Ep.30 遊女戦記

 コマキ先生から「ないよー」との声。キスさんも同じく「ありませんでした」と。エミリーさんに限っては、ぽかんと外にスーツケースを出してくれた。

 カルマさんが即座に僕達の前で確認し、油で汚れているものがないことを証明した。

 つまるところ、犯人の服に油は付いていない可能性は高い。

 犯人がイークさんを気絶させ、油塗れにして外に出した可能性は除外されたのだ。そこから続く推理を知影探偵は口にする。


「……え、えっと、つまり……シャルロットさんが犯人でないとなると……イークさんは自ら油塗れの風呂か何かに入って、窓際まで歩いて行って落とされたってこと?」


 そんな自然にできるものか。催眠術でもない限り、油塗れのギトギト風呂なんて入りたがる訳がない。美容効果と言って誘われたとしよう。しかし、この山荘にある油はオリーブオイルだけ。「注文の多い料理店」ではあるまいし、わざわざ変な臭いのする風呂に入ろうとは思わないだろう。

 そもそもの問題だが、彼女はウイルスのせいで引き籠っていたはず。誰かが悪意を持ってやってきたとして部屋の中に招き入れるか。そして窓から突き落とされる程、油断するだろうか。

 そう考察すると、やはりシャルロットさんが油を掛けた説に辻褄が合うと思ってしまう。それならば、別に彼女が外に出たイークさんに油を上から掛けるだけ。部屋に入る必要も被害者のイークさんに近づく必要もない。

 今のままでは真犯人の尻尾すら掴むことができないのだ。ただ一つ、ここでも不審点。「あっ、そうだ」と言って、カルマさんが部屋のバスタブへ向かった時に見つけたものだった。


「……事件当時はもっと、この部屋、入浴剤の匂いが強かったのよ。袋のことを確かめに来た時って……言うか。入浴剤が入ってたのよね。死ぬ前にお風呂に入ってたのかしら」

「えっ」


 僕の声に合わせて彼女は更に風呂場から更に詳しい情報を教えてくれた。


「今は完全に洗ってあるけどね。誰が洗ったのかしら……」


 また洗ってある。僕達が眠っている間に誰が何のために。

 その話をして更に思い出した情報を僕はカルマさんに振っていた。


「そうだ。と言うことは、お風呂に入った後に仕事をしたんでしょうか?」

「仕事?」

「ええ。イークさん、昨晩水を飲みに来た時にあったんですが、最後に仕事をするような趣旨のことを……いや、お風呂の前かもです。彼女の頭にまだ湯気は立っていませんでしたし。服は」

「あっ、私もダイニングで見かけたわ。服、そうね。二日目のもののはず。まだ着替えてない、風呂に入ってないってことじゃないかしら。その仕事の前に」

「で、仕事の内容って何ですか?」

「ううん……ヒョウちゃん……ごめんね。シャルロットちゃんが把握してたのかしら。私は全く聞いてないのよ」

「そうなんですか。風呂に入る前に謎の仕事か……」


 そう推理はできた。但し、結局話は進展せず。こちらに戻ってきたシャルロットさんはそのままベッドに腰を掛け、溜息を一つ。

 その後、すぐに立ち上がって「ここで調べることは他にあるかしら?」と口にした。そんな彼女が座った後に血が広がっていた。カルマさんの怪我による出血は全て絆創膏で止められている。

 つまるところ、見ていなかっただけでそこに血はあったのかもしれない。そう考えている中、知影探偵が僕へとささやいた。


「今、血があったところに乗って、思いきり痕を延ばしたのよ」

「って、知ってたんですか? 何で知影探偵言ってあげなかったんですか?」

「いや……座るとは思わなかったもの。最後に言おうとしたらね。って言っても、これ関係ないでしょ。事件に」

「何で? 血なんですよ?」

「たぶん……吐血の痕でしょ? ウイルスがなかったとしたら、単に犯人が偽装工作したものね」

「……偽装工作……ですか」

「とにかく、気付いていないみたいだし、黙っててあげない?」

「……は、はい」


 知影探偵のよく分からない優しさも知らず、カルマさんは「二人共何を言ってるの?」と首を傾げていた。

 僕達は同じタイミングで「何でもないです!」と声に出し、恥ずかしくなって顔を赤らめていた。

 そこでもう一つ。カルマさんは事件とは関係ないことを語り出した。


「あっ、そうそう……後でお二人にはこの埋め合わせをしないとね。こうして頑張ってくれてるんだもん。それに楽しかった、このイベントが全然違うものになっちゃってね。何にしようかしら……」


 何にしよう、か。そう言えば、今朝眠らされる前に知影探偵が放った寝言を「叶えてあげよう」だとか口にしていたな、カルマさん。ただ、その内容が思い付かないらしい。

 知影探偵は「いいですよー」と遠慮しているけれど、目は輝いている。貰う気満々だ。カルマさんが困っているために僕も「大丈夫」と伝えようとした。


「問題ないですよ……」

「いや、でも……ううん。普通のパフェとかご馳走じゃダメよね」

「いや」

「もう、とびっきり……そうだ!」

「何かあるんです?」

「私の裸に料理を乗せれば、それで満足してくれる!?」


 女体にょたい盛り。彼女のそんな姿を想像してしまい、僕は頭がショートしそうになった。何てことを言い出すのか。

 知影探偵もコメントする。


「あの……そこまで焦る必要ないですよ」

「そうですそうです」


 僕も頷いた後に知影探偵がもう一言。


「それで喜ぶの、ここにいる氷河くんだけですから」

「そうだそう……知影探偵!? そんな喜び方しませんから! ってか、女体盛り位で興奮しませ……」

「へぇ……それ以上の刺激がいいんだ」


 そこから僕と知影探偵の喧嘩が勃発ぼっぱつした。当然、僕は自分のむっつりを否定していく。


「い、いや……! そうじゃなくて」

「カルマさん……この男何やらかすか分かりませんよ」

「知影探偵!」

「ああ、もう冗談だって。冗談よ冗談」

「言っていいことと悪いことがあります! って、そこで笑ってるカルマさんもカルマさんです。貴方が言い出したことなんですから! 遊女とかじゃないでしょ! 貴方! 変な発想は……えっ!?」


 自分の胸が高鳴った。今の言葉でとんでもないトリックが頭の中を回っていったような気がした。今の酷いカルマさんの冗談がヒントになった気がしてならない。

 しかし、今は証拠も何もない。ただの妄想だ。僕は心にもやもやを覚えながら、違うことを思考することにした。

 次に調べるべきは何処だろうかと。


「どうしたのよ」


 知影探偵の問いが飛んできた頃には答えが出せていた。


「コトハさんの死についてもっと考えてみたいし。観察してみたい……もしかしたら……それで犯人が分かるかも……だから!」

「嘘っ!?」

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る