Ep.27 顔を剃る。そして女子〇〇の遺体を拾う

 知影探偵も、キスさんもコマキ先生も、起きてくれない。血塗れの状況。これこそまだ夢の中にいるのだと思いたかった。あまりのショックに涙までが零れ落ちていく。

 嘘でしょう?

 何で知影探偵がこんな苦しい目に遭うのか。分からない。彼女は探偵と言う行動を取っていても、今までの中でメンバーに恨まれるようなことは一切していないはずだ。コマキ先生もキスさんも、分からない。理解ができない。

 頭が痛くなる中、状況を確認する。血が滴り落ちるテーブルの左奥にいるはずの、カルマさんが、そのそばに座っているはずのコトハさんがいない。

 彼女達はと探すと、二人共血の海になった床の上で寝ているのが見えた。彼女達にも叫ぶが、全く反応はない。


「起きろっ! 起きるんだぁあああああああっ! 起きてよ! こんなところで終わっていいはずがないだろっ!」


 必死で叫び、辺りに血が飛び散っていく。まだ流れ出る血。だが、そんな僕に暖かいものが飛んだ。

 誰かの血、だ。

 ただ、それこそが生きている証だった。

 知影探偵が僕の腕を掴んでいる。


「知影探偵……?」

「ちょっと……何なのよ……これっ!? 何が起こってるのよ!?」

「分かりません。知影探偵は大丈夫なんですか?」

「ええ。腕に切り傷はあるけど……ほんのちょっとよ」

「えっ、でも血塗れじゃ……」

「たぶんこっちはケチャップも混じってるかも」

「えっ……あっ、本当だ。僕の腕から凄い臭いが……」

「ケチャップと血の臭いが入り混じって、変になってる……誰よ。こんなことしたの……」


 道理で慣れているはずの血の臭いが気持ち悪く思えた、と言う訳か。いや、しかし、大半が血であるのは事実。たぶん、僕達が普通に斬りつけられただけでは出ない量だ。

 誰のものか。

 緊張感を走らせているうちに僕の眼に映ったものがあった。カルマさんが床から起き上がったのだ。辺りを見回して絶句しているも、彼女自身に大した出血はないよう。足が切られているだけだ。

 次々と隣から起きて、「きゃぁああああああああ!」と悲鳴を上げるコマキ先生。キスさんも小さな声を上げて、「何よ!? この悪戯!?」と怒りをぶちまけた。

 つまるところ、僕を含めた五人は元気な状況だ。何事か現れたエミリーさんに関しては血を全く出していない。

 となると……。僕は真っ先に仰向けに寝ていたコトハさんの元へと駆け寄った。脈はない。人間の温度より冷めているところが確認できた。

 僕に知影探偵が聞いた。


「コトハちゃんもケチャップだらけになってるだけだよね? 生きてるよね?」

「……ダメだ。ダメだよ。もう死んでる……」


 残念ながらと首を横に振る。入口近くにいたエミリーさんもその情報を知って、力なくその場に座り込んでいた。

 この時の僕は、もう犯人に対して憎しみしか覚えていなかった。許せないのだ。三人の命を平然と奪って、生き生きとしていられる犯人が。どう考えても動機に関係のないコトハさんを手に掛けて、計画を進めている犯人が。

 そんな心持ちを抱え、近くにいるエミリーさんに言った。


「エミリーさん。これでもう……ウイルスの仕業なんて言えませんよね。これはれっきとした人が起こした殺傷事件です。うっ……」


 痛む腕を抑えて、彼女の表情を確かめた。すると彼女は一旦、外へ出る。何を使用としてるのかと思えば、救急箱を持って来ていた。

 彼女は彼女なりの話をした。


「……まだ。ウイルスがないとは言えない……ウイルスが恐ろしい……このせいで……ウイルスのせいで……ダディは死んだから……姉も死んだから……自分もそのせいで死にかけた……」


 ……そうか。今まで他の人と違って、ウイルスに対して用心深かったのは過去にあったトラウマから芽生えたものだった、と言うことか。

 それで今もウイルスに対して強い恐怖心を覚えている。

 彼女の意を組んで、彼女に救急箱にあるアルコール消毒液を渡してから、絆創膏や救急セットを受け取った。

 エミリーさんは少しずつ僕達から離れたかと思うと、また部屋に引き籠ったよう。仕方ない。 

 僕はエミリーさんの次にもう一度、コトハさんの死体を確かめた。彼女は酷く辛そうな表情をしていた。死体の傷を見るに、深くまで刺されたのだ。


「どうやら、深くまで刺して、後から引っこ抜いた……?」


 そう考えると虚しい事実があることに気が付いた。彼女は一回起きたはずだ。痛みに耐え、引っこ抜かれる前に叫んだか助けを求めたと思う。そんな中、僕達は眠っていた。

 いや、眠らされていたのだ。体にある切り傷。切られたのであるから、痛みで起きても良いはずだ。それでも起きなかった訳は一つ。強い睡眠薬で眠らされていたせいか、起きれなかった、だ。

 しかし、それが免罪符になる訳でもない。睡眠薬が入ってると思わず、油断してコーヒーを飲んでしまった僕が悪いのだ。

 そうしなければ、彼女は殺されずに済んだのに。

 刃物で突き刺されれなくても良かったのに。そう思う僕に隣から絆創膏を貼る人物がいた。

 知影探偵だ。


「……痛そうな気持ちよね。大丈夫? って言っても平気な訳ないわよね。たぶん苦しくて苦しくて仕方がないはず……彼女はワタシ達に期待をしてたんだから。彼女は事件を解決することを求めてたんだから」

「あっ」


 そうだ。

 解決しなければ、と辺りを見回した。

 凶器である包丁はテーブルの下に落ちていた。テーブルの下は血の飛沫はなく、柄には血がほとんど付着していない。

 そんなことをしていたら、知影探偵に叱られた。


「だからって、急がない焦らない。そんなことして真実が見えなくなるのって分かってるでしょ。ワタシだってそうだし。アンタも同じ人間だし。先に怪我を何とかしましょ!」


 彼女は消毒液を僕の腕に吹きかけた。


「……ううっ……染みる」

「……そうよね……色々染みるわよね……。何でこんなことにならなくちゃいけないのか全く分からないわ……」

「うん……」


 と考えていたところだった。カルマさんが立ち上がって、一人の名を吐いた。


「あっ! そうだ! シャルロットちゃん!」


 そうだと僕は目を見開いた。皆も頷いている。彼女の様子が全く分かっていない。彼女は無事なのか。

 いや、皆違うことを思っていたのかもしれない。

 彼女が犯人ではないか。今までの犯人疑惑もある。その上、今回の件。皆、睡眠薬で眠らされていたのだから、殺人ができるのはダイニングにいた六人以外。エミリーさんには血が全く付いていなかった。

 血やケチャップ塗れになった部屋で少しも血が付いていないと言うのは少々考えにくい。勿論、犯行当時着ているものが違うと言えば、犯人で血が付いていないと言う考えも納得できるのだが。

 皆はそう考えていなかったと思う。その証拠にコマキ先生が呟いた。


「って、もしかして……この惨状もシャルロットちゃんが……?」


 エミリーさん以外の外にいた人間。まだ姿を現していないシャルロットさんがコトハさんを殺害したのではないか。そんな疑惑が部屋中に漂っていた。

 

 


 

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