Ep.37 オーバー労働

「ええ……? 自粛したように見せかけたって……どういうことなの?」


 コマキは知っているであろうに、全く知らない道化のフリをする。無実の人間だと仮面を被って主張している。

 その化けの皮を剥がそうと推理を語った。


「簡単だ。さっきも言ったが、殺されたラナさん、イークさん、シャルロットさんに対しては共通点も多い。これは自分の推測だけれど、三人の中でコマキ、アンタに殺意を抱かせたような、アイドルとしてもイラストレーターとしても、普通に生きていくとしても、バレると困るスキャンダルがあったんじゃないか」

「あ……あったからって……」

「あったからだ。あったから、被害者達は犯人がその復讐で殺人をしていると皆に思わせたくなかったのだろう。で、殺人犯の代わりにいたよな? この山荘で殺人犯の役目を被ってくれる重要な存在が……」


 知影探偵に聞いてみる。彼女は大きく頷いて、答えてくれた。


「虚構のウイルスが、ね。そっか。だから……被害者は皆、ウイルスのせいだって……」

「そういうこと。で、その時のイークさんは……犯人をこう考えていたはずだ。ラナさんが殺害された原因となったのは夕食の毒。つまるところ、近いところから毒をちょびっとでも入れられる人間が犯人。状況としては僕達も最初はイークさんか、シャルロットさんを疑った。でもイークさんは自分がやってないから……間違いなくシャルロットさんが犯人だと疑ったはず!」


 その僕の考えにカルマさんが顎に手を当てて、「ああっ! だから!」とその後の流れを解説し始めた。


「そう言うことね! シャルロットちゃんが犯人だから、他の人が自分を訪ねても大丈夫。それも仕事を持って来るのだから。しかも、それはチョコ風呂。ふわふわとした楽しい感じの仕事タイムだと思ったはず。気を許して真犯人を中に入れちゃえたって訳ね」

「ええ」


 と反応した僕に、態度は一転。今度は厳しい視線を向けてくる。反論があるらしい。


「でも、おかしいわよ。チョコを溶かして、風呂を作ったんなら……その痕跡が残っていないといけないはずよ? 確か私が袋を探しにこの部屋へ来た時は、チョコの匂いなんてしなかったし……入浴剤が……」


 その異論、僕の知識で切ってみせよう。


「しなくて当然です。たぶん、コマキはイークさんを突き落とした後、風呂をすぐさま洗って。イークさんが燃え盛り爆発するまで労働みたいな掃除をしたのでしょう。後は長居できませんし、自動洗浄に任せたんだと。確か機能として付いてましたよね」

「あっ……ええ」

「できる限り、上にこびりついたチョコだけ拭いて。後はカルマさんがさっき言ってたみたいに入浴剤を入れただけ。白濁するものであれば、下を触らない限りチョコが下にこづんでいるかどうか分かりませんから。で、皆が睡眠薬で眠った後に必死に洗ったんでしょうね。だから、今はどう確かめてもぴっかぴっかのはずです」

「なるほど……ね」


 その話に段々とコマキの様子がおかしくなる。顔色は悪くなっていき、僕への反抗も強くなる。


「……な、何……わたしが疑われる要素が分からないんだけど? もし、チョコ風呂の推理が正しいとして……さ、何が? 何がわたしに繋がるって言うの!?」


 そんな彼女に更なる強い心持ちで自分の推理をぶつけていく。


「コトハさんを殺害したことに繋がんだよ。アンタは恐れたんだ。コトハさんがアンタにこびりついた重要な匂いを知られてしまったんだから」

「……匂いって……? ケーキ? ケーキの匂いなら、コトハちゃん以外も知ってたよぉ!? 何でわたしに限定されるかなぁ!?」

「事件前からその匂いを知ってたのって誰ですか? ここで生きてる中で、手を上げてください」


 僕の問いに手を上げたのがキスさんとエミリーさんだった。その真実にギョッとして、酷く狼狽うろたえるコマキ。


「この二人が知っていたから何!?」

「二人の共通点は何か知ってますよね。三階にいた人物。そう、あの時イークさんの風呂の匂いが漂ってきていた人なんです。ただ、コトハさんが匂いのことを聞いた時、僕、知影探偵、カルマさんは知らなかった。だから調べに行くことになったんですからね。つまるところ、二階にいる人物までは匂いのことが分からなかったんだ」

