Ep.22 しゅうりょうのおしごと!

 騒ぎを聞きつけた知影探偵も、コトハさんも僕が出ると同時に現れた。彼女達が無事であることを確認して、安心するとともに焦りが加速した。

 僕が確かめたいのはもう一人の無事だった。


「シャルロットさんは外にいたけど、カルマさんは!?」


 この中でカルマさんだけが見当たらない。片手で勢いよくカルマさんの部屋の扉を叩くも返事はない。

 ドアは鍵が開いたまま。コトハさんも「まさか、カルマさんに何か!?」と真っ青になる。

 知影探偵は唇を震わせて、何度も彼女の部屋を見回していた。鍵を掛け忘れて、部屋で寝ている訳でも風呂に入っている訳でもない。

 コトハさんは「確かめなきゃ!」と言って、外の方へと飛び出していく。同時に階段を転がっていく音が聞こえてきた。

 僕はその音に危険性を感じて走り、階段の下で倒れているコトハさんを視界に入れる。気絶しているだけかとドキマギしながら声を掛けた。


「大丈夫ですか?」


 と思うと、彼女は頭を撫でながらすぐに立ち上がった。


「大丈夫……いてて……ちょっと転んだだけ。急ごう!」


 その間にコマキ先生も姿を現した。どうやら今の衝撃音でパニックになっているらしく、「あわわ」と叫んで階段を三段飛ばしで降りている。

 そのままコトハさんのところまで言ってから、「何が起きてるの!?」と問い掛けた。それが分からないから、恐怖が胸を食いちぎっているような感覚に陥っているのだ。

 一刻も早く確かめようと僕は二人を追い越した。

 玄関の扉を開け、そのまま外に足を踏み出した。燃えていると言われた場所へと移動する。火が出ている場所から発生したやけに強いガソリンと何かが混じった異臭が場所を教えてくれた。

 既にそこではいなくなっていたカルマさん、キスさん、シャルロットさん、エミリーさんが傘を差さず、消火器を降ろしていた。炎は次第に強くなっていく雨が弱めていった。だが、山荘の焦げや草が散り散りになった痕、扉が取れた車は元には戻らない。いや、修復はできたのかも、だ。

 しかし、爆風で炎の中に打ち付けられたのであろう黒焦げてバラバラになった女性の姿は幾ら雨が吹いても、直そうとしてももう遅い。命が蘇ることはない、とここにいる誰もが分かっていた。

 濡れる地面の中に膝を突くコマキ先生。コトハさんは「何で……」とその場で泣き崩れていく。

 知影探偵は何度もその名を呼んでいた。


「イークさん……ですよね……イークさん!? 郁美いくみさん! 何でこんなことになったんですか……!? 何で……!?」


 彼女にとっては幼い頃から知っていた有名人。こんな訳も分からない非常事態で命が失われたことを信じられずにいたのだろう。同じくそう考える人、コマキ先生が強張った顔えとんでもないことを叫んでいる。


「まさか……これって、ラナちゃん……の遺体をただ焼いただけじゃないの? 誰だか分からなくなるように!?」


 ただ、とんでもないことであるが、今のままでは否定できない。そう僕が考えて近寄っていると、キスさんが断言した。


「たぶん、これはイークさんで間違いないかと。ちょっとラナさんとイークさんは体格が違いますし。最初から他の死体を隠せるような場所はありませんでした……よね?」


 確かに最初の日から遺体のようなものは見つかっていない。置ける場所もないし、元々違う遺体を置いてあった可能性もない。

 最後に会った時、まだ仕事をしなくちゃと言っていたイークさん。

 その死はまだ衝撃的で頭の中では飲み込めていない。僕も、だ。まず、何故こんな突然な死に方が起きるのか。

 もし犯人がいるとして、ウイルスで殺人を起こしたという流れは理解できる。

 山荘の外に病死をしたような動物を用意し、病死に見せかけた毒殺死体を持ってきた。そのトリックは未だ判明していないが、そういった意図は読み込めていた。

 だけれども、今回は全然違う。毒殺でもない。炎をその身に包み込ませた、焼死である。

 僕の考えが追いつかない間にたった一人、エミリーさんが口を動かしていた。


「悲しきアクシデント……」

「えっ? 事故ってどういうことですか?」


 僕は尋ねていた。殺人でもなく、自殺でもなく。事故だと決め付けた彼女。確か彼女はウイルス説を強く推していた。

 エミリーさんは僕の視線に気付いたのか、わざとらしく手を口に抑えつけて話し始めた。もう片方の手は近くに落ちている空っぽのアルコール消毒液を指し示していた。


「火を使って消毒してたんじゃないかなーと」

「消毒に火を使いますか? 確かに菌は火に弱いですが、ライターとかで殺菌してる人見たことないですよ」


 なんて指摘にシャルロットさんが高い声で反論した。


「あっ! そ、それはっ! 違うんです!」

「えっ?」

「いえ、ごめんなさい! ごめんなさい……」

「ああ、怒ってるとかじゃないですから、何ですか?」

煮沸しゃふつ消毒とかってあるじゃないですか。彼女はこの車の中で似たようなことをしようとしてたんじゃ、ないですかね……隠れて消毒したいものとか……」

「そんなことをして……何に? 何で隠す必要が」

「あっ、今のは例えです! もしかしたら消毒した手で単に別の目的で火を使って。燃えちゃったから分かりませんが、車の中に煙草とかでも隠してたのかもしれません……」


 エミリーさんとシャルロットさんの言葉を合わせて考えると、アルコール消毒と何らかの目的で使った火が火災を引き起こした。確かに事故、と捉えることもできよう。そこに納得してしまいそうな僕がいた。

 しかし、殺人説を推す別の人間は今の推測を弾圧した。

 代表・カルマさん。


「貴方達の中を疑いたくはないけど、そう見せかけて誰かが殺したって可能性もあるわよね」


 次にキスさんがエミリーさん達の方へ責め寄った。


「と言っても、車の中で火を付けることはできない。たぶん、外にいるところを狙ったんでしょう。外にいる彼女に大量のアルコール消毒液を投げつけた……たぶん、雨も降り出していた頃か、その前だから燃やそうとすれば人はよぉく燃えるでしょうね……!」


 最後にその場で立ち上がって、推理を口にしたのがコトハさんだった。


「って、ことは……犯人は……! 犯人は……シャルロットさんになっちゃうじゃないですか!?」


 その発言に皆がシャルロットさんに注目した。当然のことだが、彼女は苦痛の表情で叫び出した。


「な、何で自分が疑われるんですか!?」


 理論が全く不明のままで意味が分からないと主張するシャルロットさんの言葉は最もだ。

 僕と知影探偵は告発者であるコトハさんに疑いの目を向ける。何か理由があった発言なのか。適当に出した発言なのか。

 早速、知影探偵が口を開けた。

 

 

 

 

 

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