Ep.26 癒えない彼女の殺め方
トイレの個室に何分か入って、あたふたしている間に辺りにポタポタ血が落ちた。トイレットペーパーを鼻に当ててから、自分の血で汚れていく床を近くにあった
数分してトイレから出る。と同時に僕の入ってた個室へ勢いよくシャルロットさんが入ってきた。どうやら相当我慢していたらしく、男の僕が入った後と言うことも全く気にしないよう。
ただこちらは色々音を聞いてはいけないと出口そばの水道で迅速に手を洗い、外へ出ようとした。そんな時、まさかの悲鳴が発された。
「きゃああああああああああああああ!」
僕はもうトイレのドアを開けていたので、その悲鳴は山荘の中にしっかり響いていた。これでは僕が勘違いされる、と思った。
ドアを開けたまま、シャルロットさんへと事情を聞いていく僕。
「ちょっ!? どうしたんですか!?」
反応が返ってくる前に、悲鳴を聞きつけてやってきたコマキ先生やキスさん。彼女達の視線は間違いなく、僕への疑いを籠めている冷たいものだった。彼女達は僕が彼女を襲ったと考えているのだろう。
だから、早くシャルロットさんに驚いた理由を話してもらうよう心の中で祈っていた。そうでないと僕は変態野郎のレッテルを貼られてしまう。
沈黙の数秒間。異様に長かった。
その後にシャルロットさんが返答する。
「み、見つけてしまったんです……! ごめんなさい。こんなものを見つけちゃって」
キスさんがシャルロットさんのいる個室の方へと一歩踏み寄って、問い掛ける。
「何を見つけたのです?」
「血、血ですよ! これ、もしかしてラナさんかイークさんのどちらかが吐血したのを拭いて隠してたんじゃない……?」
シャルロットさんは出てきて、僕達にその雑巾を見せつけた。キスさん達も驚いて、コマキ先生も「あの人達、本当に病気だったの?」と疑い始めている。
そんな状況なのだが、僕は一人頬を横に歪めていた。シャルロットさんが見せているのは僕が血を拭いた雑巾であった。そこに付着しているのはラナさんやイークさんの吐血でなく、僕の鼻血。
このまま正直に話すと、どうなるか。
先程、僕が浴場にいたことと鼻血を出したことを関連付けてコマキ先生に茶化されると思う。彼女の反応を恐れ、僕は黙っていた。と言うより、三人がウイルスのことで盛り上がってしまい、僕は話の中に入れなかった。素直に告白していたとしても、僕の声は彼女達の耳には入らないであろう。
今夜一晩は話さない方がいいか。吐血の話題がそこまで大きくはなっていない。後で三人に説明しておけば、良いだけだ。
「……さて……自分も浴場に入ってきますか」
そそくさとトイレを出て、浴場に行かせてもらう。着替えに関してはすぐ部屋に戻り、持ってきた。浴場の脱衣所前では知影探偵、カルマさん、コトハさんが立ち話をしていて、怪しい人がいないか見張ってもいる。カルマさんが一言。
「しばらくはここにいるからゆっくり、風呂につかっておいで。話し終わったら、皆ダイニングに集まってるからね」
「ありがとうございます」
もう全員が入ってるようだから、乱入者はいない。そう安心して、浴場に入らせてもらう。その広さはやはり魅力的なものだった。
疲れているのにも関わらず、バタ足で泳いでしまう位に。
風呂の中で今回の事件に関して思考を巡らそうとするも、もう手掛かりがない。
今ある大きな疑問をまとめるだけだった。
ラナさんは何を使って毒殺されたのか。食べ物に毒が入っているとしたら、どうして同じものを食べた僕達には影響がなかったのか。
イークさんに油をぶっ掛けた容器は何なのか。
二つ目の事件について考えてふと思う。今の風呂から得た連想だ。風呂の中に油でもあって、その中にドボンと被害者を入れた。いや、油まみれの風呂に普通、喜んで飛び込む者はいない。仮に気絶をさせて入らせたとしても後でどう運ぶかが問題だ。外まで連れだすのに油まみれのイークさんを持って歩いているのを見られたら、終わりだ。幾ら夜中だと言っても誰かが起きている可能性もあるから、ね。
