Ep.40 抹殺天使セイギちゃん
僕を殺害しようとしていた。そんな考えを伝えられ、不思議な感情に陥った。怖いと言うのは勿論のこと、納得もしてしまった。
最初の日。何も分からず、集合場所のビルへ入った僕に刺さった殺意の視線。それがコマキのものだった、と言うことで理解できた。
ただ何故かは考察することができなかった。質問を投げ掛けてみることにする。
「何で、僕を殺そうと……?」
「嫉妬と憎悪。コトハちゃんに推理作家として抜かれると思うと何か、自分よりも素敵な運命を生きてきて。そう易々と、作家になれることに嫉妬したのよ。その上、彼女も少々他の人の幸福を奪って生きているような情報があった。他の子を本当の実力以外の方法で押しのけて、自分が成績優秀になろうとする、ね。だから口封じで殺すことに躊躇はなかったの」
「……でも、コトハさんのように僕は推理作家じゃあ……いや、まさか」
僕の脳内に母の姿が現れた。
「ヒョウちゃんのお母さんよ。彼女もそう。嫉妬。わたしが同じ小説の賞に挑んだ時、あの人がいたせいでわたしは最終候補止まり。恨んでいたけど、殺す程とは思ってなかった。でも……その後の育児放棄の話を聞いたらね」
コメントはできなかった。今、自分が母に抱いている感情が分からなかったから。もっと僕に正義感があったのであれば、「母さんは育児放棄じゃない! 理由があって……!」と否定していたのだと思う。
彼女は僕が語らずも、続きの言葉を吐いていく。
「だから貴方の息子を殺して、あのおかしな作家の心も壊そうとしてた……でも……結局は殺せなかったんだよねぇ。あの時、ヒョウちゃんが眠っている時、わたしなら包丁で刺し殺せたのに。シーツで首を絞められたのに。椅子か何かで頭を割ることも……ね」
並べられていく言葉は僕に対する脅迫だったのか。僕は彼女の前で弱気になりたくなくて、心のスイッチをオフにした。決して眠っていた時のことを思い出してはいけない、と自分に言い聞かせておいた。
コマキの話が終わると、今度は知影探偵が口を開いた。知影探偵は拳を強く握りしめて、震えている。
「最低っ! コマキ先生がそんな人だったなんて……!」
コマキが怒りに、泣き出し始めた。そして、静かに言葉を返していく。
「そうだね。知影ちゃん、ヒョウちゃん……アンタ達のことが羨ましかったから。なりたかったから。どうやってなるのかな……って思ってたから生かしてたんだと思う」
「えっ?」
突然の涙と自分の名前を呼ばれたことに衝撃を受けたよう。知影探偵は閉口して、目からぽろぽろと雫を流していくコマキの言葉を聞いていた。
「……君達のようにもっとハッキリ物事を言えたら。知りたい。何でも突き止めようって、心持ちでいられたら。ミリカが、大切な彼女を殺さずに……済んだのに、ね……君達にみたいになれてたのなら……!」
コマキはすぐに涙を止め、今度は異様な宣言をした。
「でも、今のわたしにできることは一つ。彼女を殺したのはあの四人の他に口を封じたマネージャーもいるし……今後他の人の大切な人を殺すだろう人達は、今の世にいる心なき人々が関わっている。そう、わたしはその人達を救い、本当に心優しい人間が生きられるような世界を作り出す」
今から何かをやるような宣言だ……と。
気付いた時には知影探偵が何かを察し、コマキの腕を掴んでいた。そして厳しい口調で彼女に現実を突き付けていく。
「今から行く場所は外じゃないわ。数日間はここで縄で縛られ、助けが来た時、警察に引き渡します!」
真剣な知影探偵に、余裕
「うがっ……!」
熱い感覚で痛みを認識し、僕に入っていた力が全て消えていく。
知影探偵も振り払われていた。
他の人達もコマキを止めようとするも無意味。コマキは知っている。エミリーさん以外のどの人物のどの辺りに傷があるか、を。そう、彼女自身が傷を付けたのだから。
一番余力のあるエミリーさんも、腹を殴打され崩れ落ちる。彼女を止められる人間はこの中にいなかった。
「じゃあ……わたしは先に山を下りてるね」
彼女はそう言って玄関の扉を開くと、そのまま消えていった。殺人犯を逃がしてしまったのだ。
何が起こるのか分からない。後悔しかない。僕が殺人犯を逃がしたのだ。今後、何処でどんな殺人が起こるか、分からないのだ。自分の犯したミスにショックを受けて、膝から崩れ落ちていく。
僕のせいだと嘆いていると、知影探偵が床に倒れながら、何か
「無駄なんかじゃない……! アンタのやったことは無駄じゃないから」
「えっ? 何で僕の考えてることが」
「アンタが悩むことなんて、探偵のワタシには全部お見通しなのよ……馬鹿にしないでね。アンタの頑張りは決して無駄なんかじゃないから……! そうでなきゃ、ここにいる人は救えなかったし。殺人犯の正体が分からないまま、山荘の外に出していた。犯人が分かってるだけでも……上出来だと思うわ」
「あ……ありがとうございますね……」
立ち去ったコマキ。熊に襲われることは考えていないのか。いや、たぶん、彼女は熊の襲撃が来るかどうかで神の選択を委ねているのかもしれない。
もし、自分が死んだら「正義の使者」になることをやめる。
逆にこのまま無事に下山できたら「正義の使者」でいることを認められるのだ、と。
そんな勘違いで一つでも多くの過ちを起こす前に、コマキも止めないと。
最初は、とある探偵団の探偵の野望を打ち砕くだけだったはずなのに。どんどん、僕の課題が増えていくな……。
そう考えている間に、僕の意識は薄れていった。
「まだ起きねえか?」
男の太い声と振動で目が覚めた。久しぶりの男だ、と何故か性欲を持て余した女性のような考え方をしてしまった僕。すぐに反省してから今いる場所とその正体を確かめた。
男は中年くらい。そして、今いる場所は車の中。闇の中を車が走って行き、何処かに連れ去られている、と勝手な疑いを持ってしまった。
慌てて車の外に出ようと考えた僕は一緒に連れてこられただろう知影探偵を発見した。隣の座席でぐっすりと寝ている彼女を叩き起こそうとした。
「に、逃げましょう! 僕達誘拐されて」
そんな僕に止めの言葉。彼は運転する
「待て。俺は警察だ! あの山荘で保護したお前等を街に送ってる途中だ。大変だったろう。とんでもない殺人事件に巻き込まれて。気持ちがおかしくならない理由がないから……な」
そう言われ、フロントガラスから見せられたものは僕にとって非常に懐かしく感じるものだった。数日間、山荘の中にいただけなのに何だか何か月も山の中に籠っていた感じがして。
目に映った都会の姿にしんみりと感動してしまった。全く。クールな僕らしくない。
知影探偵も起きていて、「本当に帰ってきたの?」と無事で生還できたことが信じられないような様子で窓の外に映る景色を眺めていた。
一通り、外のネオンを堪能し終わった後、僕は警察官に尋ねてみた。
「しかし……まさか、最終日までずっと寝ていた訳ではないでしょうし……よくイベントの途中で事件が起こってるってことが分かりましたね」
その質問に答えた警官。それは僕の中にあった、知影探偵の中にあった、眠気を吹き飛ばすのにちょうど良いものだった。
「ああ……犯人と名乗る女性から、電話があってだな。事件を起こした。後、残っている人達を早く保護してくれってことで、な」
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