「だ、だから? 二階にいたコトハちゃんは知ってたんでしょ!? 何等かの方法で伝わったんじゃない?」

「その通りだ。そう。コトハさんは気付いたんだよ。階段のところでコトハさん自身に近づいたコマキの体から、チョコの匂いを、な。真犯人からあの時、凄い匂っていたはずだ。何たって、犯人はチョコ風呂の証拠をできる限り隠滅しようと風呂掃除したんだから、な」


 重要な根拠にコマキは言い訳をした。


「そ、そんなの単なる偶然よ! コトハちゃんから直接聞いたことじゃないんでしょ!? だったら、わたし以外にも近づいたものはあったはず!」

「あの時、コトハさんと僕、知影探偵は同じルートを通って、イークさんが燃えてる現場まで走りました。それだったら同じ場所でコトハさんと同じ匂いを嗅いでるはずなんですが」

「二人共事件に夢中で気が付かなかったのよ! それに今のって、コトハちゃんから聞いた証言でもないんでしょ? そう言うのちゃんとした証拠、じゃないよねぇ?」


 確かに物的証拠にはならない。コマキが怪しいとは言えるが、犯人とは断言できない。だから、第三第四の事件でチェックメイトさせてもらおう。

 僕は捜査で分かったことから、推理を導き出した。


「次の事件を考えてみましょう。で、たぶん何ですが、返り血の付き方から……第三、第四の殺人は逆だと思われます」


 今度はキスさんが話題に食いついてきた。またも眼鏡の縁を持って、くいっと上げた。


「逆ですか?」

「ええ。コマキが犯人だとすると血の付き方から見て、シャルロットさんが先に絞殺され、首吊りに見せかけられたんだと思います。コトハさんの出血量。もし先にコトハさんを刺して失血死させたのなら、シャルロットさんの服に少量の血だけでは済みません。上げた木やら、縄やら犯人に付着した返り血がそちらにも付いてしまうはずですから」

「そう言えば、木やシーツには全く血が付いてませんでした……ね……そう言えばシャルロットさんにも少量の血がついてますから、何処かに付着してもおかしくないんですが……」

「たぶん、全く返り血を浴びていない犯人がシャルロットさんを運んで首を吊らせたんですよ。それなら犯人の背中かお腹につくだけ。犯人はその違和感がバレないよう高いところに吊り上げたようですが……」

「……そうですか。だから自殺じゃないと言えますね……」


 そうそうとキスさんが納得する前に、知影探偵が異論を挟んできた。


「ちょっと待って! シャルロットさんに付いてた血って何なの?」


 うっかり説明をし忘れていた。少々ややこしい話をさせてもらう。


「コトハさんの血ですよ。たぶん……犯人には血が付いてないってことから、コトハさんを刺したのはシャルロットさんだと思う。きっとコマキはコトハがシャルロットを犯人にして陥れようとしている、とか、何か言って、シャルロットさんの殺意を煽ったんだ。こうしないと自分達全員が死ぬと実力も有名もあるコマキが言うのならと、正しいと思ってコトハさんの襲撃を実行してしまったのかと」

「シャルロットさんが殺人を……?」

「いや、でも、心臓を直接刺された訳でもないし、腹には包丁で蓋がされていたはずです。たぶん、刺したんだ。それで外へ逃げたところをまだ血も付いていない犯人に殺された」

「そ、そんなことが……」


 知影探偵の顔が真っ青になっている間にキスさんが疑問を入れてきた。


「ただ、本当にコマキ先生がコトハさんを刺し殺したんですか? もしかしたらコトハさん自身が自分で包丁を抜いて、そのまま失血死したのかもですよ」

「それは柄を見てくれれば分かります。血が付いていませんよね。コトハさんの手には、たっぷりついているのに。違う人がやった証拠です」

「そういうことですか……コトハさんから包丁を抜いて殺害した後、犯人は返り血で自分が血塗れになったことを隠すため、皆に血やらケチャップを付けた、と……」


 コトハさん殺害に関して。今キスさんが説明した状況こそ、コマキを倒す唯一の物的証拠が隠れている。

 僕は自分で自分の頬を叩いて、緊張を吹き飛ばした。

 

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