Ep.11 異界食堂、本日オープン!

 コマキ先生だけにカルマさんの手伝いを任せても良いものかと思ったら、ダイニングにイークさんが現れた。僕達の不安げな様子と厨房に入っていくコマキ先生を見て、勝手に納得していた。


「ははーん、コマキ先生の腕を心配してるんだね。二人共」


 当たりだと僕も知影探偵も頷いた。そんな僕達のもやもやをイークさんは笑顔と論理で掻き消してくれた。


「安心してよ。教育テレビでやるクッキングアイドル系の番組あるでしょ。子役時代の時に任されてた時があるのよー! 今でも時々、四分クッキングのアシスタントとかで任されてたし!」


 知影探偵が情報を思い出したようでイークさんに晴れ晴れとした顔を向けた。


「ああ、いましたね! 年上のお姉さん、イークさんだったんだ! 六歳だか七歳の頃、テレビに夢中になってたなぁ」

「そうそう、と言うことは十年前かなぁ。確か十三歳だったかなぁ? 見てくれててありがとー! と言うことで料理を張り切っちゃうぞー!」


 イークさんは掛け声を上げて、厨房へと入っていく。そこから流れてくる言葉を聞いてくる限り、コマキ先生には野菜を洗わせたり、調味料を取ったりさせているだけらしい。切ったり、混ぜたりするのはイークさんがやっていくよう。

 そのうち、コトハさんも厨房にやってきた。彼女は三つ編みを弾ませて、スキップで厨房から漂ってくる匂いをくんくん嗅いでいる。この甘くてとろみを感じるような味。

 

「あっ、シチューを作ってるんですかね!」


 彼女は僕と知影探偵に「うちも料理は好きなんよ! ヒョウちゃん! 知影さん作ってきまーす!」と挨拶すると、鼻歌を口ずさんで厨房へと消えていった。そこから今度は「フルーツポンチを作るのね! フルーツ切ります! ああっ、コマキ先生! 中に入れるジュースを用意しといてください!」と威勢の良い掛け声までもが山荘内に響いていた。

 気付けば、シャルロットさんもカルマさんも他の用を済ませたらしく、厨房に急いで入っていった。

 五人の楽しそうな掛け合い。僕達まで気持ちが高潮しそうなのだが。こちらのダイニングにはもう二人の人間がお疲れムードで各々の席に座って待機している。

 「遅い……」としかめっ面のラナさん。

 「コマキ先生……原稿サボってますねぇ」と呆れている編集者のキスさん。

 二人の様子に怖気づきながら、僕達も決められた座席に腰を掛けた。

 キスさんの隣に座る知影探偵は少々居心地が悪そうで、もじもじ指を動かしていた。「こんな時にスマホがあれば」と中毒者みたい何度か繰り返していた。いや、「みたい」ではなくて、完全なスマホ中毒者だ。知影探偵は。

 ゆっくりしている僕達に一度、シャルロットさんがやってきた。飲み物を渡してくれるようで。お盆に乗せて、やってきたようだが。

 そこにラナさんが怒りを放つ。それはもう不自然な程に。


「アンタ、遅いのよ」

「えっ……」


 次の瞬間、彼女の一声がこれまでの平穏をぶち壊した。


「気遣いとかって言うもんがもうちょっと早くできないの? こっちはVIPの人間。アンタは今はもう底辺の人間……だって!」


 辺りにいた人間の空気が少しずつ変わる。特にキスさんは何か尋常ではない眼差しをラナさんに向けている。

 そんなラナさんは椅子から立ち上がり、お盆と飲み物を取っているシャルロットさんの胸倉に掴みかかる。

 当然、シャルロットさんは声を上げて抵抗した。


「ちょっと! 零れちゃいます!」

「うるさいうるさいうるさい、アタシに逆らうな。逆らうな逆らうな!」

「やめてくださいっ!」

「黙れ黙れ!」


 その時、お盆がシャルロットさんの手から落ちる。飲み物事。ああ、数秒後にはグラスの割れる音が……と思ったのも束の間。

 最後にここへ来たエミリーさんが片手にお盆、片手に幾つか飲み物を支えていた。それをテーブルに置いてから、一つのグラスに入っていた紫色のジュースを一口。


「あら……これ、別のジュースでーす。てっきり、エミリーが頼んだものだと勘違いしちゃいました……ええと、ジュースをご所望なのはラナさんでしたー? これでも飲んで喧嘩はストップでーす!」


