Ep.13 彼女が救済フラグをおられたら

 何度叫んでも、何度答えを求めても戻ってこないことは分かっている。死んでいるから。

 頭を左右に振り、気を取り直す。

 今はまず、現場の保存が大切だ。殺人事件だったとしたら、今の彼女の状態を撮影し、後から確認できるようにする必要もある。ここを誰かに荒らされる前に、証拠隠滅される前に。写真に残されていた物が重要な証拠になるなんて、よくある話だ。

 となるとカメラを持っている人から借りなければならない。そして、この事件のことを伝えよう。

 山荘に戻り、僕はある人がいる寝室の扉を強く叩いた。


「起きてくださいっ! すみませんっ! 大変なことになってるんです! カルマさん! カルマさん!」


 彼女は確か昨夜カメラで食堂の様子を撮っていた。今もカメラを持っている可能性が高いだろう。それにスタッフと言う周りをまとめる役もやっている。今回の参加者の中で知影探偵の次に信用している。

 知影探偵も事件現場を見てもらおうと思ったが。何せ亡くなったのは彼女が凄いと思っていた有名人。朝早くから、そんな人の死を告げるのは気が引ける。

 まぁ、カルマさんにも同じことが言えるけれど、彼女は仕事としてここへ来ている。トラブルに関しても処理をしなければならない責任があるはず。

 悪い。そう心の中で彼女に伝えながら、僕は何度も扉を叩く。これでも起きないのかっと思った瞬間、中でごそっと何かが動く音が聞こえてきた。すぐに扉は開かれる。

 寝ぼけ眼できょとんとしているカルマさんが僕を見つめる。


「ど、どうしたの……? ヒョウちゃん。調子でも悪くなっちゃった?」


 僕は首を横に振った。


「それどころじゃないんです……最悪なことが起こりました。ラナさんが……外で倒れてるんです……! いや、死んでいるんです!」


 呆気にとられた顔で口元に手を当てるも、信用はしてくれなかった。


「ちょ、ちょっと……朝っぱらから冗談はやめてよ。ドッキリかしら?」

 

 仕方ない。早く死体の情報を写真に収めないと、いけないと言うのに嘘だと思われるのなら違う手段を使うしかない。


「じゃあ、いいです。シャルロットさんにお願いしますから。カメラを貸してください」


 と言って、僕はシャルロットさんの方の扉を叩くことにする。それでカルマさんも僕が焦っているのが伝わったのか。


「分かった分かった! 冗談じゃないの? 本当に?」

「本当ですっ! 本当ですからっ!」


 なんて声でシャルロットさんがひ弱な声で「ええ……?」と言って、僕達の前に現れた。

 カメラを持ってきたカルマさんは深刻な顔でシャルロットさんに告げる。


「緊急事態みたいなの……一緒に来て」


 シャルロットさんは少々咳き込みながらも頷いた。


「わ、分かりました……ごほっ……ああ、すみません。ちょっと喉がいがらっぽいもので……」


 今はそんなの気にしている場合ではない。早く行こうというところで、もう一人。廊下の奥にあった部屋からコトハさんが出てきてしまった。

 僕、カルマさん、シャルロットさんが廊下から出ようとするところにコトハさんは間の抜けた欠伸をしながら一言。


「ふぁ……騒がしいけど、何があったの? もう朝ご飯なの? 手伝いに行った方がいいんですか?」


 そう言われて僕は断っている時間がないと、判断した。ただ、僕はこれだけ彼女に言っていく。


「今から死体を確認しに行くので、見ない方が」


 と。そんな言葉選びが逆に彼女を勘違いさせてしまったらしい。彼女は僕達が出ていくのに追って来ていた。きっと、何かのイベントかと思い込んでしまったようだ。

 山荘を出て、少しずつ明るくなっていく森の中へ。僕を先頭に奥へ奥へと進んで行く。

 僕の勘違いでも見間違いでも、夢でもない。ラナさんは死体はそこにしっかり残っていた。カルマさんもシャルロットさんも衝撃を受けたようで、体を震わせたり、顔を強張らせていたり。

