Ep.14 クマですが、何か?

 最中、コトハさんだけはシャルロットさんの発言にまだ希望があることを指摘した。


「あの! まだついてないんですよね! ギリギリそこまで走って、後は何とか自力で走れば。レッカー車とかもお願いできますし、大丈夫じゃないんですか?」


 僕は苦しい心持ちで、煌めく彼女の希望を打ち砕く。


「申し訳ないんですけど。コトハさん……そこから自力で走ると、何がいるか分かりますよね……昨日、見ましたよね」


 コトハさんはハッと思い出したようで、口元に手を当てた。カルマさんが腕を組みつつ、僕の考えていることを喋ってくれた。


「熊がいるわね。あそこに足を踏み込むとなると、厄介。しかもたぶん、あの熊、冬眠せずに餌がなく歩き回ってるんじゃないかしら。そんなところに猟銃や車もなしに足を踏み入れたら、狂暴な熊に二、三人は殺されるわよ!」


 コトハさんはカルマさんの話と鋭くなった目付きに「ひぃいいい!」と悲鳴を上げる。次に手を後ろに回して木に掴まっていた。

 

「そ、そんな……何かの冗談じゃないんですよね……カルマさん?」

「残念ながら冗談じゃないのよ。熊って言うのは非常に狂暴なの……」

「じゃあ、どうするんですかっ!」

「待つしかないわね。この辺りに助けが求められる場所はないし……四泊五日……の後……それが終わっても帰ってこなければ、皆が心配して捜査願いを出すことでしょう。警察も猟師もやってきて、熊の方は何とかなると思う」


 カルマさんの話が全て。僕達はここで助けを待つ以外、誰も命を落とさずに済む方法がないのだ。

 亡くなったラナさんには悪いが、ここで数日間は眠っていてもらおう。写真で記録はしてあるものの目では気付けない証拠が残っているかもしれない。

 さて一度山荘に戻ることにしよう。この事実を皆に伝えないといけないから。

 ただ、放置することになったラナさんが寒そうで可哀想。昨日着ていた服のままで、肌が少々露出しているのだ。

 僕は自分の判断で着ていた紳士用の服を掛けておく。シャルロットさんが僕の様子を見て「あっ」と口にした。たぶん、服のことだろうと僕は彼女に謝罪した。


「皆さんが苦労して発注して、作ってくれた服だってことは分かってます。すみません。でも、どうしても寒空の中でやるのが忍びなくって」

「え、ええと……」


 そう言われたシャルロットさんはカルマさんの方を向く。どうやら僕のやったことが正しいかどうか分からなくて、確認を取っているよう。


「シャルロットちゃん、問題ないわよ。どうせ、もう撮影はほとんどできないだろうから。このイベントは十人でやってなんぼ……この企画はもう中止よ」

「でも、スポンサーさんに……なんて……説明すれば」

「そこは、謝罪よ。元々、巧く行くかどうか分からない初の試みだもの。失敗しても私達だけの責任じゃないわ。シャルロットちゃん、気にしないでね」


 人が亡くなっている前で仕事の話をしている彼女達に不信感を覚える。何だかもやもやしてしまうのだ。しかし、仕方がないか。どんな仕事もたくさんの命を支えている。このイベントに失敗して、クビにされるとか……人生を揺るがす程の危害が加えられる人が存在しているのだろう。

 僕は何も言わず、その二人が喋り終わるのを待っていた。気付けば、鳥肌が立っている。

 コトハさんがそんな僕の状況を察知して、早く山荘に戻ろうと言い出した。


「仕事の話は後にしましょう。ヒョウちゃんが寒そうですし……大丈夫?」


 僕の顔を覗き込んできた。少々熱くなる顔。体まで暖かくなるような気がして、「う、うん、大丈夫だよ」と答えていた。

 カルマさんもシャルロットさんも僕のことに気を配り、同時に頷いた。

 そうしてラナさんに別れを告げ、僕達は山荘に向かって歩き出す。今度はカルマさん達が先頭だ。最後尾を僕が歩く中、途中でコトハさんが言葉を投げ掛けてきた。

 それも僕がドキリとさせられるような酷い文言を。


「ねぇ、ヒョウちゃん。こんな時にこれを聞くのもどうかな、って思うんだけどさ……探偵とかやってるの?」

「えっ? えっ!? ええっ!?」


 僕は探偵が大嫌い。今立っている鳥肌の上に更に鳥肌が立ちそうな気がする程、恐ろしさを感じてしまう。最低な探偵達と一緒にされる恐怖。


「だって、ヒョウちゃん。死体を見た時に凄い判断力で何をするべきかだとか、バンバン言ってたじゃん! あれ凄いよー。普通の人じゃ、驚くだけで何もできないもん!」

「うう……」

「母親が推理作家と言うことでヒョウちゃんも探偵力が付いちゃったんだね」


 しかし、彼女の言うことも間違いはない。僕は彼女が言う通りのことをやっていたのだ。

 今までも一緒にされることを覚悟で殺人事件を暴いてきた。

 真相を探すために。誰かが傷付くのを止めるために。僕に真実を暴ける力があるなら徹底的に使おうと思って、事件現場に乗り込んできた過去がある。

 取り敢えず、今の状況も同じ。

 病死か、毒殺か分からない状態で、やるべきことは決まっている。コトハさんの隣でそれを断言した。


「不安にさせないように、できる限り、そういうことはやろうと思う。この中でそういうのに……一番慣れてるから、ね。事件に関わった経験はちょっとはあるし、生かしてみるよ」


 コトハさんは僕の話を聞いたせいか、キラリと目を輝かせた。


「楽しみだなぁ。君の推理ショー。イラストレーター病死事件の真相を暴く!」

「ううん……君の考えてる病死説の場合、単に病死でしたって言うだけだから……たぶん、君の考えてるようなものはないよ?」

「そっかぁ」


 二人の話が終わる頃には、山荘が目の前に見えていた。ラナさんの遺体を見つける前とは違う、昇り始めた太陽の光が当たる綺麗な館が眼に映る。

 悲しすぎる位に綺麗な山荘に入った僕達を最初に出迎えたのは編集者のキスさんだった。ちょうどダイニングの方へ降りてきたところだった。


「あら、おはようございます。四人揃ってどうしたのです? まだ五時になったばかりですよ。てっきり氷河さんとコトハさんは寝てると思ったのに」


 その後ろではアイドルのイークさんが羨ましそうに僕達の姿を観察していた。


「いいなぁ……皆で明るくなる前から、自然の中を散歩してたんでしょ! ラナちゃんも一緒? あたしも森の自然にきゅんきゅんしたかったよー!」


 カルマさんは深刻そうな顔をするだけでイークさんを黙らせた。キスさんの方はすぐに何かを察知したのか、眼鏡のブリッジを擦りながら「何か重要なことでもあったのですか?」と問い掛けてきた。

 そのままカルマさんの口が動く。


「ラナさんについて、重要な話があるんです。ここにいないエミリーさん、コマキ先生、知影さんを早急に起こして、ダイニングに集まってください!」

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