Ep.28 選択肢が事件捜査の邪魔をする

 そんな空気を一番真っ先に吹き払おうとしたのが同じスタッフであるカルマさんだった。包帯だらけの腕を振り回したこともあり、僕達に主張しようとしていることが強く伝わってきた。


「そんな、そんな訳ないわよ! きっと彼女も部屋の中で襲われてるのよ! もしかしたら外から来た何かに」


 額に絆創膏を貼ったキスさんがそんな彼女に異議を放つ。


「カルマさん。少々冷静さを欠いているのでは。同じスタッフ同士だからと言っても、貴方達が話したのはほんの数週間の間でしょう」

「で、でも……!」


 そんな言い合いをしていても埒が明かないと知影探偵は皆に告げる。


「だったら、部屋に行きましょう! 襲われてるんなら、早く処置をしないといけませんし!」

「そ、そうね!」


 カルマさんが賛同の言葉を口にし、他の一同も頷いた。まだ体は痛むが、亡くなったコトハさんのことを考えれば、こんなもの全く辛くない。

 そのまま二階の部屋へと皆で直行する。

 そこに彼女が無事な姿で、あるいは血塗れの姿で立っているのを期待していたのだろう。

 一方はシャルロットさんの無実が一目瞭然で分かるから。もう一方は彼女が一連の殺人を引き起こした犯人だと分かり、安心できるから。

 そのどちらもの希望を神は裏切った。

 部屋はもぬけのから。部屋で自粛していたはずの彼女がいないのだ。ふと嫌な予感がして、入口から正面の窓の下を見る。下はイークさんの死体を守るための白いシーツだけ。シャルロットさんが逃げようとして、窓から落ちたことはなかったよう。

 ふっと息が漏れるも、心の中は安定しない。

 皆は騒いで更に不安を煽っていた。シャルロットさんが殺人犯として、また誰かを狙っているのか。

 最初にパニックになったのはコマキ先生だった。


「嫌だよぉ……殺されるのは嫌だよぉ……! もうここにはいられないよぉ!」


 とこの部屋を出て、走り出した。それに感化されて、カルマさんも真っ先に逃げ出した。ダメだ。そう声を出したくても、喉が渇ききって何も出なかった。

 皆がバタバタと駆け出して行き、部屋に残されたのは僕と知影探偵だった。キスさんは彼女二人を追っていった。

 僕がそれを認識した瞬間、山荘入口の扉が酷く大きな音で響き渡った。

 もう彼女達は外に出てしまっているのかと僕も足を動き出す。なのに知影探偵が肩を引っ張った。


「ちょっと待ちなさい……もうワタシ達には何もできないんじゃないかしら……」

「待つ……か。知影探偵……アンタは知ってる人が死んでもいいと思う? 僕がこのままあの人達を見殺しにできると思う?」


 少々意地悪な質問をしてしまったと後から考えた。こんな質問、今する話でもないと思った。彼女なら「はい」と答えられる訳がない。だとしても、僕を止められない今、「いいえ」とも言えない状況。

 馬鹿だ。

 途轍もない馬鹿だ。自分でも承知している。そんな過酷な選択肢を人に突き付けている場合ではないのだから。

 そうして動き出そうとした僕に彼女はぎゅっと強い力を使って離さない。


「嫌だ。嫌だよ。そんなの嫌に決まってるじゃない! でも、違う」

「違うって何」

「ワタシはアンタの心が壊れて、心が死んじゃうのが怖いの! アンタがこのまま走って、頑張って期待に応えようとして……その分、必死になった分、どうにもできなかった時、アンタは苦しむ! そんなの見たくないっ!」

「僕?」

「そうよ! 虎川氷河! アンタよっ! さっきワタシがコトハちゃんの期待のこと言っちゃったせいってのが、アンタの負担になっちゃったんだよね……アンタ、口にはしないけど、苦しんでる。事件が起きるごとにどんどん躍起になってる。何かこれから嫌な事が起こるんじゃないかって思って、怖いのよ」

「……そう心配してもらえるのなら嬉しいです……ありがとうございますね」


 そんな苦しみは今、最高潮を迎えた。誰かの騒ぎ声。冬鳥達が樹から飛んでいった。飛び交う高い声に一つだけ届いた最悪な言葉。

 ……「シャルロットちゃんが死んでいる」だ。

 動くしかない。今、立ち上がって動く。這いずってでも体を前に出す。知影探偵も死体の状況を確かめに行こうとした。そこで僕に一言。


「アンタのせいじゃないからね」


 気遣ってくれた彼女。心の中で頭を下げさせてもらい、山荘の外まで走る。もう、これが最後でありますようにと祈りながら。

 最初から思っていた願い。

 無駄かもしれないが、今回も手を合わせておく。そんなことを考えながら、悲鳴がした方向へと急ぐ。

 皆がいる場所で立ち止まる。彼女達の視線に合わせて、上を見ると樹の太い枝にシーツによって作られた縄で吊るされているシャルロットさんがいた。

 風によって揺らされ、彼女の憂鬱そうな顔と血が付いた服が見えた。

 皆、もう喋るものがいなかった。疲れたのだ。ラナさんがよく分からない状態で死んで。次の日にイークさんが焼死させられて。そこから幾分も経たぬ間にコトハさんまで殺され、僕達まで血塗れにされて。

 そして、シャルロットさんが首を吊って死んだ。

 現実味のなさと同じ位、心の中身も空っぽだった。叫ぶ悲鳴ももう喉から消えている。

 そのはずなのに。

 僕の中にいたもう一人の僕か、それとも自分自身に偽っていた本物の僕自身か。樹の幹に拳をぶつけ、叫んでいた。怒りと悔しさを最大限にまで籠めた、恨み言全てを。


「僕達をどれだけコケにすりゃあ、気が済むんだよ。この謎、全て解いてやる。殺人犯のお前が用意したトリック何もかも、全て晴らして終わらせてやるから、待っていろ!」


 そんな僕に一つの異論が飛んできた。コマキ先生のものだった。


「で、でもこれ……どう見てもシャルロットちゃんの自殺じゃない……? 三人を殺して自分も良心の呵責に耐えきれず……」


 僕はそんな言葉を否定した。


「三人ですか……コトハさんも入ってますよね。それにしては血が少なすぎではありませんか? コトハさんが殺された際、あんなに大量出血していたじゃないですか」

「そうなんだよね……ううん、そこが引っ掛かるけど」


 コマキ先生がこちらの言葉に悩んでいると新たなる刺客がやってきた。今度はキスさんだ。


「もしかして、彼女は刺しただけなんじゃないでしょうか。後の血塗れ工作に関しては自分にもっと血やケチャップが付いたように見せかけるために我々を落ちていた刃物か他の物で切り、ケチャップをまき散らした。きっと生きていたら、こう無実を主張するんじゃないかと。『自分はどうしてあの血塗れの現場にいたのに服がほとんど汚れてはいなかったのか、それは単に皆さんを起こそうとした時に付着した血なんですよ』とね」


 コマキ先生とキスさんの主張はどうもシャルロットさんを殺人犯にしたい願望が入っている。それでいて、何故現場がケチャップまで使って赤く染められていたのかの説明まで入っていた。

 一見筋が通った主張だ。

 だが、本当にそうなのか。今回の事件に関してはシャルロットさんが犯人であることを示す証拠ばかりが出ている。それがわざとらしいと思えてならないのだ。

 



 

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