Ep.15 ストライク・ザ・ポイズン

 編集者のキスさんがコマキ先生を起こすことになり、僕は知影探偵を呼んでくるようにと頼まれた。

 知影探偵はもしかしたら朝機嫌が悪くなるかもしれないという偏見を持っていたものの恐れている場合ではない。人の命に関わる話だ。

 震えているように見えるが、少々肌寒いだけ。僕自身にそう言い聞かせて、知影探偵の扉を開いた。


「どうしたのー?」


 扉から聞こえてくるあまりにも呑気な声。落ち着いている様子から察するに、僕がカルマさんを起こした時のやり取りも何も聞いておらず、熟睡していたらしい。そんな彼女を強い言葉で急かす。


「ダイニングに皆、集まってくれだそうです」

「こんな朝早くから!? まだ六時半でしょ? 確か、朝ご飯は八時から……いや、ラジオ体操がその前にあったかしら?」

「そうじゃないんです。とにかく、カルマさんが話すみたいですから、すぐ……来てくださいっ!」


 ラナさんが亡くなったことを伝えなかった。これに関しては現実味を帯びている出来事ではなく、本当だと知ってもらうには彼女の死体にいる場所まで連れて行かねばならない。そうしなければ、彼女はきっとドッキリか何かの企画だと勘違いする。カルマさんに代表して「これはイベントではない」ことを断言してもらえば、彼女も信じるだろうと考えた。

 彼女はすぐに支度をして、扉の前に現れた。今日はウサギの着ぐるみだ。恥ずかしそうに顔を伏せる。きっと昨日一回部屋の下見に来た時、知影探偵の顔が何となく嫌そうになっていたのは明日も着ぐるみを着させられると知ったせいか……なんて思ってる場合ではない。

 

「で、氷河くんは何で薄着姿なのよ。こんなに寒いの」

「今はそんなことを言ってる場合じゃないんです!」


 彼女には悪いが、強制的に腕を掴ませてもらった。そのまま彼女に抵抗させる暇も与えず、階段まで連れていく。


「ちょっと……何かあったの?」

「さっきから言ってます……とんでもないことが起きたんですよ」


 と、そう言うと彼女は素早く階段を降りていく。僕も共に進み、ダイニングまで歩くと既に他の七人は集まっていた。

 各々が席に座っているのを見て、知影探偵も自分の椅子に座る。その間、視線はずっと一人欠けているラナさんのところに集まっていた。やっと何をカルマさんが伝えようとしているのか分かった知影探偵は真正面に座る僕へ口パクで伝えてきた。「もしかして、ラナさん……!」と。

 カルマさんが立ちあがって、口にする。


「朝ご飯の前に皆に伝えないといけないことがあります。今朝、イラストレーターのラナさんが亡くなりました」


 共にこの場所から出ることができないことも説明した。

 予測していた通り、この場にいる女性達が騒めいた。出られないことよりも先に皆はラナさんの死にして注目する。中には「嘘!?」と叫んで固まるものや、信じられずにカルマさんへ聞き返す者もいる。

