Ep.23 探偵の僕を好きなのは貴方だけかよ
「何か決定的な根拠でもあるの? シャルロットさんが犯人だって言う……」
コトハさんは知影探偵に反応し、シャルロットさんを疑った理由を語り始めた。
「あったんですよ……! 昨日の夜、シャルロットさんの部屋に一度遊びに行ったんですが、大きな袋がゴミ箱にあったはず……」
知影探偵もそこからどういう論理になっているか、発言した。
「ってことは、その大きな袋に油か何かを入れて思いっきし、イークさんにぶっ掛けることができたって、コトハちゃんは言いたいの?」
「そうですそうです! 他にないですよね。鍋とか洗面器だと一気に油をぶっ掛けられる量はないと思いますし」
「……そうよね。大きな洗面器は風呂場の何処にもないし。他に汚れてるゴミ袋は……ありませんよね? カルマさん?」
知影探偵がカルマさんに尋ねると、即座に返答が飛ばされた。
「ううん。部屋や厨房にあるゴミ袋は小さいけど、確かシャルロットちゃんの部屋だけゴミ袋が大きかったわね……他にあったかな……?」
カルマさんはまだ判断できないようで、重そうな足を動かしながら確かめに行ってくれた。一人だと怪しいと思ったので知影探偵にもついていってもらうよう、僕は耳打ちしておく。
「一応カルマさんについていってね。何かあると困るから」
「何かって……このままだと一番怪しいのはシャルロットさんだけだけど……」
「そうなんだけど、何か……ね」
「分かったわよ。彼女も何も怪しくないって根拠もないし」
知影探偵はぶつくさ僕に文句のようなことを言いつつも、命令に従ってくれた。そんな僕の横でシャルロットさんとコトハさんが言い合いを始めていた。
最初にシャルロットさんが袋について否定する。
「単に袋が大きいだけでそれで油をぶっ掛けたなんて、なんて発想を!?」
「うちはミステリー作家志望であり、美少女探偵団の一人なんですから!」
「そんな……こと」
そうこう言っている間にパンパンと手を鳴らすキスさん。彼女は皆に呼び掛けた。
「シャルロットさんの件は後に考えて、今は山荘の中に入りましょう。このまま濡れ続けてても意味がありませんし」
そう言われ、僕達は中に入っていく。ただ現場保存のためと僕は自分の寝室にあったシーツを運び、イークさんの焼死体に掛けさせてもらった。
雨で現場がぐちゃぐちゃになること、を避けるためだ。そんな僕の隣にいたのがコトハさんだった。
彼女は雨に打たれるのも構わず、ずっと僕の隣に立っていた。
「あの……どうしたんですか? コトハさん」
「いや、君に聞きたいことがあるんだよね。何でカルマさんと知影探偵を一緒に行かせたのかな? って」
「カルマさんが犯人の可能性もあるから……って言うのが分かってますかね。後言いたいのは、この流れができすぎてるような気がするんです」
「この流れって、シャルロットさんが凄く怪しいってうちの考えが?」
探偵の真似事をした彼女には悪いかもしれないが、ハッキリ言わせてもらった。
「ええ。自然すぎるんです。コトハさんの考えだけじゃなく、他の皆さんの考え方も。事件が起きたばかりだと言うのに、あんなに素人が推理を言えますかね?」
「そりゃ、うちの場合はシャルロットさんの部屋に一回行ったからで……他の人達は証拠であるアルコールやらライターが落ちてたから、なんですよね」
そう。確かに言われる通り、燃えたライターの破片やら消毒液のボトルやらが落ちている。
だからこそ、僕は怪しんでいた趣旨を伝えていた。
「車が爆発して、燃えて。車から壁のところまでイークさんの体も飛んで。それなのに、このボトルは外見がしっかり分かる位には壊れてないんです」
「えっ、つまり?」
「誰かが事件後。皆が炎に夢中になってる間、イークさんの死体に釘付けになってる間、そのどちらかに隠し持っていたものを置いたか。元々計画して火や風が届かないと思われる場所に設置したんじゃないかって思うんです」
「つまりこれは事故やシャルロットさんが犯した殺人だと思わせるために……都合よく嘘の証拠が置かれてたってこと?」
「そうです。その可能性が高いかもってことです。勿論、シャルロットさんがそれを見抜くことを見越して、偽物の証拠を置いたって考え方もあるかもですが」
「へぇ……」
コトハさんは「そうだね……」と言ったまま、立ち止まっている。これ以上、外で探すものも今はないと判断し、僕は彼女に山荘の中へ入るようお願いした。
「さて、入りますよ」
しかし、彼女は僕の期待に応じはしなかった。しきりに雨が降る中、突っ立っている。もう手遅れかもしれないが……このまま濡れ続けてしまったら、更に体が冷えてしまうと言うのに。
「優しいですね。ヒョウちゃん……」
「えっ?」
「探偵として、自分から動いて。常に最善の行動を心掛けている。並大抵の人間ができることじゃないなぁ、って」
探偵行為を褒められることに慣れていない僕の足が固まった。いや、正確には体がカチンカチンになって動かないと言ったところか。
湿った服が体に纏わりついた気持ち悪さがそのまま心の中にまで伝っている。到底この感覚を、気持ちを良いと言ったら嘘になるのだ。自分の嫌いなところを褒められて、嬉しくは思わない。
「だからって、僕は万能じゃありませんし。結果は出せません」
なんて捻くれた言葉で彼女がこれ以上僕に何も期待できないようにした。そう狙ったはずなのに。
彼女は不意に背後から抱き着いてきた。濡れているのにも関わらず、生暖かい感触を覚えさせる。
僕の脳内が思考を停止し、体が急激に熱を放出していった。この展開、予想していなかった。
コトハさんにとっては、そんなことお構いなし。僕に触れたまま、言葉を紡ぐ。
「貴方のような……人がいるから、うち、安心できるんです」
「……でも、僕じゃ守れないかもしれない。ちゃんと戸締りも何も心掛けて。今の犯人は間違いなく人を殺してる……」
「……そこはもっと、気の利いた言葉が来るかと思いましたが……いえ、これもヒョウちゃんなりの優しさなのかもしれませんね。ありがとうございます! 気が落ち着きました」
「……なら、良かった」
彼女は僕から手を離したかと思うと今度は腕を握り、山荘の玄関へと連れていった。中へ入った時に一言、僕にお礼を言うと同時に気になることを口にした。
「ありがとうね。って、あっ、そうだ。何かの役に立つかもしれないんだけど」
「どうしたんです?」
「さっき、この廊下を歩いた時にほんのちょっことだけ、甘い匂いがしたんです。誰か夜中にケーキを作っていたのかもしれませんよ。ちょこっとね」
何故か「少ない」と言う意味だけ強調してくるのかは分からない。そこはともかく、彼女の言っていることが本当なら一つ手掛かりが見つかるかも、だ。
夜中に怪しい動きをしていた人を見たというケーキ職人の証言が……。
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