Ep.7 異世界はスマートフォンなしに
窓から顔を出していたのは小奇麗な幼い女の子だった。いや、実際はそう見えるだけでよくよく見ると年齢が二十歳以上なのが分かる。
そんな彼女が口を閉じた瞬間、運転手の方からキスさんが飛び出してきた。
「コマキ先生が皆さんの中に混じられていたと思ったんですが……」
と言うと、コトハさんが真っ先に反応した。
「ええっ……あの先生、どっかで置いてきちゃったってこと?」
運転手であったキスさんは「それはないはず」と必死に説明した。
「い、いえ。コンビニの中はくまなく探し、いなかったので。先程、すれ違った貴方達の車に乗ったのか、と」
「ううん、違うわ。それ以外に乗り降りはしてないのよね……」
カルマさんは首を横に振る。
何処に消えたか、作家先生。キスさんが「一度戻って探してみます」と言って、車に乗り込もうとした。
その前に一つ。
「待った!」
僕は彼女を止めた。いる場所は何となく把握できる。コンビニにいた時の記憶が残っているのだ。と言っても、彼女の姿をコンビニで見かけた訳ではない。
僕達五人が全員コンビニの中に入ったこと、だ。
そんな僕の言葉にキスさんは立ち止まって、耳を傾けてくれた。
「知ってるの?」
「いえ、たぶん……カルマさん? コンビニに行った時、鍵は掛けました?」
カルマさんは唸った後、「そういや、誰かが車の中に残ると思って。そのままに」と言っていた。つまりは入れる時間があったと言うこと。
それさえ分かれば、間違いない。
僕は自分達が乗っていた車まで行き、トランクを開けた。その先に茶髪の女性が眠っていた。知影探偵の上位互換的な髪のふわふわ感があり、左右どちらの端の髪も巻いてある。こんな髪型で映ったコマキ先生の写真をネットで見たことがある。
彼女で間違いない。
見つけて驚く女性達。他の車から出てきた童顔の女性が僕に問い掛けてきた。
「えっ、なんで分かったのー?」
「ああ、何となくです。コマキ先生をコンビニで見かけなかったので、もしかしたら皆さんが目を離してる隙に違う方法で運ばれたのかなって……」
「ほおほお」
まさかトランクの中に人がいたなんて、つい数分前までは夢にも思っていなかったが。
僕が呆れ笑いをしていると、キスさんはやれやれと額を抱え、コマキ先生の頬を引っ張った。
「起きてください!」
「ふぁ……もう、あさぁ?」
「もう昼すらとっくに過ぎてます! 何でこんなところで寝てるんですか?」
「だって、最近は原稿原稿って急かすじゃん! うまく眠れてないんだよぉ!」
「それは貴方が締め切りを守らないからでしょう」
「……いやぁ、そ、それはねぇ」
コマキ先生は、本当に言われた通りの自由気ままな性格だ。知影探偵も隣で「これを見ると安心感があるような」と言ってしまっている。もう慣れてしまったか。
ついでにキスさんはコマキ先生に原稿を書くよう、告げる。
「それと……この四泊五日……ちゃんと書いてくださいね」
「いやぁ……でも、持ってこれないじゃん。持ってきたいもの一つルールで……原稿用紙しか……持てなかったんだけど」
「じゃあ、私がルールで持ってきた赤ペンを全部あげますから」
「えっ、それアリなの? 折角、ここでは羽を伸ばそうと思ったのに……!」
彼女は三本、赤ペンを貰ってあたふたしていた。どうやら自由な先生も編集者の強制力には勝てないようで。休息が消えたことを嘆きながら、肩を落としていた。
そんな中、オレンジジュースらしきペットボトルの飲料をぐびぐび飲んで、車から出てきた長い茶髪の女性が足音を立てる。何だか、機嫌も悪そうである。
「そんなこと、どうでもいいから! 早く山荘の中に入らないの!? 今日の予定は自己紹介と夕食でしょ。あー面倒面倒ー!」
面倒なのは貴方の性格だよ、と言ってあげたかった。彼女は勝手にシャルロットさんから鍵を奪って先に山荘の中へと入っていく。
僕が嫌な顔をしそうになって、隣から言葉が飛んでくる。童顔の女性のものだった。
「ごめんね。ラナ。彼氏にフラれちゃったってことで、めっちゃ機嫌悪くて……あたしなんて、そのイライラ車の中でぶつけられて涙目だよ……面倒でしょ……きゅんきゅん……」
甲高い声がやけに頭に響く。
貴方の話し方も面倒ですよ、と言う言葉をぐっと飲み込んで、僕は彼女に尋ねた。
「えっと」
「アイドルの
「は、はい!」
積極的な女性。しきりに僕の手を繋ごうとしている。照れくさくて、僕は手を引っ込めてしまう。「あーん! 恥ずかしがっちゃって!」と大声で僕の実況をするから、余計に居心地が悪い。
僕はその場を離れて、山荘の中へ入ろうと皆に言ってみせた。
その前にとキスさんが僕達よりも先に山荘に入り、広い玄関の中に立つ。そしてスーツのポケットから大きな袋を取り出した。
「皆さん。スマートフォンはここで集めます。電源を切って、こちらにお願いしますね」
皆、快く応じていく。どうせ圏外だから使えないしと僕も渡す。知影探偵だけが渡すことを惜しんでいるので、言ってやった。
「知影探偵、貴方のアイデンティティが無くなっちゃいましたね」
「それ、何でワタシじゃなくて、ワタシのスマホに言ってるのよ」
「あっ、スマホ先輩」
「これ以上、からかったら怒るわよ」
「す、すみません」
そんなふざけたやり取りがあったからか、寂しい感情を抑えてスマートフォンをキスさんに渡すことができた知影探偵。
彼女はうろうろ辺りを見回しながら、先へ行く女性達に声を掛けようとした。引き留められたのは質問オッケーのシャルロットさん。
「あれ……皆さん、
「ああ。そうなの。ごめんね。ゲストである二人以外はもう一回、ここに下見に来てるのよ。その時に自分達が食料とかをこっちに持って来て。後、貴方達が欲しいって言ったものも部屋に準備しておいて……鍵を貰って……」
なるほど。荷物が車の中にはなかったのは、既にこの山荘の中に運んであったから。カルマさんが正常に運転できたのも道を知っていたからだった。
まあ、イベントを企画するものとしては場所のことを知っているのは当たり前の話なんだよな。
僕が納得しているとカルマさんも現れる。
「さて、シャルロットちゃん。この子達に部屋案内をしないと、ね。迷わないようにしっかりついてきてね!」
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