Ep.21 命のレバーを加熱しろ
ただただ静かな晩飯の時間。ここにいる僕達は何も起こらないことを祈り、食事を取っていた。と言っても、人が亡くなった後で豪勢な食事ができる訳もなく、かなり質素なパンとコーンスープの組み合わせを文句も言わず、食べていた。
ふと気になったのが、ここにいないイークさん、エミリーさん、シャルロットさんのことだった。彼女達はしっかり食事を取っているのだろうか。
「部屋で自粛してるあの三人のご飯はどうしたんですか?」
遠くにいるカルマさんに尋ね、返答を受け取った。
「部屋の外に置いて二人はちゃんと食べてるんだけど、シャルロットちゃんだけは手つかずだったわ」
隣にいたコマキ先生が僕よりも先にコメントを入れた。
「四日間、何も食べないつもりなのかなぁ」
「こんな状況じゃ、食欲が出ないのも無理ないわ。こうやって、六人もここにいることだって、本来あり得ないと思うもの。皆、精神力が凄いわよ」
とのカルマさんの推測に何だか食べづらくなった気がした。僕達、そこまで能天気な訳ではない。ただ四日間、ここで巣篭るのに最低限のエネルギーを供給しているだけだ。楽しもうとしてはいないし、楽しめない。
そんな僕を見てか、すぐさまカルマさんは話を訂正した。
「まぁ、でも食べようとしてる気持ちが偉いものよ。ちゃんと栄養を取って、元気でいようってことの表れだもの!」
僕はまたスプーンを手に取って、コーンスープを飲んだ。途中、コマキ先生が「あーんってする?」なんて冗談を言ってきたので、ツッコミを入れてあげた。
「コマキ先生、今、そんな状況じゃないですよ」
「……ごめんね」
「あっ」
「不安でちょっと、ふざけてみたいなぁって思って。君にとっても悪ふざけだったよね。こんな時にごめんね」
少々言い過ぎたか。僕が自分の対応を振り返って反省する。気が立っていて他の人に迷惑を掛けるなどもってのほか。これこそ、僕の嫌いな探偵の条件を満たしてしまうではないか。
謎が解けなくても前向きで、人に優しさを振りまこう。
この考えの元、僕はまた動き出した。
夕飯の後、風呂に入る前にキスさんへの聞き込みだ。今回は知影探偵は一階の大きな浴室に入ってしまったため、僕一人で彼女と話をすることとなる。
「あの……コマキ先生がキスさんにミステリーを書けとの話をしてたのは本当ですか?」
「ええ。本当ですよ。だって作家先生には新しいことに挑戦してもらいたいじゃないの。トリックが思い付かないっていうから、情報を提供しただけです」
キスさんには悪いが、そこを疑わせてもらう。もし、今回の動機となるのであれば……。少々酷い言い方になってしまうが、そこは堪忍してもらおう。
「もしかして、そのトリック、別の人からもらったってことはないですかね?」
「ええ? 盗作したってこと? それはないです!」
「それなら良かったです」
盗作関係が動機になる可能性も否定はできなかったから確かめてみた。しかし、今のところは関係ないよう。
キスさんが証言を偽っているなんて説を持ちつつ、違う動機があるとも考えておこう。
ハーブティーを飲む彼女に就寝の挨拶をしてから、自分の寝室へと向かおうとする。その途中にある一階から二階への階段。
そこでばったりと出逢ったのが、イークさんだった。彼女はマスクをしているつもりなのか、ハンカチを口に覆っている。
「あっ、イークさん……どうしたんですか?」
「い、いえ……何でもないの。喉がちょっと乾いたから。幾ら部屋の中にいて……ずっとカルマさんのお世話になる訳にはいかないから」
「そうですか……おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい……さて、あたしはまだ眠れないんだけどね」
「お仕事ですか?」
「まぁね。本当、やになっちゃう……あっ、今日の朝はあんな姿見せて……ごめんね。ついあたしも友達が亡くなって、どんな感情を出せばいいか分からなくなって……」
「いえいえ」
時間が経って、気分が落ち着いたのか。随分とおっとりとした喋り方をしていた。前の「きゅんきゅん」だとか語尾に付けていた人とはだいぶ違うイメージだ。まぁ、彼女はアイドルとして様々なドラマに出演している。こうやって、演技をすることもプロなのだろうと一人で納得して、彼女と別れた。
彼女には明日の朝、動機があるかないか等、聞き込んでみよう。
そう言って、上に行こうとすると更に別の人物が僕を追っかけてきた。湯気が立って、まだお風呂から上がったばかりの犬の着ぐるみ少女。僕が何も言っていないのに、いちゃもんをつけてきた。
「ちょっと! この着ぐるみに不満がある訳?」
「な、ないよ。別に!」
「そう、良かった! 実は結構、気に入ってきちゃったのよね」
「へぇ……それは良かった。あっ、で、浴場はどうだった? サッパリした?」
「うん。サッパリ! あっ、でも……残念なところが一つ」
「なんです?」
「洗面器がなかった」
そういえば、個室にもなかった記憶。僕は知影探偵にも「おやすみなさい」と告げ、部屋の風呂に白濁する入浴剤を入れて確かめていた。
やはりパジャマと同じく予算の関係でカットしてしまったのか。
微妙なところのコスト削減。僕は呆れを通り越して、感心の吐息すらも出していた。
「ここには芸能界の大手もいるってのに。もっとお金が出せなかったものかねぇ……」
底の見えない風呂に肩までつかり、リラックス。外に出て、新しい上着下着をつけ、早速ベッドに横たわった。マントに勇者の服っぽいコスチューム。
夢の中で冒険ができそうだ。
そんな、僕に危険は待ってくれなかった。
僕は何かの振動に飛び起きた。いや、振動か、地震か。外から少しずつ雨音が聞こえる中、誰かが騒ぐ声も聞こえてきた。
だんだんと大きくなり、僕の背筋に寒気が這い上がってくる。黙っていても流れてきてしまう奇妙な言葉。
「早く助けなきゃ!」
「もう無理よ! 中にいる人はもう……助からないデスっ!」
「それより早く消して! 消して!」
消して……とは?
僕の胸から心臓が飛び出してしまいそうな程の不安と苦痛が同時に襲い掛かってきた。
夢であってくれ、と思うも今、これは現実だと感触で思い知らされる。
現実を真っ向から見なくては……!
そう思い、窓の外を確かめると、部屋の下。いや、正確には隣にあるシャルロットさんの部屋の下で炎が這い上がっている。近くにあった車も散り散りになって、原型はない。近くでシャルロットさんやエミリーさんが消火器を振り回している。
理解してしまった。唾を飲んで、今の状況を
また、誰かが殺されたんだ……と!
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