Ep.31 死神様の雑記帳

 知影探偵が出した驚きの声に反応している時間はないと感じた。時間が経つごとに分からなくなっていく証拠があるかもしれないから、と僕は誰よりも早く部屋から出た。


「説明はダイニングに向かいながらしましょう」

「ええ」


 カルマさんが後ろを歩き、知影探偵が横に来た。彼女は至極真剣な表情で僕に問い掛ける。


「犯人が分かるってどういうこと?」

「考えてみてください。今までの中で一人だけ状況が違うじゃないですか。コトハさんって」

「うん。年齢も違うし、関りがないのよね。他に亡くなった三人とは」

「では何で殺されそうになったかと言えば……」

「口封じ……犯人には不測の殺人ってこともあり得るのよね!」

「ええ。もしかしたら犯人の予測していない証拠が落ちてるかもしれません。それが犯人に繋がるって可能性も大です」


 背後で歩くカルマさんも腕を動かしてやる気を示していた。勿論、僕の隣で話していた知影探偵も胸を張って、歩いている。

 その血塗れのダイニング。

 異様な臭いはまだまだ流れていて、僕達は鼻をつまんでいた。カルマさんは「そうそう」と言うようにテーブルの上に放置してあったカメラを使う。ビデオモードで辺りを撮影し、落ちている柄に血が付いていない刃物の状況もコトハさんの死体もしっかり映していた。

 カルマさんが料理に何も入れていないことを証明するために放置したカメラ。誰でも触れた、と言うことになる。僕達が寝ている間は特に。

 動画の内容はだいたい覚えているはずだ。

 そう自信を持って、撮影し終えたカルマさんにカメラを見せてもらうよう頼んでいた。

 僕が確かめている間に、キスさんとコマキ先生もダイニングに入ってきた。


「ご飯を取りに来たのです。ここを通って、厨房に行かないと食料はないですからね……後、エミリーさんの部屋の前に開封されてない食べ物を置いておくためにも」


 キスさんの声を聞く限り、どうやら朝飯を食べに来たらしい。カメラの上についている時計機能を見ると午前十一時を過ぎていることが分かった。もうブレックファーストではなく、ランチの時間だ。

 どうでもいいことにツッコんでいるうちに話は変わっていく。コマキ先生がコトハさんの死体について追及したのだ。


「……コトハちゃん……そう言えば、何でシャルロットちゃんにもっと血が付いてなかったんだろう。この様子だともっと出たはずだよね。血……」


 そこに知影探偵が堂々と説明をしている。


「ええ。そうですね。刃物を出す時、血がビシャーっと出ます。蓋をしていた刃物が抜かれる訳ですから」

「でも、なかった。そっか。シャルロットちゃんはぐさっ、としただけなのかも。後から、コトハちゃんが自分自身で抜いたってことじゃないかな」

「ああ……そうかも、ですね」

「後は他の人の腕を刃物で切っても、少量だし気を付ければ返り血を浴びることはないし……」

「で、ですねぇ……」


 ただ知影探偵の声がどんどん弱くなっていく。どうやらコマキ先生が出したシャルロットさん犯人説に納得してしまいそうになったらしい。

 しかし、僕の信念は揺るがない。

 だって、コマキ先生の推理は違うもの。

 包丁の柄には血が付いていない。コトハさんが自分で抜いたとしたら、間違いなく手から包丁をほうったタイミングがあるだろう。そこで噴き出した血が包丁の柄に付着するはずだ。

 そうならないと言うことは、抜くのは違う人間がやっていた証拠。包丁を放さないように、柄を強く握りしめていたから、手に血が付いて。柄には血が残らなかったのだ。

 やはり、そこから考えると犯人は迂闊なことをしていることが考えられた。柄に血を付けていれば、コトハさんが抜いた可能性も考えられたのに……慌てていたか、それをしなかったのだから。

 俄然がぜん、やる気も湧いてきた。この状況ならば絶対に犯人は証拠を残しているはず。こんなところで挫けてはいられないぞ、と。

 

「そう考えたところで……目ぼしいものは見つからないんだよなぁ……」


 いや、見つからないのではない。カメラの中に全てあるのだ。ないと思われたものが全くない。

 犯人は自分の犯行が全く写真に収められていないと知っていたのだ。

 最初の日に開かれた晩餐ばんさんも、ラナさんの遺体が映ったものも。全て手掛かりにならないと感じたのか。

 それでも消した方が捜査をかく乱できたし、何故に犯人は……。消すことで何かがバレてしまうことを恐れたのか。それとも、この動画は残しておきたかったのか。

 また僕は独り言を呟いた。


「コトハさんを殺してまで口封じしたのに……何でこっちは手付かずなのか……これには間違いなく映ってないってこと……だよな?」


 心の雑記帳に強く書き留めるため、声に出す。それから脳をフル回転。

 見たものではなく、違うものを重視していたのではないか。

 カメラで映っていないコトハさんの行動を恐れていたのか。

 コトハさんの動きを全て思い出せ。

 確か、最初の夜に厨房でコトハさんはコマキ先生、イークさん、カルマさん、シャルロットさんと共に食事の準備をしたのだ。

 ……また何か、重要なことに近づいた。


「……ええと」

「ちょっといいかなぁ?」


 知影探偵が僕の持っているカメラを手にして、持っていく。何だかスマートフォンを操作するみたいにカメラの画面を動かしている。


「……何ですか? スマホが恋しくなりました?」

「そうに決まってるじゃない……ここ何日も触ってないのよ……ああ……カメラのこの感触……スマホに似てる……」

「……知影探偵」

 

 余程のスマートフォン中毒患者、だ。よく二日間我慢できていたと褒めるべきか。いや、そんな場合ではない……か?

 中毒……?

 いや、でもこのイベントで僕が考えていることは不可能なはずだ。

 いや、しかし、そう考えれば説明が付く。何があったんだろうか、と僕は考える。

 異世界ハーレムイベントの中。

 ……ラナさんが毒を飲んだ理由がもう少しで頭に思い付きそう、だ。必死に頭を働かせ、考えるもこれ以上良い発想が生まれない。

 後、もうちょっと!

 僕が困った矢先、キスさんはコマキ先生にこう告げた。


「あっ、そうです。コマキ先生……何日も触ってないと言えば、まだ原稿触ってませんよね!?」

「げげげげげげげ!?」

「早くしてくださいっ!」

「そ、そんなの主人公のチート能力でずずいのずい!」

「現実ではそんなことできないでしょう! チートはさておき! 食べながらでも早く書いてください!」

「ひえ……!」


 本当にたまたま、だ。

 彼女達が会話したおかげで、とあるキーワードが頭の中にピンと浮かび、今回起きた事件の真相に一歩近づいた。近寄れたことで何故、コトハさんが殺されなければならなかったのか、一つ分かった。それであったら、もう何人か殺されなければならない人物もいるようだが……何故、彼女はコトハさんを優先して殺したのか。

 そこはまだ分からない。

 けれど、もう揺るがない。人の死に挫けている場合ではない。守れなかったコトハさんの想いに答えることができる。

 なんたって……ついに犯人の尻尾を掴んだのだから。

  

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