人鬼になった可能性もあるし、もしかしたら、隣にいる彼女含めた彼女の家族がとんでもない悪行を犯してきた可能性も存在するであろう。

 今は彼女の話に耳を傾けるべきだ。


「……で、どうなんです? 僕に何の伝言が?」

「は、はい……彼女が言うには……探偵さん。わたしの手伝いをしてくれないか? だってことです」

「手伝い……連続殺人の手伝いをしろってことを言ってんのか!?」

「……正しくは、連続殺人の手伝いと言うよりはこの世にいる腐った人間共を見抜いてくれないかって言う依頼です。全員消しておけば、優しい人間だけが残るって寸法です。彼女はある、犯罪小説サイトを運営し、その人間達を消し飛ばすトリックを集めてきた。後は消すべき人間の選別をしたい、だそうで……」

「探偵として、その殺すターゲットを探せってことかよ?」

「いえ、探偵としてではなく、正義の人間として。この世を綺麗なまま、守りたいって人間の……芸術犯罪の手伝いをしてくれないかって、ことなの……。そうだ。そこの貴方もどう? さっきの推理聞いてたけど、現場を見ていないのにあの解析力。スマートフォンの先にいる貴方も相当、頭がいいんでしょ? 世界を守るための活動に参加してくれないかしら?」


 その女は不可思議にも僕の落としたスマートフォンに手を伸ばしていた。取られないようにと彼女の手が届く前に拾っておく。

 そうしたら、今度は僕の方に手を向ける。手の先は首。まるで断ったら、僕の首を折るぞとでも言っているみたいに捉えてしまった。僕が捻くれ者だから、そう思ったのだろうか。

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