Ep.35 野心に塗れた真犯人が現れた!

 カルマさんは困惑しながら僕の口にした「ズル!?」の一言を反芻していた。同時に僕は質問を返してみる。


「カルマさん。確かラナさん達は一旦、この山荘に来て用意してったんですよね」

「え、ええ……ラナさんも……ジュースを冷蔵庫に……」

「その時にジュースやコーヒー牛乳と言って持ってきたんですよ。たぶん、本来のラベルに書いてあったジュースはもうとっくに飲んでいて。その中にオレンジジュースだったら、オレンジ色のエナジードリンク。コーヒー牛乳にはコーヒー牛乳味のエナジードリンク。外から色だけ見てもラベルがあれば、誰も違う飲み物だとは思わない。だからコーンフレークやフルーツポンチにも使えてしまった、と思いますよ」

「……そんなズルを……ラナさんが? 犯人が?」

「どっちもかと。さっき。犯人がチートを使ったと言いましたが。たぶん、ラナさんも、その中にエナジードリンクが入っていたのを知っていたと思いますよ。自分の飲むものの味が変わっても何一つ文句言わなかったんですし。たぶんそれが分かっていて、そのペットボトルを持っていった」

「それで?」

「で、彼女は不安定な状態と共に寝不足か何かで味覚障害も入っていたんでしょう。だから料理の味にもケチをつけていたんだと。そんな自分の調子がおかしいプラス殺されるかも、という疑念。不安な場合、知影探偵ならどうします?」


 知影探偵は突然話を振られるも、心構えができていたのか、しっかり語ってくれた。


「ふふふ。その場合はスマートフォンよ。ワタシは」


 知影探偵。そこは堂々と言うところではないですね。心の中でそう呟いた後に今の発言を参考にさせてもらった。


「と言うように。ラナさんの心の支えがエナジードリンクだった可能性が高いです。だからラナさんはわざわざ毒であるカフェインを持っていった。ここには犯人以外誰もエナジードリンクのことを知らないはずです。だから危険だと止める人もいなかった」


 彼女は気付かず、中身を飲んでしまう。エナジードリンク入りのフルーツポンチやコーンフレークで蓄積されていたカフェインも相まって。

 知影探偵は僕の推理によって、やっとその真実に辿り着いたよう。


「……確か、カフェイン中毒って短時間に一気に取ると……危険って話よね」

「ええ。今回のように死亡事故だって起きてますよ」

「怖いわね……あっ、そう言えばラナさんのダイイングメッセージって……」

「あれはたぶん犯人の偽装ですね。書いてたように見せることでラナさんは犯人が分かっていると言うような。少しでも本当の真実から遠ざけたかったんですよ」

「確かに元々、寝不足で調子が悪かったんだから、いきなり自分の調子が悪くなった原因が、カフェイン中毒だなんて判別できないだろうし。ラナさんは犯人、分かってなかったのよね……」

「まぁ、犯人が余計な偽装をしたってことで死因はラナさんが犯人を断定できない毒。今回の場合、カフェインだって示しちゃったようなもんですけどね」


 エミリーさんは病気の正体が判明し、少しではあるが安心したらしい。次の推理を力強い声で要求していた。


「じゃ……じゃあ……これって事故じゃないですよね。犯人は元々ウイルスを信じ込むようにエミリーを呼んだり、動物の死体を転がしたり。狙ってカフェイン中毒を……フーイズマーダー?」


 彼女が言ったのは「Who is murder?」。殺人者は誰か、だ。

 その答えを知る前に一度、違う殺人を考慮させてもらおう。


「ちょっと待ってくださいね。一番説明しやすい方法でいきます。第三の殺人であるコトハさんの件から行きましょうか。何故、彼女は殺されたのか。そこを考えなければなりません」


