Ep.10 彼女のメシがマズイ一つの理由
一度僕と知影探偵は山荘の中に戻り、無言で互いを見つめ合った。あまりの衝撃と後味の悪さに囚われた僕達は生を実感したかったのだと思う。あそこでは死しか感じられなかったから。
カルマさんは一応、プールの設備に不備がないか確かめないといけないからと勇敢にも先へ進んで行った。車での用事を終わらせたシャルロットさんもやってきたのだが、小動物の死骸には相当驚いていた。しかし、彼女も仕事を遂行しようと怯えながらもプールの方へと走って行ったのであった。本当、彼女達には頭が上がらない。
僕達はダイニングにて一旦、腰を掛ける。気分を落ち着かせようとしていると、知影探偵が話し掛けてきた。
「……あれ、何があったと思う? あの動物達が死んでたんだと思う?」
「何かに襲われた形跡もないですし……分からないですね……何で……」
彼女の悩みは僕も抱えていたものだった。分からないのだ。あんなに動物が大量死しているのを見たことがなかったから。精神的にも参っていて、動物のことを全て確認していなかったと言うのもある。
それからミステリー小説でもほとんど類を見ない状況であるのも原因の一つ。もし、これが館ミステリーのように誰かが故意で起こしたものだとしても理由が理解できない。
僕と知影探偵が疑問の海に溺れていると、カルマさんが晴れない顔をして戻ってきた。僕の「おかえりなさい」に頷いて反応してから、カルマさんが状況を話してくれた。
「……あの後も動物の死骸はちらほらあったわ」
その深刻な話に一人、聞き耳を立てていた人がいた。コマキ先生だ。彼女はパッと現れ、小刻みに震えながら発言した。
「えっ……動物が死んでたの? じゃあ、お墓を立ててあげないと!」
無邪気な発想に対し、カルマさんは良しとしない。
「コマキ先生……動物を供養したいと言う心は素敵なのですが。あの動物の死に関しては感染症の恐れがあります。下手に触らないでください」
彼女は「感染症」と言った。僕も頭の片隅にそんな考えを宿していたが、現実的ではないと思ってしまっていたのだ。言われてから、その可能性が高いと気付く。外傷がないのも集団で死んでいるのも「病死した」と言う理由で説明がつくのだから。
しかし、一方で納得できない考え方も僕の心に残っている。
爬虫類から哺乳類、鳥類の間で病気は感染するのであろうか。いや、そこを考えても仕方ない。僕達は医者でないから、感染症に関して詳しい訳でもない。
それより、その話が本当だとしたら……恐ろしいのは……。僕が思っていた恐怖をコマキ先生はそのまま口にした。
「で、でも怖くなぁい? この前来た時はそんなのなかったじゃん……つまり、その病気……なっちゃったら、すぐ死んじゃうってことでしょ?」
衝撃、走る。思考を進めていた僕にも頭を木槌で殴られたような感じだった。実際、その可能性を否定できないところが恐怖の感情を強くする。
知影探偵は素早く「どうにかしないと!」と叫んで、対処法を言い始めた。
「早く死体に関しても、どうにか処理しないと……! マスクとかはあるんです? 消毒液とかも必要かも! それとそれと」
その焦りにカルマさんが応答する。
「処理に関してはシャルロットちゃんがやるって言うから、お願いしたの。マスクを用意して、一応トングはあるから、それでみんなの目に付かないところに……消毒液についても散布しておいたから……たぶん」
知影探偵は少々それでは対策が甘いのではないかと危惧しているのか、体をしきりに揺らしていた。しかし、このイベントをやめて帰るとは言えないのだろう。
致死性が高い病気が蔓延している。
それはただの可能性でしかない。動物だけで人間には伝染しないのかもしれない。死んだ動物が「自分は病死しました」なんて言った訳でもない。だからこの貴重な機会を捨てることが決意できる位、確かな根拠は何処にも存在しないのだ。
ただただ不安が積もるだけ。
カルマさんはこのことを他の人達が不快にならないよう、口外しないようにと告げた。それが正確な感染症と断定できない間、変にイベント参加者を刺激しても関係が険悪なるだけと判断したのだろう。知影探偵は「本当に秘密にしていいのか。そのせいで何かあったら……」と困惑していたが、僕は同意していた。変に不安がらせてピリピリした雰囲気の中で過ごすのは嫌だ。
感染対策を徹底させれば、問題ない。例え感染していても最悪車を走らせて、何とかなる。
コマキ先生も同じ考えをしているのか。純粋な女性として、しょんぼりした空気になるのが嫌だったのか。
たちまち表情が明るくなった。
「……そろそろ夕飯の準備の支度だし! お腹が空いたから、自己紹介は夕食を食べる時か、後にしようよ!」
カルマさんもこのねっとりした空気を変えたかったのか「そうですね、そうしましょう」と予定を少々変更させてまで彼女の発言に賛成した。
早速僕達に食事のことを尋ねてくる。
「さて。今日の夕食の主食はお米にする? それともパン? 食欲がないなら、コーンフレークとかもあるけどどうしたい?」
僕と知影探偵は同時に「パンで」と答えていた。何だか同時に言葉を発したことにより、心が通じ合ったと思われたのか。コマキ先生には「あらあら仲がいいわねぇ!」と言われてしまった。
そんなからかいのような言葉で僕達の心も少しずつ浮いていく。
何も起こるはずがない。僕の考えすぎ、だ。頭を掻きながら、他の人達の要望も聞きに行くらしいカルマさんを見送っていた。
一方、コマキ先生は腕まくりをしている。僕が早速疑問を投げつけた。
「先生……? 何をする気ですか?」
「さてさて、今日はよりにかけて腕を振るっちゃうよぉ! 期待しといてねー!」
「先生は料理できるんですか?」
「問題ないよぉ! これでも冷凍食品は作れるんだから!」
「それって製造の方です? それだったら凄いですけど」
「そっちの方はできないわよ! 溶かす方に決まってるじゃなぁい! 普通に冷蔵庫から出して放っておけば、食べられる位には美味しくなるわよ! ちょっと冷たいのが残ってたり、硬いところがあったりするけど」
「電子レンジやオーブンに入れるって考えはないんですか!?」
これはこれで安心ができない。本当に料理をするつもりだろうかと僕は疑った。そして、それが本気だと目から分かった時には祈るしかなかった。
コマキ先生……どうか、どうか、食中毒者だけは出さないでくれ、と。
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