 知影探偵もその中の一人。信じられず、頭に手を当てていた。


「嘘……でしょ……ラナ先生が……?」


 厳しいかもだが、現実から目を背けている場合ではない。僕も見てきたことを皆に語っていく。


「嘘じゃないです。森の中で見つけた時には、既に冷たくなっていました。見たところ、外傷はなく……病死の可能性が高いとのことです」


 そんな僕の説明の次にエミリーさんが話題を振った。


「しかし、そうだとしたら……何で……ホワーイ?」


 コマキ先生は机に顔を突っ伏して、共に嘆いている。


「何でよー! あの人、元気が取り柄のような人だよー! そんな急に亡くなるなんて……!」


 そんな死の不安を呟かれたせいか、皆が死の理由に対して興味を持っていく。イークさんやコトハさんが「昨日、調子悪かったように見えましたか……?」なんて話をしている。

 カルマさんはその前に今後の予定等を話そうとしていたのだが、皆を落ち着かせるためにその話に加わってしまっていた。


「……見えませんでしたね。あんなに怒ってて。元気がなくなったようには見えなかったわ」


 その話をエミリーさんが否定した。


「ううん……でも、彼女、何回もトイレットにダッシュしてましーた!」


 つまるところ、非常に用を足すような出来事があったと。その理由をここにいるほぼ全員が推測できていた。

 早速キスさんが原因であろう人間に確認を取っていた。


「まさか……食中毒でショック死させたとかはありませんよね……コマキ先生……?」


 コマキ先生は顔を上げ、汗だくになる。手を前に出して「あわあわ」言って反論した。


「いや……ちょっと待ってよ! 待って待って待ってぇ! わたしは単に調味料を言われた通りに運んだだけだよ!」


 本当にそうなのか。あの調子では、調味料と同時に滅茶苦茶な隠し味を入れてみた、なんてことをしそうな感じだと思うのだが。

 そんな彼女を信じられないような目付きで囲むも、コトハさんだけは違った。コトハさんがまず先生を弁護した。


「そうだと思いますよ。フルーツポンチを作る時もうちがお願いしたものだけを取って、別に変なものを入れた様子はなかったし……」


 そう言われて僕はハッと気付き、疑念が晴れていく。コマキ先生のせいではないと。

 目を見開いた僕よりも先につい少し前食中毒の被害者になったことのある知影探偵がそのことについて発言した。


「ワタシもそれに賛成よ。だって、皆食べてたじゃない。ラナさんが食べてたもの……」


 カルマさんは昨日撮影していたカメラを回しながら、知影探偵の話を裏付けていく。


「そうね。フルーツポンチはヒョウちゃんが食べてるし、コーンフレークはコマキ先生……で、ローストビーフも皆が食べてる」


 知影探偵はそれに続けた。本当に探偵のような話し方で。


「ええ! もし、ショック死する程の食中毒菌が入っていたら、同じものを食べた氷河くんやコマキ先生もただじゃ済まないはずよ。でも、こうしてきょとんとしてる。他の人だって……」


 そう言われて気付いたら、お腹が痛くなっていた……と言うこともなく、正常だ。ただ、今の発言でもう一つの考えが浮かび上がった。

 コマキ先生が明後日の方向を見ながら、話し出す。


「じゃあ……食中毒じゃないってことは毒……もしかして何かの毒を飲んで、下痢を発症し、そのまま亡くなったとかってないよね……? だってだって……昨日あの人、殺されるとか言ってたじゃん……!」


 自然と出てきてしまった毒殺説。ここにいた皆が唾を飲む。これが正しいとなれば誰かが殺意を持って、ラナさんを殺したこととなる。そして、この中で殺人犯と緊張の四日間を過ごさねばならなくなるのだ。 

 ただ先程した知影探偵の説明のせいで毒殺説は既におかしくなっている。彼女が食べていた物はほとんど僕達が口にしているのだ。

 フルーツポンチにも、ローストビーフもコンフレークも美味しくいただいた。

 他に毒を入れるものがジュースかとも思った。ただ、食前に配られていたジュースもエミリーさんが口にしていたことを思い出した。

 ならば、毒が入っているのはラナさんが持っていったジュースか。その中のそれかに毒が注入されていて……いや、待て。それに関しても疑問が残る。ラナさんは「誰かに殺される」と言っていた。犯人はペットボトルの中に毒を入れようと一度はペットボトルを開けているに違いない。警戒心の強かった彼女がそんな空いているものを易々と飲むだろうか。

 僕だったら自分が狙われている状態で、毒が入っている可能性のある飲み物を選びはしない。彼女もそうだったであろう。

 つまるところ、彼女が自然に毒を飲む方法が思い浮かばないのだ。

 一体、誰がどんな方法で彼女を殺したと言うのか!?


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