Ep.9 安定はもう、死んでいる

 変な声を出してしまったと自覚してから落ち着くように試みた。確か目前にいるのは、金髪の外国人。異世界ハーレム体験イベントの参加者である。名前はエミリー。

 ついでに思い出したのが、彼女がモデルだと言う事実。本屋にあった雑誌の表紙で見かけたことがあるのだ。漫画雑誌ではなく、ファッション雑誌だったはず。彼女はこの場所でも撮影をするらしく、コバルトブルーの素敵なドレスを身にまとっている。

 そんなエミリーさんが僕の部屋に来た目的は何だろう、と考えた先で発言していた。


「この部屋には煙草も何もないですよ」

「とても初対面のモデルタレントに向かってする話とは思えないデース。何かいろいろーと、ヤバい言葉デスね。社会の波に揉まれちゃってマス?」

「え」

「そもそーも? シガー吸わないですし、吸ったとしても未成年の部屋を探しに行きませーん。何でそう思ったんデス?」

「い、いや……」


 何か酷い指摘をされ、僕は咳払いで誤魔化した。確かにそうだ。つい、自分でも嫌な探偵の性質を見せてしまった。事件に関わっていると未成年が煙草や酒をたしなんでいたり、清楚なイメージの人が麻薬みたいなものを吸引していたり。そんな知見が失礼な言葉を生んでしまう。

 なんて言い訳をする気がはないから黙っておく。彼女がここに来た理由が発されるのを待っていた。


「まぁ、単に上の階と下の階を間違えちゃっただけなんデス! この上がエミリーの部屋だったー! 別に他の深い理由なんてありませーんので! お気になさらず!」


 何となく変なイントネーションを早口で喋って、彼女は部屋から出ていく。最後に手を振り、いなくなった。

 そんな彼女を見送ることもなく、彼女が何故間違えたのかを考察していた。部屋の扉には名札が掲げられている。間違えるはずはないと思うのだが。それは自分の考え。回数ではなく場所だけ教えられ、一心不乱に自分の考えてた部屋に駆け込んで他は何も見ていなかった可能性がある。

 そう納得して、本来自分が部屋に入った目的を確かめる。やることはただ一つ。着替えの中身を確かめるだけ。

 スーツケースが一つ。難しい構成ではなく、簡単に開けられた。

 見てみると、知影探偵のような着ぐるみはなく異世界勇者がよく着ていそうなジャージやらマント、ズボン、そしてパンツが入っていた。知影探偵と比べると、酷くホッとしてしまう。まぁ、きっと彼女も明日は違うファッションを着てくるよう頼まれるのだろう。

 スーツケースの中には着てくるものを指示した紙が入っている。ここにはパンツまでどれを着れば良いか、示されている。


「丁寧なこった……さて」


 部屋の中で見ていないのはクローゼットとそこから繋がる一つの個室だけ。クローゼットには何も入っていないかと思ったら、ちょこんと僕が頼んでいた鉛筆が置かれている。

 それを確認してから個室の方の扉を開けた。あったのはちょっと小さな脱衣所とシャワーがあるバスルームだった。ホテルみたいにここでも入れるらしい。

 つい夕飯前に風呂に入りたくなる気持ちを押しとどめ、寝室から廊下へと出た。そこではがっくりと肩を落とす知影探偵がいた。心なしか彼女が被っているパンダのフードまでがっかりしているように見えてしまった。


「どうしたんです?」

「な、何でもないのよ。それよりも案内はこれで終わりなんですか? カルマさん!」


 知影探偵は僕から逃げるようにして、カルマさんが入ったらしき部屋の扉を叩いていた。カルマさんはすぐに出てきて、「最後にここから離れた場所にプールがあるのよ」とビデオカメラらしきものを片手に持ち上げながら、話していた。

 僕がレンズを覗き込もうとすると、「もう撮ってるのよ!」との一言。何か滅茶苦茶恥ずかしく、すぐさま首を引っ込めた。


「カルマさん、まぁ、今のは使うことはないでしょうけど」

「カットしないわよ」

「えっ。使うの前提なんですか! ええええええっ、ちょっと!」

「それよりヒョウちゃん! 知影ちゃん! 行くわよ!」


 知影探偵はカメラの前でいい子ぶっているのか元気な「はーい!」とのお返事を……。僕は困惑しながら、山荘の外から出ようとする二人を追っていた。

 プールは一旦山荘の裏から少し歩いた場所にあるとのこと。二日後や三日後の撮影で使うらしいが……。

 僕はくしゃみをしながら、カルマさんに質問する。


「こんな寒い中、水着になってプールで写真を撮るんですか?」


 知影探偵もピンと来たようで、顔が歪む。


「そうよね……下手したら凍死しません? って言うか、水着姿でこっから歩くんです? 心臓麻痺で倒れる人出ますよ?」


 そんな不安に対し、カルマさんは歩きながら否定する。


「ああ。それは問題ないわ。プールって言っても、屋外じゃなくて室内で。温水プールにもなってるから」


 そう言われて良かったと思うと同時にもう一つの疑問が僕の頭に浮かぶ。


「あの……水着はあっちに用意されてるんですか?」

「ううん」

「えっ」

「今着てるパンツや下着は水着にもなるようになってるわ。一応、流石に濡れた下着をつけたままじゃ風邪を引いちゃうから、洗濯機で洗った今日の下着を代えに持ってくるって話」

「ええと……つまり、ある意味朝から水着を着ている状態で過ごせ、と……!? 何で専用の水着を用意しとかなかったんです!?」

「いやぁ、服のデザインとか発注に凄いお金が掛かっちゃったんだよねぇ」


 何というところでケチっているのだろうか。初の試みで仕方ないと言えるのかもしれないが……僕はこのイベント企画者の考えが良く分からない。

 もやもやしつつもこのイベントに応募したのは僕。郷に入っては郷に従え。そのルールに従うしかない。それに住めば都。案外慣れるのかもしれない、たぶん。

 その考えで気を静めた途端だった。

 

「きゃあああああ!」


 僕達を先導していたカルマさんが悲鳴を上げた。彼女は後ずさりで山荘の壁に頭をぶつけていた。

 それだけ驚いたものがあるのかと彼女の視線を辿ると、地面の長く太い黄色の蛇がいた。いや、正確には草の上で蛇が死んでいた。

 知影探偵が困った顔でしゃがんで、ポツリ。


「こんなところで死んじゃったのね。でも……何だろう。外傷は見当たらないけど」


 きっと老衰か何かか、と思って横を見ると、そこにはカラスの死骸が落ちていた。

 カラスの死骸は街では見かけないものだから、つい視線がそちらに行ってしまった。と言っても、こちらも外傷はない。蛇とカラスが相打ちで死んだのなら理解できる。しかし、そんなことはなかったみたい。

 と思ったところでやっと、前へと動き始めたカルマさんがまた甲高い声を上げた。


「いやぁあああああああ! 何で!? 何でこんなところに!? 何でこんなところで!?」


 僕が立ち上がって、そちらに向かうと今度はコギツネが一匹。泡を吹いて死んでいる。辺り一帯に死の臭いが纏わりついて、気分が悪くなる。カルマさんも知影探偵も共に目を回していた。

 まだ何の動物かは分からないが、いる。死骸がところどころに落ちている。

 この状況は僕たちにとって衝撃でしかなく、プールまで行こうなんて気は失せていた。


 

 

 

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