Ep.5 クローズド・サークルに出会いを求めてるのは間違いだろうか
知影探偵だけが気付かず、ぼさっと乗っていたのか(それとも五人乗りだと言うことを聞かされていなかったのか)。「えっ!? えっ!? 何が!?」と慌てふためき出した。彼女の手からスマートフォンなんかが宙を飛んでいる。
ただ僕がその事実を口にしてもカルマさんもコトハさんも動じていない。カルマさんが説明する前に二人は事情を知っているな、と思って落ち着いた。
「ああ。一人先に準備をして……持ってく食料やらがちょっと足りなくってってことでコンビニに行ってるのよ」
「そういうことでしたか」
知影探偵の方は落としていたスマートフォンを拾いながら、「あ……ああ」と納得していた。
言われた通り、コンビニの前で緑の服を着た大人しそうな女性が待っていた。業さんが車を停めると、彼女は助手席に乗り込んで、ぺこりと僕達に会釈する。
カルマさんと似たような髪型と容姿の女性ではあるが、雰囲気はだいぶ違う。カルマさんが積極的だとしたら、この女性は消極的と言ったところだろう。
車がまた発進すると同時に積極的な方が紹介をしてくれた。
「彼女は
シャルロットさんもそれに応じて、前の席から僕達に挨拶をした。
「よ、よろしく……自分、不束者ですが……」
そしてひょこっと首を引っ込めた。相当恥ずかしがり屋なのかと思ったところ、隣のコトハさんから僕の耳に言葉が飛んできた。
「ちょっと引き籠り体質のある人みたいだから。嫌われたんじゃないから、気にしなくてもいいのよ」
「あっ、はい……まぁ、別に嫌われたとかは思ってないんですけどね」
そんな話をする中、知影探偵が手を上げて今回のイベントについての質問をカルマさんに投げ掛けた。
「はいっ、はい!」
「どうしたの?」
「広告を作るための撮影イベント何でもありますよね……ええと、カメラマンとかはいるんです?」
「私やシャルロットちゃんが務めるわ」
知影探偵はあまりよく分からないというような難しい顔をして、再度発言する。
「ちょっと少なすぎませんか? こういうイベントでは動画編集をする人だとか、色々たくさん人が必要な感じがするんですが……」
「ああ。それは一回、四泊五日が終わって帰ってからね。カメラの映像を編集者でチェックして広告会社やスポンサーにも確認してもらって」
「へえ……あれ、普通にスマホを使えば……って圏外なんです?」
「そうなのよ。圏外の場所であり、まぁ、参加者の女性が他の男性と接触して、主役である氷河くんが嫉妬しないように……ってことでね」
「そうなんですね」
知影探偵があまり受け入れられないような感じで問答を終えた。確かに幾ら異世界ハーレムを参加者の僕に体験させようと言っても本当の目的は別の物。美人を使って自分達の製品を盛り上げようと言うものだ。
その場で撮ったものを数人だけの確認で善きにしてしまっていいのか。
いや、そもそも僕が嫉妬しないようにって……。僕も色々な意味で納得がいかなくなってきた。
最中、彼女が深刻な話を持ち出した。僕はすぐに顔を下に向けてしまった。
「人数がいればいいって訳でもないわ。多い程、今の人の心に余裕がない時代、ヤバいことばっか起きるかも。ほら、最近だって物騒な事件が多いでしょ。肩がぶつかっただけで人の優しかった心が憎悪の炎にすり替わる時代……ヒョウちゃんも分かるでしょ?」
「え……ええ。そ、そうですね……何が起こるか分からない時代……たくさんの人を連れて行けば連れていく程……」
今度は僕が反応した、と言うよりは何故か反応させられた。まあ、事件に巻き込まれている分、僕も言葉の意味がよく分からない訳ではないのだが。
何故咄嗟に僕の名前が出てきたのだろうか。
「私の話を聞いている時、心当たりがあるかのように黙ってたから、こういうの詳しいのかなぁって思って聞いてみただけよ」
「は、はい……」
「でもさ」
「でもさ?」
カルマさんは次の言葉で一気に車内の空気を明るくする。
「そう人が敏感な時代だからこそ、いいこともあるのかも」
「と言いますと?」
「人の心は闇から恋や愛に変わるってこともあるかもしれないってことよ。ふとしたことでアイドルやモデルなんかと恋仲になれちゃうかもよ……! 特にこの五日間は女性の注目の的はヒョウちゃんだけ。外の男性と連絡を取るのも禁止されてるからね」
何だか明るくなりすぎて、胸が騒めいた。そしたら、それでまたトラブルが起きるような。いや、何故僕は自分で恋が始まることを想像しているのだろうか。
僕にはもう心に決めた人がいる。今回のイベントは出逢い目的で参加した訳ではない。
頭を擦りながら、僕は話してくれたカルマさんのことも考え、適当に反応した。
「ええ……あはは、それは楽しみですね。出会いが楽しみです」
なんて言ってたら、スッと左からコトハさんが僕の腕にしがみついた。右からは知影探偵が腕を伸ばして、こちらの腹を力強く掴んでいる。
……イベントを盛り上げるための余興か、単なるからかいか、だよな。
そう思うことにして、スマートフォンを見ることにした。目的は情報チェックだったのだが、途中で着信に邪魔された。
「はい……もしもし」
来たのは今日の気分に場違いすぎる、
『お、お前、もうハーレムイベントに参加してんのかよ! 羨ましいなぁ。恋してる人がいるっつうのに……』
「美伊子が応募したから行くんです。本当は彼女と一緒に行くつもりで……でも断るのもダメでしょうってことで行くんです。他に何の用です? 文句を言うため、だけですか?」
『いやいや、後輩にアドバイスだぜ。気弱な奴程、自由そうな奴程、手強いからな。襲われないように気を付けるべし。あの作家先生とかヤバいと思う。まぁ、逆に襲うなら』
「ちょっと待ってください。さっきは、恋してるくせに……って言ってませんでした?」
『面白そうであれば、何でも良』
僕をからかっていると見受けたので電話を切った。後は圏外になるまでスマートフォンの電源を切っておくことにしよう。
知影探偵からは「誰から?」と聞かれたので、「間違い電話でしたよ」と答えておく。彼女は「間違い電話なのに何か込み入った話をしてなかった」だとか疑ってるが、気にしなくて良い。
別のものに気を引かせるため、外のことを知影探偵に伝えようとした。ただ、もうそこは白の領域。
冬の昼間でもあろうに霧が辺りを覆っている。知影探偵もこの不思議な雰囲気にうっとり見とれていた。まるでここが異世界の始まりだと告げているよう。
これが本当に楽しい冒険ファンタジーの世界であればどれだけ良かったか。
犯人以外は知らなかった。これが血塗れの惨劇世界になる……とは……!
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