Ep.39 悲嘆のアリア
「どうなんですか! 先生!」
キスさんの急かす声を僕は気を緩めず、聞いていた。コマキは続きの言葉を放つ。
「……わたしが……わたしがしたことで、アンタの推理でも見抜けないことがあったようね……」
「僕の推理がまだ間違っている、と!?」
やはり、何か間違いを指摘して来るなと思った時だった。コマキは立ち上がって笑い出し、予想外のことを語り出した。
「わたしが殺したのは誰だっけ?」
何故そんな問いを聞くのかと分からないまま、僕は答えを口にした。
「コマキ、お前が殺したのはラナさん、イークさん、コトハさん、シャルロットさんの四人のはずだ。この中で自分は誰かをやっていないとでも言うつもりか?」
高鳴る胸を抑えつけ、彼女の返答を静かに待っていた。数十秒の長い空白の後、コマキの口からとんでもない事実が飛び出した。
「……四人、じゃなくて。五人よ。後はここに来てない、もう一人の屑を葬ったのよ。金属バッドで頭を思いきり、かち割ってね」
一瞬誰もが何のことか分からず、困惑のまま沈黙した。最初にこの暗い空間を打ち破ったのが知影探偵だった。
「ああ! もしかして、ワタシ達がここへ来る前にニュースで見た殺人って……ほら! 氷河くんも覚えてない!?」
「あっ、そう言えば」
車に乗る前に彼女がスマートフォンで確かめていた事件のこと。まさか、その殺人が今回のものに繋がっていたなんて。来る前は起こることすら夢にも思っていなかったから、考えもしなかった。
僕達が事情を確認し合ったことを知ってから、コマキは話し出す。
「……巻き込まれた貴方達のためにも語ってあげる。ラナ、イーク、シャルロット、そして事前に殺された女がどんなに残酷な人間なのかって、ね」
そう言って、彼女は悲惨な青春時代のことを僕達に見事な形で想起させた。やはり、プロのラノベ作家だった人間だ。彼女の怒り、苦しみは伝わってきた。
最初の生い立ちをまとめると、コマキは実の親とも不仲でただただ憂鬱な学校生活を送ってきたらしい。小学校や中学校でも友人は少なく、グループの中ではいつも一人きり。時々趣味で描いてた小説は、友人と思っていた人間に何度も踏みにじられ、からかわれてきた、と。
彼女はそこに救いがあったことを言葉で示し始めた。
「何と、甘美な出会いがあったのでしょう。母が再婚して、父の連れ子にミリカって女の子がワタシの前に現れた。最初はその無邪気がうっとうしかった位。何度追い払っても彼女はわたしに話し掛けてきた。何度も慣れ合おうとしてきた。本当に嫌だった。キラキラしていて、いつも楽しそうでわたしと彼女は正反対だと思ってた」
彼女はある時、二人の関係が変わったと言う。
「途中、わたしは何を考えていたのか。友人も親もあんまり好かれてないなぁ。死んじゃおうかな。なんて、思って。ふと風呂場でカミソリを使って、自分の手首を斬りつけようとしたの……そんな時、ミリカは飛び込んできた。そして、こう言ったの。『何で貴方が苦しむのか、分かんないよ』って。最初はただの戯言だと思った。ただ勢いだけでわたしを止めようとしてた、ただの慈善活動なのかと思ってた。でも、違った。彼女はわたしを抱きしめて、カミソリを取り上げた手が血だらけになるのも構わず、『私達で悩もうよ。血が繋がっていなくても大切なお姉ちゃん。この世で一人しかいないんだから』って、言ってくれたの……その日からだね」
彼女達は夢のために切磋琢磨しようと励みだしたそう。
「わたしは小説。あの子はデザイナー。何とか彼女がわたしの親を説得してくれたおかげでわたしは専門学校に通うことができたの。ちょっと年が離れてたから、三年間の中、一緒にはなれなかったんだけどね。高専で頑張るわたし、中学校でデザイナーをしつつもわたしの馬鹿な趣味を全力で応援してくれるミリカ。いつしか、あの子のことを誰よりも大切にしようって思ってたの」
でも、でもね。そうコマキは言った。
「で、彼女が高専に入った後。ミリカは少々疲れることが多くなったのか。疲れる顔を見せた。仕方ないと思ったの……。そりゃあ、厳しい先生もいるし。今までに慣れてない生活で……って。わたしは言っちゃったの。『わたしが何でも相談に乗るよ』って。そう強く言っちゃったのが悪かったのね。彼女は何でも相談に乗ろうとするわたしを巻き込まないよう、黙ってしまった」
カルマさんがそこで言葉を挟んだ。「巻き込んだって?」と。
コマキの眼に炎が宿ったよう。過去を話す彼女は怒りに燃え始めた。
「でも、違った。原因はいじめ、だった。バイ菌扱いされて、周りの皆から無視されて……! いじめなら相談すればいいじゃないって思うでしょ? でも違う問題だった。彼女には支えてくれる仲間がいたの。ラナ、イーク、シャルロット、とね……」
被害者達の名前が出された瞬間、寒気を覚えた。彼女達がやっていたことって……まさか?
解答はコマキが喋っていた。
「そっ、いじめるよう手を回していたのは、うちの義妹をバイ菌扱いした元凶は、その三人。目的は仲良くして、ミリカに薬を売りつけ、薬の売買人にすることだった。時にミリカに遊びと称して実験台にして。友達を失いたくないと困るミリカに付け込んで、薬漬けにしたの。当然、乱用している薬は合法だったから、表舞台から見たらただビタミン剤を服用している女子生徒にしか見えないって、アイツらも言ってたわ」
どす黒い雰囲気が漂う中、コマキの話は続く。彼女は手を上げて、まるで踊るように動機を口にした。
「ただ合法でも薬の使い過ぎはダメだった……彼女はある日、注射器を持って部屋で死んでたわ……その時、訳が分からなかった。何もしらないわたしはただただ茫然と泣き崩れることしかできなかった。無様よね。ミリカの魂も何もしてくれないの、と憤っていたに違いないよ……そう感じてわたしは密かに専門学校へ
彼女が言うにはラナさんは「そんなの知ったこっちゃあねぇ」と。
イークさんは「悪いのは……あの子ね。こっちと縁を切れば、死ぬことはなかったのに」と。
シャルロットさんは一番後悔していたようだが、それも見かけだけに見えたそう。
「わたしはその四人の話を録音して……告発しようとしたんだけど……できなかった。相談したところが悪かった。途中で彼女達のマネージャーに止められたの。それでも出すと言ったら……『未来の才能を潰す気か』って怒られた。まるでうちの義理の妹は何の才能もなかったかのように……! だから、思ったの。どうせこの話を出してあの四人に疑いが掛かっても、きっと……証拠は誤魔化される。ならば、わたしがアイツらに信用を持たせ、全ての上に立った後で地獄の底へ葬ろうってね……! あの許せない四人をぶち殺すのに何年経ったかしらね」
彼女はそう言うと、コトハさんを殺したことまで語り始めた。
「あのさ……コトハちゃんを殺したのはただの口封じだと思ってるでしょ? 違うわよ……」
「えっ?」
またも予想の範疇を超えた発言だった。そんなことに驚いた僕へ彼女は冷たい視線を向けてきた。
「言っとくけど、ほとんど同じ理由でわたし、ヒョウちゃんも殺そうとしたんだから、ね?」
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