Ep.38 僕には証拠が少ない

 心の中は青と赤の色でぐちゃぐちゃに染まっている。あるのは被害者達を悼む気持ちと真犯人のコマキを容赦なく追及して、打ち倒すという怒りだけだ。

 僕は、彼女を追い詰めるように疑問を語っていく。


「でも、一つだけまた疑問が生まれたんです。何で犯人はコトハさんから刃物を抜かなければいけなかったのか」


 そこに今までの推理を持ってきたカルマさんが喋った。


「それはややこしいけど。シャルロットちゃんがここを血だらけにしたかったのはコトハさんの返り血を浴びてない自分が犯人じゃないって主張させるため……だって犯人が皆にそう思わせるため……なのかしら」


 その推測に、更にちょっとした疑問を言わせてもらった。


「でも、そんなややこしいことをよく犯人は考えましたよね。そんなことしなくても、あの中ではシャルロットさんが犯人である可能性は大です。返り血が付着していようが、付着していなかろうが、皆はシャルロットさんが犯人だと決め付けていましたよね」

「た、確かにそうよね。皆、シャルロットちゃんはコトハちゃんとトラブって結局、その後自殺したって考えるわね。ヒョウちゃんの推理がなきゃ、第一第二の事件を起こせるのはシャルロットちゃんだけだと思ってたから」

「ええ。そうです。それに結局、血の付き方でシャルロットさんが自殺ではない。コトハさんは自分で刃物を抜いていない、そんな予想外のことまで起こしてしまったんです。それなら、何故刃物で刺したままにしとかなかったんでしょうか?」


 コマキの顔に焦燥の色が浮かんでいた。彼女は今よりも厳しい顔つきで額に流れる汗を辺りにぶちまけながら、反論し始めた。


「そんなの!? 犯人の気まぐれでしょっ!?」


 ついに決定的な証拠を掴まれたことに気が付いたか。僕は彼女の言葉に全力で戦いを挑んだ。


「そんなことはないっ! わざわざ血塗れにしたこと。コトハさんから刃物を抜いたこと! これは犯人が欲していた物を手に入れるための工作だったんだ!」

「工作って何よ!?」

「ウイルスの工作だ! アンタは今日の夜中、トイレにあった血でラナさんが吐血したんだと勘違いしたんだろ! それ、僕の鼻血だったんだけどね。それで他の人も病死説に傾きそうになった。アンタは自分の作り出したウイルスの世界に皆が入っていくことを知って、有頂天になったんだろ?」

「せ、世界に入れるって……!?」

「そう言うのは得意だろ!? ラノベ作家よ! さっきも言った通り、ウイルスの可能性があれば否定するため、早く真実を導き出そうとしちまう皆の心を更に煽ろうとしたんだ。そのために欲した物。誰かの血だったんだろ!」


 コマキは後ろに下がって、僕の気迫に押されたふりをしていた。


「ちょっと何怖いこと言ってんのよ!? その血をどうしたって言うの!?」

「血をばらまいたんだ。コトハさんの吹き出る血を集めて、僕達が眠っている間にイークさんの部屋に、ね。もしかしたら探せばキスさんの部屋や他の場所からも吐血したと思わせるためにアンタが振りまいた血が見つかるかも、な」

「その血が繋がるって……さぁ!? その血がもしかしたら、アンタの見間違え。ただトマトケチャップかもしれないし、本当に吐血したものなのかもしれないよぉ!?」


 それから彼女は皆に証拠の信憑性しんぴょうせいが低いのではないかと問い掛ける真似をした。

 その証拠についてはしっかり考査させてもらいました。そう。先程の騒ぎを起こして、ね。


「先程はカルマさん達、皆パンツを見させてもらって誠に申し訳ありませんでした」


 コマキは「わたしの質問に答えなさいよ!?」と怒鳴り、他の人達もいきなりの謝罪に困惑していた。


「えっ、何々!?」


 カルマさんの反応に僕は本当の目的を話す。


「あれはパンツの数を確かめるのと同時に、今必要になる重要な証拠を調べるものだったんです! そう」


 そんな僕の説明に横から焦ったコマキが茶々を入れた。


「重要な証拠? そんなの、分かってたら頑なに見せないよ。わたし、積極的に見せたはずだよぉ!? そんなお願い幾らだって断れるんだから」


 別に、と僕は彼女の邪魔を叩き斬る。


「いや、アンタのことじゃない。全員のものを確かめるだけで誰のパンツに重要な証拠があるか、カモフラージュしただけだ。推理をしている最中で証拠隠滅させられても困るから、な。本当に大切なのはカルマさんのパンツだったんだよ!」

