Ep.20 変態君子と笑えない猫
カルマさんの知識も借りよう。そんなことを考えて僕は呟いた。
「さて、大人のお姉さんの胸でも借りますか」
そう発言した後に隣で知影探偵が首を捻っているのを見て、何か間違えたことに気が付いた。僕は恥ずかしくなり、知影探偵から遠ざかる。そこで否定する言葉も見当たらず急いで僕はカルマさんがいる厨房へと飛び込んだ。
彼女はカメラを回し、共にフライパンの上に油をまき散らしている。映像を撮りつつ、野菜を油の中に混ぜていくという高度な芸当をやってのけていた。
最初に僕が尋ねようとしたところ、先に苦笑いが飛んでくる。
「胸を借りるって……? この胸に挟まりたいってこと?」
「そりゃあ、その大きな……って違います! 何言わせるんですか!」
「最初に言わせたのは君でしょう」
「あっ……はい。そうでした。すみません。お姉さんに頼るが何故か脳内で胸を借りるに変換されてました」
「そうなのね……あはは! こんな時に不謹慎かもだけど、笑っちゃうわね」
カルマさんは「健全なお年頃だもんね。そう言ったことを考えても、いや考えてなきゃおかしいか」と僕をからかってくる。
それに耐えきれず僕の顔が真っ赤になる前に、と慌てて疑問を投げつけた。
「あ、あの……で、何やってるんですか? 大変じゃないです? 片手にカメラ、片手にフライパンって」
「……ちょっと、こっちのカメラ持ってもらっててもいい?」
「はい」
「で、私を映してね。特に手元」
「了解です」
僕がカメラで彼女の手元を記録に残していく。何故、そんなことをやるのかの理由は察することができていた。この中にいるラナさんが毒殺されたと思っている人への配慮だろう。
彼女もそう説明していた。
「ダイニングに置いて確認してもらえば、私の料理に危険なものが入ってないって分かるでしょ?」
「そうですねぇ。このカメラを見て貰えば、何かあった時、毒を入れてないってことも証明できますね」
「ええ」
そんな話から、彼女が許容していただいた聞き込みをやらせてもらう。気付けば隣に知影探偵もいて、僕の様子をキツい眼を向けている。僕の誤爆発言については後で説明するとして、今は聞き込みに集中しよう。
「で、カルマさん。まず、ラナさんについての悪い噂って」
「ううん。聞くには聞くけど、そこから殺意に変わるってものはない……と思いたいわね」
「あんまりこれだってピンと来るもの……は、ないんですね。では、シャルロットさんのことに関していいですか?」
「ええ。そうね。今、あの子、出られないみたいだからね」
今、ウイルス説を肯定するシャルロットさんは部屋に引き籠っているとのこと。彼女に直接話を聞くことはできそうにないので、代わりに同じスタッフとして一番距離の近いカルマさんに質問だ。
「カルマさん達スタッフは、この参加メンバーとは……」
「下見、準備の時に皆が一回ここに来てるって言ったでしょ?」
「はい。確か、この山荘に入る時に聞きましたね」
「私は出版社とかの
「そ、そうなのですね……」
この事実は重要だ。あのラナさん。シャルロットさんに向けて敵意のようなものを抱いていた彼女こそが、今回のイベントに呼び寄せた本人だとは。今の僕が抱く推測の中ではかなりシャルロットさんが怪しくなっている。
この山奥で何かの会議をするために呼び寄せた。それは犯罪を隠蔽するためのもので、話しているうちに交渉決裂。シャルロットさんが使えないと判断したラナさんを手に掛けた。そんなストーリーを思い描いてしまった。
今度は知影探偵が情報を求めていた。
「で、他は……?」
ただ、もう話せることはないようで。
「ごめんね。事件に関して思い付くことはないわね。山荘とかの部屋割りを誰がどうやって決めたとかは、会社に戻って資料を見ないと分からないし……。後は全然関係ないプライバシーのことだし、話せないわ」
「そうですか……」
「他の人にも聞いてみたら?」
ついでに得た情報として、今話せる機嫌の良さそうな人物について教えてもらった。コマキ先生とコトハさんだ。キスさんとカルマさんは話し終えている。イークさんとエミリーさんとシャルロットさんはウイルスを恐れてか、部屋に閉じこもっている。だから殺人が原因だとは思っていない。聞こうとしても「関係ないじゃない! プライベートのことは聞かないで!」と一喝されるそう。
そのうち、コトハさんは今回のイベント参加者とはあまり関係のない学生だ。
コマキ先生しか、話は聞けないようだ。しかし、彼女がとても重要な動機を知っているということも……と思ったが。
コマキ先生の部屋を訪ね、動機のことを質問して、がっくりさせられた。お風呂上りでタオルを巻いている彼女。僕が思うより数十倍純粋すぎたのだ。
「分かんないよ! 皆、いい人だもん!」
……ううん、それだと全く参考にはならない。いきなり部屋に訪れたことを謝罪して、ついてきた知影探偵が部屋を出る。僕も彼女と共に出ようとして、その際に一言。
「あの……海外でラナさんと何か買おうとしてたって話を聞きましたが、何を買ったんですか? キスさんには秘密で」
彼女はすんなり明るい顔で答えてくれた。ただ僕はそんな彼女から目を逸らす。胸を隠していたタオルが落ちそうになっていたのだ。
「ああ、アクセサリーだよ。キスさん、無駄遣いはするなって厳しくて。こっちのお金に対しても色々言ってくれるから……」
「なるほど、です」
僕はさっさと部屋を退散することにした。来た時もお風呂上りの女性の姿を見せられ、情緒が不安だったと言うのに。これ以上、見てはいけないものを見せられたら、理性が暴走してしまうだろうから。
僕が扉を閉めた。刹那、扉越しで彼女が呟いた。
「でも、キスさん、最近怖い」
「えっ?」
「キスさん。最近、わたしにサスペンスものを書いてって要求してきて。トリックとかも結構提供してくるの。わたし、ファンタジーやラブコメは書くけどミステリーは書けない。それが分かってるはずなのに……なぁ」
「そうですか……」
キスさんはコマキ先生の行動が変。コマキ先生はキスさんの行動が変。互いが怪しいと伝えてきた。
昼時は巧くキスさんと会話できず、その後もタイミングが嚙み合わず。
何も情報を得られぬ間に日は暮れていく。気付けば、イベント二日目も夜を迎えることとなった。窓から覗く夜空の雲は忙しなく動いて、魔力溢れそうな月明りを何度も遮っていた。
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