Ep.12 されど罪人は毒と踊る

 シャルロットさんのくしゃみに対してラナさんが難癖をつけないか、そちらも気掛かりだったが。彼女は彼女で何だかパッとしない態度を取り、ジュースとシリアル、フルーツポンチ、その他肉の料理に手を付けたと思ったら、その場に箸を置く。

 一回だけシャルロットさんの方を向いたように見えた。ただ、予期していた最悪な事態にはならず、再び食事に対して目を向ける。

 そう思ったら、思いきりテーブルを叩いて立ち上がった。唇を震わせ、あちらこちらを睨んでいる。何だか目の焦点も定まっていないような感じで毒を吐き始めた。


「不味いわよ!? 何これ!? 毒でも入れてるつもり!?」


 喚き立てるラナさんに横で怯えるシャルロットさん。知影探偵も「なんなのよ!?」と気になっている状態だ。

 エミリーさんとコマキ先生に関しては「いつものいちゃもんね」となっているが。他の人達は慣れていない。こんなトラブルがあって、皆ドギマギさせられた。

 イークさんが隣からひょいっとラナさんが持っていたローストビーフを口に入れる。彼女もまた目を点にさせながら、味わっている。


「別に毒が入れられてるような味付けじゃないよー! 美味しいよー! ねぇ、カルマさーん!」

「勿論よ。ちゃんと愛情込めて作ったんだから」


 食事を作ったメンバーであるコトハさんも少々身を引きながらであるが、反論する。


「味については……問題ないですよ。ラナ先生、きっと最近仕事ばっかでろくに寝てないんじゃ……」


 最後にコマキ先生が調子に乗る。


「そうだよ。味は問題ないよー!」


 いや、彼女が言うと逆に心配なんだよな、と。逆に食中毒を起こしてないか、疑ってしまうような……。半分以上の人間がコマキ先生の方を凝視していた。

 そんな中、ラナさんは気まずかったのか。そのままダイニングに座っている僕達に文句を吐いた。


「アンタらがアタシを殺したがってるのは知ってんのよ! 来るなら、来なさい! 殺し返してやる! 殺し返してやるっ!」


 そう言ってキッチンの方へ行くと、ジュースを大量に持ち出した。彼女はそれを持って僕達の居場所から避けるように逃げていった。その姿を見ると、明日からの企画に不安しか感じない。

 いざこざがある中で本当に僕達は巧くやっていけるのだろうか。今のでだいぶ皆の心に不安が溜まってしまった。美味しいはずの食事もあまり味を感じない。

 ラナさんのそんな気まぐれの尻ぬぐいをイークさんがしてくれた。


「ごめんね……。彼女も不安なのよ。コマキ先生のイラストを描いてるけど、それ以外に仕事は少ないし……外からの誹謗中傷も多くて、ね。ま、まあ、気にしなーい! 気にしな―い! 皆、宴を楽しもうぜー! いえーい!」


 それにカルマさんも言葉を加えた。


「彼女は仕事に関しては真面目な人だし……明日はきっと心を入れ替えてくれるわよ」

 

 その言葉のおかげで一回は意気消沈した僕達も安心して、宴が再開された。それはもう、勢いは止まらない。

 残ったフルーツポンチは僕の方に回され、コマキ先生が残ったコーンフレークを食べている。もう誰が誰の物だかももう関係なく、皆の口へと入っていく。

 その騒ぎが本当に異世界らしい。

 僕は突然、コマキ先生の腕が首に巻き付き、腰にイークさんが抱き着いた。こういうことに耐性がない僕は目を回しそうになった。そのまま椅子から降りて逃げようと地面に這いつくばるも、エミリーさんが目線で逃してくれなかった。

 

「ちょっとぉ、逃げないでくださーい。まだまだ……楽しいショーターイムが」


 その強い視線に「逃げたら、どうなるか分かってるわね?」なんて威圧が感じられて、動けないのだ。どうしようもない僕の様子をカルマさんが撮影して、隣でコトハさんと知影探偵が笑っている。

 異世界ハーレム企画、初日から大変なことになっております。と言うか、この人達本当にお酒か何か飲んでいないんだろうな……?


 疲れて部屋に戻った時には既に十一時を回っていた。あの後散々、女性に振り回された僕。仕事の苦労話やら、彼氏と別れただとか、新しい彼氏を作るべきかだとか、そんな相談をされてしまった。

 いや、知らないから。

 僕は、心理カウンセラーでも結婚相談所の職員でもないから。

 さてはて、と服を脱いで部屋の中に入った時にはもう眠くて眠くてたまらなかった。一階の浴場にまで行くのは面倒だし、女性が入れ替わりに入ってるだろうから行きにくかった。だから、欠伸を連発させながらもバスタブのお湯につかる。何度顔を洗っても眠気は消えない。相当体が疲れているようで。

 用意されていたタオルを体にまいて、スーツケースを開けた。

 パジャマは予算の関係でなかったようで。明日の服装である異世界紳士のような赤いスーツを着てから寝るとのこと。入っていたメモには「冬だからそこまで寝汗も掻くことはないでしょ! 気になったら洗濯できるから、言ってね!」とのこと。

 

「さて……」


 慣れないベッドの中、眠れないかも。と思っていた不安は感じることもなく、ベッドで横になったら、意識が無くなった。

 そして、二日目はやってくる。

 早く寝たからか、午前四時に目が覚めていた僕。いつもとは違う場所で寝る感覚に気持ちよさを覚えて、大きく背伸びをした。そこから今日の予定を頭の中で確認。朝食が六時だったか。朝ご飯までは少々時間がある。

 二度寝は何だかもったいない。

 昨日の出来事を日記にして書くかと思ったものの、まだ彼女からノートを受け取っていない。今の時間に彼女を叩き起こすのは酷いだろう。

 仕方がないから、大自然を謳歌しよう。その恰好のまま、僕はそろりそろりと暗い廊下を通って、一階へと進む。玄関まで来たところで、靴が九足になっていたことに気が付いた。

 誰かもう散歩をしている人がいるのか。

 流石に靴が誰のものかまでは把握していないから、誰が外に出たかは分からない。会ってそれなりに知識が手に入る会話ができればと知的好奇心のままに外へ出た。

 月の光がこちらを照らすだけ。まだ暗いけれど、新緑の匂いは夜も昼も変わらない。こちらの心をリフレッシュさせるような感じがした。

 今の状態で山荘の方を振り返ってしまうと、不気味な建物に見える。すぐに首を戻して前に進むことにした。

 その辺りまで探索でもしていようか。そんな雰囲気で前へ前へと歩いていると、誰かの靴が見えた。

 誰かいる。と言うより、倒れているのか……? 不審に思った僕は恐る恐る近づいていく。

 その選択が心の臓を凍り付かせた。


「ラナさん……?」


 彼女が道端で倒れている。すぐさま手を背中に触って、揺らそうとする。


「ラナさん!? ラナさん!? あっ……! 嘘だろ……何でっ!?」


 冷たい。息もしていない。脈もない。

 彼女は目を見開いて何かを恐れたかのような表情をしている。それでいてサッとその生を奪われたかの如く、外傷は一つも見当たらない。

 比較的綺麗な死体が僕の足元にはあったのだ。

 急に僕の頭にせりあがってくる、数多もの疑問。僕の頭が膨らんで破裂しそうになった。


「……ラナさん、何で死んでるんですかっ!? 何があったんですかっ!? 誰に殺されたんですかっ!?」

 

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