Ep.25 むっつり野郎のひとりごと

 今までの調査によれば、毒はペットボトルの中に入っていないと考えられていた。別に証拠隠滅する必要もないはず油を入れたから洗った訳でもないと推測できる。ならば、何故ペットボトルの中を洗浄する必要があるのか、全く分からなかった。

 知影探偵も「そうよね……? 確かコトハちゃんやコマキ先生と前に来た時は間違いなく洗ってはいなかったわ」とのこと。僕の疑念が一人だけの錯覚ではないことを証明してくれた。

 また新たな疑問を一つ見つけたところで一旦、浴場の前に戻った。カルマさんとコトハさんの調査報告を受けるためだ。

 ちょうどタイミングよくコトハさんが僕の方に向かって走ってきた。


「取り敢えず……調べてきたよ。お二人の名探偵さん」


 しかし、その元気とは裏腹に口調は控えめ。特に重要な発見はなかったと見える。カルマさんが大きく息を吐いてから、教えてくれた。


「取り敢えず、コトハちゃんと同じように何かケーキみたいな甘い匂いがしたって……人はいたけど……実際に自分だって言う人はいなかったわ」


 そこから知影探偵はポジティブな結果を導き出した。


「ってことはケーキに関してはもしかしたら、犯人が何かの犯行のために作ったんじゃない? その中に毒でも仕込んで明日の朝食べさせるため、とか。誰も名乗り出なかったってことはそうじゃないかしら?」


 ついでに余計な推理も入ったが。そちらはカルマさんがツッコミを入れてくれた。


「残念だけど、冷蔵庫にそう言ったケーキはなかったわね」

「あっ、そうだったんですね……むむむ」


 今のところ、情報はここまで。後はカルマさんに聞きたい事があると伝えてから、皆一度風呂に入ってもらうことにした。

 但し、僕が一つお願いをする。

 絶対に一人にはならないこと。何か用があるのなら、誰かについていってもらうこと、だ。カルマさんは最初からそのことに関して気にしていたようで、ケーキ職人調査のついでに呼びまわってくれたらしい。無論、それはこれが殺人事件だと考える人だけ。ウイルスが襲ってくると言った考えに囚われたシャルロットさんとエミリーさんは聞く耳を持ってくれなかったとのこと。

 鍵を掛けて、引き籠ってくれるから問題はない。この館が燃やされでもしない限り、今後の殺人はあり得ない。

 そんな結論を頭の中で整理していたところ、僕は非常に大切な行動をし忘れていたことに気が付き、カルマさんがいるであろう大浴場へ飛び込みそうになった。

 脱衣所と浴場の間にあるドアを開ける数秒前、本当にギリギリの場所で自分がすることの迂闊さを自覚し、手と足を止める。

 

「そこにいるのは誰!?」


 知影探偵の声だ。僕は素直に自身の存在を白状する。


「僕です。氷河です。だからこの扉は絶対開けないでくださいね。危険すぎますから。見たくないですから!」


 と言うと、知影探偵は「脱衣所にも入って来るな!」と酷いブーイングを僕に飛ばす。ただカルマさんとコトハさんは「こっちに入ってくる?」なんて、冗談と思わしき誘惑をしていた。そんなことはしない。


「で、何の用?」


 真剣に受け取ってもらえるよう、知影探偵の質問にハッキリと答えていく。


「カルマさんに教えてもらいたい話を忘れてたんです。何で、火の気があったんですか? 今回のイベントでは体に悪いと言われるものは禁止されていたはずです。危険なものも禁止されていたはずなのでは?」


 と言った途端ザバンとお湯から誰かが上がった音がした。ピタピタと近づいてくる足音。声が大きくなってくる事実からして、どうやら扉のそばにカルマさんが来たみたい。


「その理由は、これも言った方がいいわね。皆が持ってきた一つだけ許されたもの。ヒョウちゃんは鉛筆。知影ちゃんはノートって言わなくても分かるわね」

「その他のものもお願いします。あっ、亡くなったラナさんはドリンク。コマキ先生は原稿用紙。キスさんは赤ペンですよね」

「ええ。チェックするための赤ペンって話ね。でも、三本全部渡しちゃってるようだけど」

「で、後はどうなんです?」

「まず、さっき亡くなったイークさんが美容パック。何よりも美容に関して意識してたみたいね。で、コトハちゃんはネーム用のパソコンよ」

「美容……確かに綺麗ですし、アイドルですからね。コトハさんもそうですね。ミステリーを書いてるって言ってましたし」

「私はカメラを幾つか。シャルロットちゃんが本ね」

「で、肝心の火は……」

「エミリーさんの花火よ。花火をやりたいってことで、ライターを一つね。靴箱に入れてあったのよ。あっ、そうそう……ライターは私が預かってるわ」


 これで分かった。ライターは一応、カルマさんの手中にある。他に火の気があるものは漏電以外にないと考えられる。それでも油断はしていないが、次の犯行が火を使うものである可能性はかなり低い。

 一気に人を焼き払える炎を異常に心配する必要はなさそうだ。

 これで安心……とはいかない。

 少しでも犯人の情報があれば、カルマさん話すことを要求した。


「分かりました。後、消毒液については……」

「ああ……それに関しては車にも部屋にもあったし……残るはエミリーさんとシャルロットちゃんが持ってるわね。ウイルスを気にして……ね。で、他は?」

「ありがとうございますね……これ以上は取り敢えず、質問が思い付かないので……」

「分かったわ。何かあったら聞いてね」

 

 そう言って彼女はどんどん近づいてきたと思ったら、扉に触れるような音を出した。ヒヤリ、僕の背筋に寒気を感じる。と同時にカルマさんが近くにいるところを想像し、段々と顔が真っ赤になる。

 鼻血が出てしまいそう。

 実際エロいものを見て鼻血を出すと言うことはない。そう思っていた僕は馬鹿だった。気が変になって部屋を出ようとした足がもつれてしまった。そのまま壁に鼻を激突させ、だらーと血を流し始めたのだ。

 ティッシュが近くにあるかと探してみたところ、適当に拭けるものさえなかった。ダイニングにはあるかもだけれど、中にはキスさんとコマキ先生がいる。そんな中、入っていったらコマキ先生に「ヤなこと想像して、鼻血を出したんじゃないのかなぁ?」とからかってくること間違いなし。

 僕の脳内センサーがそうだとピンピン言っている。逃げなくては、と脳をフル回転させ至った結論があった。

 

「そうだ。トイレットペーパーを使うしかないね……!」


 トイレなら誰にも見られないし、トイレットペーパーでも鼻を拭ける。使い終わったらトイレに処分するだけで良し。

 普通の用途で、使えるからね。


  

 

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