 そう言って、突然の登場に面喰っているラナさんの前に残りのジュースを置くと、お茶やら他のジュースを僕達の元へ置いていく。

 シャルロットさんはラナさんの手を振り解き、すぐさま厨房の方へと走って行った。

 あちらからは誰かがシャルロットさんに「席を変えた方がいいのか?」と問う声を聞こえていたが、「いいです」と彼女自身が断っていた。

 ラナさんの方は怒りをぶちまけるだけぶちまけて、スッキリしたのか……それともエミリーさんに調子が狂わされたのか。そのまま大人しく椅子に座っているが、また何をやらかすか分からない。

 エミリーさんももう一度、僕達のそばへ来てその趣旨について伝えてくれた。


「ラナさんは機嫌のバッドグッドが非常に大きいでーす! 機嫌悪い時は近寄らない。触らぬゴッドに祟りナッシング!」


 最後に彼女が発した、英語交じりのことわざがユニークで心を落ち着けることができた。キスさんの方も同じく僕達にラナさんの気性について話してくれた。

 本当に大変なのだと思う。

 そんな時間もすぐに終わり、カルマさんの手によってシチューとご飯、パンが運ばれていく。コーンフレークも頼んだ人がいるのかと思ってジロジロ見ていたら、頼んでいたのはラナさんとイークさんだった。

 シャルロットさんが恐る恐るラナさんの左隣に座り、コーヒー牛乳が入っているペットボトルを手渡した。そのままラナさんの横にいるイークさんには、牛乳パックを。どうやら、コーンフレークには牛乳が合うとのこと。

 明日は僕もコーンフレークを頼もうかな。

 

「さて、皆さん揃いましたね」


 僕が辺りに並んでいるローストビーフやシチュー、バターロールなどの品を確かめていると、カルマさんが音頭を取り始めた。その手にはビデオカメラも握られている。

 カルマさんの位置から自己紹介が開始する。これこそ、異世界ハーレムイベントのプロローグ。

 

「私はカルマ。何でも頼れる大人のお姉さんよ」


 その右隣にいるのは、コトハさん。


「セーラー服も相まって、このイベントでは先輩キャラみたいなものになるのかな。うちはコトハです」

「エミリーでーす! モデルやってるねー! よろしくー!」

「ワタクシは、き、キスです。まあ、上司みたいな感じでしょうか。キスと呼ばれるのはあまり慣れてはいませんが、よろしくお願いします」

「知影って言います! 幼馴染キャラみたいになるんでしょうか。皆さん属性みたいなの言ってますが……まぁ、本当の幼馴染じゃないんですけどね」


 知影探偵の次は対面している僕の番。テーブルを折り返して、自己紹介をしていく。

 こうやって辺りを見ると、男は僕だけという事実が強調される。しかも綺麗な女の人ばかり。男だったら、誰だって緊張すること間違いなしであろう。

 お腹が痛くなりそうなのを耐えて、僕は口を開けた。


「ええと、唯一の男、氷河です。よろしく……お願いします」


 そして、僕の左隣のコマキ先生が喋っていく。


「はーい! わたし、コマキだよ! ラノベ作家……ってまぁ、皆知ってるかな? そりゃ、ラノベのイベントだからね。当たり前か! じゃあ、今から場を盛り上げるためにワインボトル一気飲み行くねー!」


 更に左隣のイークさんは笑顔を崩さず、コマキ先生に突っ込んだ。


「このイベントでは、そういった健康に害するものは持ってこれなかったはずだよー! 原稿用紙に隠し持ってきたのなら、別だけどないよねー! まぁ、お酒ちょっと欲しいかも! それでヒョウちゃんと楽しい夜を……! あっ、アイドルのイークでーす!」


 えっ、最後なんて言った……と思っている間にラナさんが言う。


「ラナ」


 その一言だけで最後にシャルロットさんが言い放つ。


「スタッフのシャルロットです……何でもお申し付け……ひっ……ひくしゅんっ! あっ、ごめんなさい! 別に風邪とか引いてる訳じゃないんでーす! ひっくしゅん! ひっく!」


 風邪。

 そう。そんな言葉が動物の死骸があることを知っている何人かの心を刺激した。本当にただの風邪……だよね?

 

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