 コトハさんがまだ死体だとは思っていなかったらしく、そのまま彼女の元へ進もうとした。


「どうしたんです? 死体役って何かのサスペンス?」


 僕はそんな彼女を怒鳴りつけた。


「触るな! 本当に死体なんだ! それは!」


 彼女にそれだけでは伝わらないと開いた瞳の方を指差した。開いたまま。何秒経っても瞬きしないことさえ分かれば、瞬きを我慢して生きているのか、死んでるのか分かる。

 当然、瞼は動かないものだからコトハさんも状況を飲み込むしかなかった。


「ほ、ほんとに……いやぁ! あのラナさんが……! ラナさんが!?」


 そのままコトハさんは後ずさりして、近くの木に後頭部から激突した。そんな彼女に「大丈夫ですか?」と心配の声を掛けておく。


「まあ、大丈夫そうなら……いいですけど。カルマさんお願いします! こういうのって撮っておいて後で警察に見せられるようにしないと、と思うので」

「分かったわ」


 それから、カルマさんに現場の撮影をお願いした。そして、シャルロットさんの方にも言の葉を投げた。


「で、シャルロットさん! 警察にお願いします……」


 そんなところに彼女はもじもじして、立ち止まっていた。


「こ、ここは圏外ですから……」

「では、車で連絡ができる場所まで行きましょう!」

「そ、それが……いいえ、確かめてきます!」


 「それが」? 何を言おうとしていたのかが分からないが、彼女に車のことは任せておく。

 車を待っている間、ラナさんの遺体について分かることをカルマさんと共有していく。


「カルマさん……これって……何で亡くなってるんでしょうか。見たところ、僕には……」


 病死の可能性を考えてみる。それならば死体に異常な外傷がないのも頷ける。彼女が倒れていった様子についても容易く想像ができた。

 気分転換に夜の散歩を楽しんでいたラナさん。突如、そこに病的な心臓発作が襲った。彼女は胸を抑えながら、その場に倒れ込む。唸り、もがき、助けも求められず死んでいった。

 但し、その結果で納得できない。

 カルマさんも同じくあごに指を付け、「病死は違う」と考えていた。


「病死……に見えるけど、昨日殺されるって言ってた人がこうやって死ぬかしら? そこんとこがどうも……それにちょっと、ここの場所、おかしくない?」


 彼女はその根拠となるであろう異変も教えてくれた。それは倒れているラナさんの指先だ。人差し指で何か地面に書いたような跡があるようにも思える。

 ただ、そこは何となく。

 パニックになって過呼吸になっているコトハさんが「違うのかも」と口にする。


「た、た、ただ……苦しくて地面をひっかいて……たまたま指がこんな形になっちゃっただけのようにも、も、見えますが……」


 コトハさんの推論も一理ある。

 この状況だとラナさんが病死し、辺りの地面をもがきついでに荒らした可能性と毒殺され、犯人の名を書こうとした可能性が出る。今見える遺体の様子や証拠からは、どちらが真実なのか判断できない。

 そこは検死で死因を調べてもらおう。毒殺であれば、毒。病死なら病。その名前が間違いなく判明する。毒であっても何に入っていたかまで調査できるし、誰がどうやって購入したのかまで詳しく調べられる。犯人がいたとしたら、百パーセント捕まると言っても過言ではない。

 警察に調査を委ねよう。そう結論付けた時、シャルロットさんが更に血相を変えて走ってきた。


「ご、ごめんなさい! く、車が……車が……! 使えません! はぁはぁ……二台ともガソリンが底をつきそうな状態で……到底、この森から出られる程の量がないんです……!」


 彼女の口から放たれた絶望に、僕は頭と心臓に矢が刺さったような感覚を味わった。そのままラナさんと共に倒れてしまうのかと思える程の頭痛に持ち前の精神力で何とか対抗しようとした。

  

 


 

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