Ep.32 ラノベ好きの下剋上
やっと犯人の手掛かりを掴んだ僕。次にやることは決まっている。その犯人、彼女が動くのを待つのではない。徹底的に証拠を掴み、真相を明らかにするのだ。
そのためには物的証拠や裏付けも集めなくてはならない。
今のところ裏付けがしやすいのは厨房の中にある地下食品庫だ。僕は一人で勝手にそこまで降りて、確かめた。
また一人、にやけて呟いた。
「思った通り。オリーブオイルと大量のお菓子が無くなってる……当然だけど、ケチャップも無くなってるねっと」
第二の犯行についても、少しずつだけれど。見えてきた。瞬時に思い起こされる、事件時のこと。犯人と睨みつけた、ある人の行動を考えると一つの仮説が生まれた。コトハさんを殺害した理由もだんだんと濃くなっていく。
読めてきたぞ。
僕は食品庫から厨房、ダイニングへ戻り、知影探偵だけに声を掛けた。
「チェックしたいことがあるので、ちょっと外に来てもらえませんか?」
「えっ、何処に行くの?」
「ラナさんの死体をもう一度見に行くんです……」
「わ、分かったわ。何か気になることがあるのね」
「そうです」と僕は強く言い放って、外に出る。後はそのままラナさんがいた場所まで直行。会話なく、そこまで来てから知影探偵にチェックしてもらった。
特にラナさんの手について、だ。
「ラナさんの指……何かを書いてるように見えますか?」
「はぁはぁ……ちょっと待ってね……ちょっと速く走り過ぎ! ええと、苦しんでもがいたようにも思えるけど……それにしてはそこまで力が入ってないような気がする。指がピンとなってるし。これって名前を書こうとしてたってこと? 犯人の?」
「そう思ってもらえたのなら、オッケーです」
「えっ? 書こうとしてた名前が分かったってこと? どういうこと? ワタシ全く分かんないんだけど」
「分かんなくて当たり前ですよ。これはたぶん、僕の考えによると、犯人が書こうとしたように見せかけただけですから」
「……ううん、ラナさんは犯人は分かってないのに。分かってるように見せかけたってこと?」
「そうです」
知影探偵の認識で自分の推理に自身が持てた。間違いない。
犯人がラナさんを殺害した方法はだいぶ理解ができた。第二の殺人についても、もう少し。イークさん殺害のためにウイルスの噂を流したこと。そこに関しては、自分の中で納得の行く論が生まれてきている。
ただイークさんを殺した際、本当にシャルロットさんがやったものでないと証明ができていないのだ。説得力に欠ける。
「……ねえ、氷河くん」
事件のことを考えている最中の僕、歩いている最中の僕に知影探偵が話し掛けてきた。
「どうしたんですか?」
「ウイルスって本当にあると思う?」
「どうしたんです? いきなり」
「……やっぱ、みんなが騒ぐから心配になっちゃってるんだよね……」
「なるほどです。問題ないですよ。特効薬はもう持ってます」
推理と言う名のね。
「え……」
「後ちょっとなんですよ。後は犯人がしたって証拠と何でウイルスを流したかって理由が弱いんですよね。ええと、まぁ、この薬を使っても副作用が心配な状況ですかね」
「まだ適用はできないか……その薬に何を混ぜたら、いいんだろうね……」
「さぁ……」
もう少し。あとちょっとのヒントでもあれば、全て気が付けるように思える。
ああ、もうちょっとと痒いところに手が届かない不快感を覚えて、山荘の中に入る。広間ではソファのようなものに座り、コマキ先生やカルマさん、キスさんが本を読んでいた。コマキ先生はかなり重そうなファンタジーを
彼女はラブコメミステリーの小説を読んでいる。
知影探偵が興味を惹かれたのか、キスさんに質問し始めた。
「それ、どうしたんですか?」
「シャルロットさんの部屋にあったのを借りてきたんです」
「へぇ……ミステリーが好きなんですか?」
「そうですね。昔、ミステリー小説を書こうと意気込んだことがあったんです。でも、なかなかうまくいかなくて。で、結局挫折して。今は他の作家達に託してるってことなんですよ。あはは……お恥ずかしい話ですね」
キスさんにしては珍しく頬を真っ赤にし、手で自分の顔を覆い隠していた。
そんな彼女の姿を見ながら、納得する。コマキ先生が言っていた「最近サスペンス小説を書くよう勧めてくる。トリック」なんて話はこんな彼女の考えから来ていたものだったのだ、と。
そんな状況も分かっておらず、知影探偵は違うことを口にした。
「……と言うことは、もしかしてキスさんならトリックを作れたのかしら?」
「そうですね……」
確かにその点で怪しく思うことは良いことだが。犯人には全く結びつかない。この中に本当に面白いミステリー小説を書ける人が他にいるかもしれないし。
それにしても、ラブコメミステリーか。
ライトノベルの中でも流行り始めたジャンル。うちの母も書いてたような、書いてなかったような。ラブコメミステリーの内容は結構、面白かったと思うけれども。
あそこに出てくる探偵は気に入らない。ほとんど女の子にかまけて、事件を解くのは本当に偶然。いや、僕も……そうなんだけどね。
いやいや、僕とその探偵が違うところは大いにある。ラブコメの主人公みたいに僕はスケベなことはしない。清純に生きている。一緒にするなと心中で言い切ろうとした途端、頭に衝撃が走った。
物理ではない。感覚、だ。その後に頭の中で文字列が現れた。
探偵。
ラブコメ。
ラッキースケベ。
異世界チート。
エルフの森を焼く。
異世界ハーレム。
ムッツリ。
一見、推理には全く関係ない言葉が目には見えない世界で飛び交った。
「ちょっと喉乾いちゃった……カルマさん、何か貰ってもいいですか?」
「いいわよ」
ご都合主義。
全て、全てだ。全ての状況。ライトノベルではおなじみの展開が僕を味方する。
冷蔵庫からサイダー缶を持ってきた知影探偵は中身を自分の顔や折角の綺麗な服にぶちまけてしまう。皆が見ないふりをする中、僕だけはじっと見つめていた。
怒りを感じたのか、知影探偵は僕の手を取って脱衣所に引きずり込んだ。
「ちょっと! 何じっと見てんのよ!? そんなにワタシの透けた下着が見たかったの!?」
「……違います」
「じゃあ、何よ」
「見たいのは」
「見たいのは……?」
この殺人劇を。この推理小説に赤を入れる時が来た。
緊張なんか飛び越えて頭が変になりそうだ。だから、僕はこんなことを自信満々に言い放っていた。
「ええと、知影探偵。皆の前で毎度の適当な推理をお願いします! 見たいんです!」
「ちょっと!? ワタシの推理に何を言ってんのよ! 適当だって!? ああっ!? もう一度言ってみなさいよ!? このぼんくらスケベムッツリ男子主人公が!」
もう変になってしまったのなら、止まる気はない。
主人公なら、主人公らしくやってやるさ。
「知影探偵が推理をして、気を取られている間に僕は女性のパンツを盗んできます!」
無言で股間を蹴られ、二発のビンタを両頬に喰らったのは言うまでもない。
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