「えっ!? 私!?」


 知影探偵が話の流れと記憶を辿り、「そうだ!」と叫んでいた。どうやら僕の話を理解してくれたよう。

 後から出た発言でもそれが分かった。


「氷河くんが言いたいのは、イークさんの部屋で思いっきりカルマさんが思いきり吐血した場所に座ったことね! それを確かめたかったと」

「えっ、そんなことしてたの!? 私!」

「ああ……すみません。ワタシ達つい、そのことを言いそびれて……で、そうじゃなくて。それで先生の言った疑問は解けるよね。失礼……」

「きゃっ!」


 知影探偵は戸惑いつつも、カルマさんのスカートにもぐりこんだ。臭いを嗅ぐと言うとんでもない行為をやってのけてしまった。

 皆さん、彼女の報告を心して聞いてくれ。


「トマトケチャップじゃなくて……血の臭い。血が付いてるってことは間違いなく、イークさんの吐血じゃないわね。そうだったら時間が経ち過ぎて、もう血は付着しないはずだから……後、後……」


 キスさんが復唱した。


「後?」


 知影探偵が大ヒントを話してくれた。


「インクの臭いも染みついている……」


 その時、エミリーさんが本当に不思議がっている様子で叫んだ。目なんか飛び出しそう。


「ワッツハプン!? 吐血に見せかけるために血をばらまいたのにどうして、インクのスメルが!?」


 コマキが歯をかたかた言わせて、怒りに震えているみたい。

 今から、僕がインクの臭いがする理由を説明して彼女の抵抗を終わらせよう。


「それはたぶん、血の運搬ですよ。犯人は吹き出る血をインクの入っていたペンで集めたんだと思います!」


 コマキが僕に牙を向けた。


「何でペンなんだよっ!? 袋だとかあるだろっ!?」


 心の刃で対抗する。


「いや、ペンだけじゃない! 赤ペンだ!」

「赤ペンがなんだって言うの!?」

「赤ペンなら、赤いインクが血であってもバレにくい。例え、これから血をまこうとして持っていても怪しまれずに済むんだ! キスさんから赤ペンを貰っていたアンタなら、それも可能だろう!?」

「うるさいうるさいうるさいうるさい」

「赤ペン。その存在こそがアンタがコトハさんを殺したという何よりの証明だ。今も持ってるんじゃないか?」

「黙れ黙れ黙れ黙れ!」

「誰かに入れられたって言う言い訳は成立しないからな! キスさんが着替える時のアンタを見ている! アンタが赤ペンを持ち続けていることが分かるだろうな! 早く原稿を終わらせてキスさんに返してたら……話は別だが、どうなんだ?」

「死ね!? お前もアイツらのようにむごたらしく死ね! わたしを疑う奴は全員死ね!」


 そんなやり取りにキレたカルマさんがコマキの服を引っ張った。ポケットから飛び出すは赤ペン。彼女がそのまま拾い上げ、赤インクの入っている場所を開けて臭いを確かめた。


「……血の臭い、ね」


 その瞬間、コマキの服はびりっと破けて下着が露わになった。彼女は座り込んで、「あはっ! あはっ! あはははははっ!」と狂ったように笑っている。

 さぁ、終わりだ。


「コマキ。アンタが作り上げた虚構の世界はもう終わりだ。僕が全部赤ペンで訂正してやる。さぁ、認めるんだ。全て。全て認めるんだ」


 僕はこれに懸けるしかなかった。もう後に証拠はない。ここで彼女が想像を超える根拠で主張して来たら、もう説明のしようがない。

 目を瞑って、祈っている間に彼女は声を出す。


「わ……わたしは」

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