 カルマさんは僕の疑問に同意した。


「そうよね。他の三人と違って今回のイベント以外で接点がない。動機がない……」


 キスさんも同じく。彼女の口から推論が飛んでいた。


「となると……ミステリー的に犯行を見られてしまったが、妥当な線ではないでしょうか。後で警察に喋られても困るってこともありますし」


 僕はそう言われ、頷いた。


「はい。同じことを考えて、コトハさんが殺された理由は口封じじゃないかと思いました。そして、コトハさんの行動を思い返してみました」


 コトハさんの行動。特に事件前、だ。事件後凶器を捨てている等の場所を見ているのなら、口封じされる前に話している。

 一見事件には何も関係ないようなこと、だ。ただ、今の真実を知れば大きく変わってくる。

 カルマさんが腕を組んで呟いた。


「ええと、最初の食事を手伝ってくれて……その中でカフェイン? いや。でも。犯人がラナさん専用のものと、料理に使うためのコーヒー牛乳やソーダのペットボトルと入れ替えておけば、誰も気付かないわよね」


 ちょうど良い矛盾がそこに生まれた。そこには思いきり叫びたくなるようなものがあったのだ。

 

「違いますよ!」

「えっ?」

「気付ける方法があるじゃないですか。ほら。ペットボトルに毒が入っていないだろうと断定した理由って……何でしたっけ?」

「ええと、カフェインを入ってたって今の話題とは全然違うけど。毒を入れる際に蓋が開いてると気付くから、狙われていると疑心暗鬼になっているラナさんが飲むはずないってことでしょ? 今はそんなことを話してる場合じゃ……蓋?」

「ええ。蓋のことを思い出してくれましたか?」


 そう。問題は、蓋だ。

 ペットボトルの蓋はエナジードリンクを入れていたのだから、蓋は一回開けてあったはずだ。

 そこに気付かない人間がいた。いや、違うか。気付いていて何も語らなかった人間がいた。


「……ええと、誰なの?」


 知影探偵がごくりと唾を飲んでいた。皆もこちらを注目して固まっている。

 異常なまでの赤い感覚が僕の頭にこびりついて離れない。頭がくらくらしそうな感じを必死に耐えて、乾いた唇を動かした。

 彼女こそが、この連続殺人の犯人。


「ラノベ作家のコマキ。アンタなら、悪夢のような筋書きを作るのも簡単だよなぁ!?」


 皆がすぐコマキから遠のいた。カルマさんは血走った眼で彼女を見つめながらも壁にひっついて離れない。ここにいる全員が相当なる恐怖を感じているようだった。

 当然、コマキは自分が犯人でないと主張し始めた。


「ちょっと!? みんな!? 何で今の話に気押されてるかな? 何で今の流れでわたしになるの? ええと、蓋が?」

「いや、気押されたんじゃない。完全に分かっちまったんだよ。だって、みんなアンタがラナさんの死ぬ前の厨房で何をやっているのか推測できる人なんだから、な」

「ええ? 何やってたって……あの時、えっ?」

「アンタはコトハさんに『中に入れるジュースを』と頼まれていたはずだ。アンタは自分にしか聞こえてないと思ったみたいでコトハさんしか殺さなかったが。あの声、結構外に漏れてたぞ。こっちにいたみんなを口封じしてないところを見ると、アンタは気付かなかったみたいだが」

「ちょ、ちょっと!? えっ、どういうこと?」


 ふわふわな髪を振り乱して、混乱しているコマキ。いや、混乱しているフリだ。理解しているはずだ。僕が彼女を告発した理由となるロジックを。

 ただ言わないから僕が伝えるしかない。


「アンタがソーダを入れたのなら疑問に思ったはずだろ? ジュースが満タンに入っているはずなのに、何故ペットボトルの蓋が開いているのかって」

「……何だ、そんなことか」

「そんなこと、ですか?」

「ヒョウちゃんなりに頑張って考えた結果だったんだ……その推理大外れだよぉ。だって、そんなの硬く締めてあったら、元々開いてたのか開いてなかったのかなんて分からない。わたし、力弱いし……虫も殺せないんだよ!」


 舌を出して「えへへ」と笑う。そんな可愛さあふれる仕草に籠められたもう一つの意味を勝手に感じ取らせてもらった。

 「お前には絶対謎は解けない」と。

 ならば、僕は言葉として口に出してみせた。


「ああ、カフェインの件で殺人は立証できない可能性が高い。犯人は死にやすい状況を作っただけで。とどめを刺したのは望んでエナジードリンクを飲んだラナさん自身なんだからな。このまま言い訳できちまうだろう。でも、第二の事件じゃ、どうかな!?」

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