滅茶苦茶な推理だった。こんなことあるはずがないと僕は頭からその可能性を吹き飛ばす。
このこと自体忘れ、いい気持ちだったと外に出た。用意してあった白いタオルで顔や体を拭き、明日用の服を先に着させてもらう。ずぶぬれになった今日の服を洗濯機に入れさせてもらった。
ダイニングに戻ると、知影探偵が僕と同じような推理をした。僕は同じ論理で苦笑いをしつつ、否定した。
「ダメかぁ……そうだね。ケーキ職人の人に見られちゃったらお終いだし。いや、それが犯人だったっけ……? あれ、犯人はイークさんを殺害しながらケーキを作ってたの? 次の殺人の準備をしてたの!?」
コトハさんもコマキ先生も少々青い顔で反応を示して見せた。かなりブラックな話題になってしまったせいか。知影探偵も二人に頭を下げて謝っていた。
ただ、そんな可能性を考えるのは悪くはない。また新たな犠牲者が出てしまうことも大いにあり得る。だから、ここにいる六人が全力で危険を意識し、気を付けよう。
今日は眠れない。ただ三人眠そうにしてる人間。コマキ先生とコトハさん、知影探偵。僕とキスさん、カルマさんは、コーヒーを淹れることに決めた。コマキ先生もハッと起きて僕達についていくように歩き始めた。ほとんどよちよち歩き。
僕が砂糖を用意し、コマキ先生がお湯を沸かす。カルマさんがコーヒーの元を用意して、キスさんが配膳した。
知影探偵は寝ぼけながら「スペシャルデラックスメロンパフェ」なんて豪華なものを注文している。カルマさんはそれに真剣に答え、「これが終わったら、彼女達にご馳走しなきゃね。折角の楽しい時間がこんなんなっちゃったんだから」と言っていた。
コトハさんはもう寝息を立てていたかと思えば、半目開きで起きていた。僕達に向かって、こう告げる。
「ママァ、明日は六時半に起こしてぇ」
家にいるつもりなのか。彼女達はコーヒーを飲むも、意味はなく眠ってしまった。カフェインの眠気覚まし効果は役に立たなかったようだ。
部屋は暖房が聞いていて、心地が良い。
彼女達が眠くなる気持ちもよく分かった。ただ苦く辛いものを飲んだはずなのに。酷く眠い。
疲れているせいか。
仕方ないと一回目を閉じた。
「おやすみなさい」
誰かが低い声でそうポツリ呟いた。
変な夢を見た。知影探偵が犯人に襲われる夢。たぶん以前事件に巻き込まれた時のものを夢として見たのだろうが、縁起は途轍もなく悪い。
と思ってたら、いつの間にか僕の首に縄が掛けられていた。今度の標的は僕か。
椅子に座らせられているだけなのに動けない僕に対して、紙袋を被った誰かが近づいた。瞬時に椅子が消え、僕は宙吊りに。
「うぐぐぐぐ……」
本当に寝覚めが悪いと思ったところでパッチリ目が覚める。同時に心臓が一瞬止まり掛けた。
「えっ……何だよ……何だよ、これっ!」
窓から差す太陽の光に照らされたのは、真っ赤な光景。僕の目前にいる知影探偵の着ぐるみ、隣にいるコマキ先生の腕や腹も血塗れに染まっていた。それだけではない。キスさんも黒いスーツが見るに堪えない始末となっていた。彼女の額からは、血が垂れている。
それだけではない。ダイニングテーブルの白が赤黒い色へと変色し、血の嫌な臭いが立ち込める。幾ら慣れていたとしても、吐きそうな状況で僕は叫んだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおい! みんな、起きろ! 起きてくれっ! ぐっ……ぐああああああああああっ! ぐっううううううううううううう!」
腕の酷い切り傷に僕を我慢しながら、何度でも叫ぶ。「うがっ!?」と泣き叫びつつも、何度も何度も彼女達を、起きるはずのない彼女を起こそうとしていた。
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