Ep.16 人類は相対しました
殺人だとして毒の混入方法が分からない。そんなことに僕達が悩む中、キスさんが話し出した。彼女は指で二人の女性を示す。
「シャルロットさん……イークさん、ワタクシの目に狂いがなければ、貴方達のどちらかしかできないんですよ」
当然、何も思い付いていなかった皆はシャルロットさんとイークさんに注目していた。二人が怪しいことは間違いない。
ただ僕はわざと考えていなかった。そんなあからさまに毒を入れて疑われるような行動を選ぶであろうか。容疑者が二人とすぐに絞られてしまうはず。
それであれば別の方法で毒を混ぜることも可能ではないか。例えば、皆が寝静まった後、ラナさんが眠っている隙にドアを壊して部屋に侵入し、口の中に毒を放り込むとか。飲みかけのペットボトルを発見して、その中にこそっと毒を入れるとか。多少強引ではあるけれど、その方が後になって疑われにくいだろう。
簡単に考えられる結末もあるが、今は証拠がない。他に毒殺する方法も思索しておいた方が良い。
そう思って出さなかったのだが。皆はもうそちらが本当の真実だと信じてしまい、コマキ先生が問い詰めていた。
「ねぇ……それって本当なの? ねぇねぇねぇ……!」
そう言われて反論できないイークさん。咄嗟に彼女はもう一人の相手に罪を擦り付けようとした。
「そ、そんなん……ええと、そうだ! ローストビーフに近かったのシャルロットちゃんだよね!」
シャルロットさんも言葉で対抗する。
「い、いや……でも……こそっと、本当にちょっとだけコーンフレークの中に入れとけば……ヒョウちゃんが食べる前に全部毒が無くなって……」
「そんなの毒の量を間違えたら、ヒョウちゃんも死んでたよ。そんなギリギリのことができるのかなぁ!? あたし、分かんないよー!」
シャルロットさんの声が小さいせいでかなり劣勢になっている。そんなところにコトハさんが割って入ってきた。
「でも……それ、本当に毒殺なのかなぁ……ちょっといい? ちょっといい? 本当は毒殺じゃなくて……」
そこでシャルロットさんが反論に利用した。
「病死……病死で亡くなったのかもしれませんよ! だって……もしかしたら……!?」
そこで論点が戻っていった。カルマさんが「元の話に戻ったわね」となる。ただ、今回の病死説は違っていた。また食中毒の話が出る訳ではなかった。とある情報をコトハさんが提示したのだ。
「うち、部屋の窓から下が見えたんだけど……とんでもない数の動物が死んでたんです……」
その話にエミリーさんやコマキ先生が驚愕し、互いの顔を見合わせていた。そうだろう。続いてシャルロットさんが口にすることが、摩訶不思議な方向へ流れるとは思っていなかった。
「もしかして、その動物が持っていたウイルスが何かの拍子にラナさんに伝染して、死んだんじゃないのかな……? その、とんでもないウイルスに!」
ウイルス……その可能性があるのか、と僕までも心の中で騒ぎ始めていた。ただそんな中、本当にそんなおかしなことが起きるのかと不思議にしか思えなかったのだが。
今の僕達に刺激するような言葉を放つ人物がいた。突然テーブルを叩いたイークさんだ。
「そうよそうよ! ウイルス! ウイルスが感染してるんじゃないの!? そういえば、シャルロットちゃん! 昨日、咳をしてたよね! あれ、胸がきゅんきゅんしてたんだよね……で、そのきゅんきゅんが伝染して……」
イークさんは最初はこの場に見合わぬ楽しそうな雰囲気で話し出していたのだが。シャルロットさんが「えっ?」と戸惑った途端に影が差す。
「死んじゃった……いや、殺したんだよね。病気で殺したんだ」
「えっ……? そんな?」
「わざとラナちゃんに近づくよう挑発したりして。何も知らないラナちゃんをウイルスに感染させて、殺したんだよね」
「そんな! 自分は、ちゃんと衛生管理もしてましたし、これはただ喉がかゆいだけで」
シャルロットさんが自分の胸を叩きながら主張する。それに対し、イークさんがシャルロットさんのいる場所から離れつつ、狂ったような大声を上げた。
「ふざけんなっ! 近寄るなっ! ウイルスをあたしに持ってくるなぁああああああ!」
何だか昨日までのイークさんではない。僕はどうしたら、彼女の暴走を止められるのか考えるも良い案が浮かばない。他の人も同じよう。
たった一人を除いて。
カルマさんが拳をテーブルに叩きつける。テーブルが大きく揺れて、とんでもない音が響き渡った。彼女はそのまま酷く強い形相でイークさんを𠮟りつけていた。
「イークさん! アンタ一旦、落ち着きなさいっ! この子はちゃんと動物の死体を片付ける時もケアを怠らなかったわ! それもこれもアンタ達がイベントを快適に過ごせるようにしたの! それなのにアンタは勝手に病死が人のせいだと決め付けてねぇ!」
それと同時にイークさんの化けの皮がはがれていく。どんどん僕達に本性を見せつけていった。
「ええ、ええ、ええ! そんなの当たり前よね! いいわ! カルマ! この山荘に助けが来る頃にはアンタが永遠に働けなくなると思ってなさい!」
「圧力でも何でも掛けなさい! 屈しないわよ!」
カルマさんとイークさんの罵倒合戦が始まった。キスさんはそちらから目を逸らすだけ。それ以外は僕を含めて、どうしようもない悲しさに襲われていた。コトハさんは小さい声で、コマキ先生は大きな声で泣きじゃくっている。
僕は頭痛が止まらない。
それどころか更に厄介なこととなる。エミリーさんが突然、ウイルス殺人説を唱えだしたのだ。
「エミリー……怖いデスねぇ……イークさんの言うことに従う。それがスマートな考え方……とにかく人に近づかない方がいいでーす。エミリー、世界各国でとんでもない病気を見てきまーした。どんな病気があってもノットサプライジング!」
と言って、エミリーさんはダイニングから一人だけ逃げ出していった。自分の説に賛同を貰えたイークさんは更にヒートアップ。
ついでに責められていたはずのシャルロットさんまでもがイークさんの説を支持し始めた。
「やっぱり……でもウイルスで……ごめんなさいごめんなさい! 自分のせいでこんなことになるとは思ってなかったんです! 本当に謝っても許されないことは分かってるんです。ごめんなさいごめんなさい」
もうカルマさんも混乱してその場でただただ感情論をぶつけて叫ぶだけ。僕はもう話に耐えきれてないコマキ先生と固まっている知影探偵に耳打ちをする。
僕がコマキ先生を連れて、知影探偵がコトハさんの腕を引っ張ってダイニングから抜け出した。
キスさんは別のことを考えているようだし、カルマさんもイークさんも、シャルロットさんでさえも口論に夢中で僕達が出ていったことに気が付いていない。
僕はそんなことを目で確認しつつ、頭で考える。
本当にウイルスによる病死なのか。
動物の不審死やラナさんの不明な死因が僕達の常識を捻じ曲げている。特にイークさん、シャルロットさん、エミリーさんの三人。
彼女達が想像する人を一夜で死に至らしめる病気が存在しているなんて、とても信じられない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます