Ep.4 文学少女といきたがりの探偵
パンダの着ぐるみにもしっかり適応している知影探偵。彼女は、いや、大きなパンダはこちらへと駆け寄ってくる。
取り敢えず、スマートフォンを見るにも車に乗ってからと僕は後部座席へ腰を掛ける。奥まで動こうと思ったが、既に一人先客がいる。
詰めようとしてセーラー服姿の女の子にぶつかりそうになってしまった。嫌な顔を向けられる前にと僕は素早く手を合わせた。
「す、すみません! 前をよく見てなくて……!」
「ああ、そんなの気にしないで」
すると彼女が三つ編みをふりっと回し、こちらへ優しさ溢れる声を飛ばしてきた。あまりの可愛いボイスに少々胸が騒めきそうになるも、こちらに入ってくる知影探偵のパンダ姿を見る。それから口を両手で抑えつつ、笑い出す。そうすることで感情を誤魔化すことに成功したのだ。
笑われた知影探偵は額に青筋を浮かび上がらせる。
「ちょっと……何でこっちを見るなり笑うのよ! もう笑わなくたっていいでしょ?」
と言うと、今度は僕ではなく奥の席にいる三つ編みの彼女が大笑いをし始めた。
「あっははは! 着ぐるみが怒ってる! 何これ!? 面白い! あはははっ!」
彼女自身の膝をどんどん叩いて大騒ぎするものだから、知影探偵は怒りも忘れて呆気に取られていた。
しばらくして、カルマさんが「そろそろ出発するよー!」と運転席に座ったところで彼女はやっと落ち着いた。一方の手で腹を抑えてぜぇぜぇ息を吐きつつ、もう片方の手で顔に浮かんだ笑い涙を拭いていた。
知影探偵が困惑した様子で一言。
「ちょっと……貴方、笑い過ぎよ」
その言葉にやっと三つ編みの彼女も話に応じ、自己紹介を始めてきた。僕の方に額に付いた涙や唾を少々飛ばしながら……だが。
「ええと、まず二人にはニックネームを教えないと、だよね! う、うち、言うのコトに羽のハでコトハって言います」
それに僕達も返答する。
「で、僕は虎川氷河」
「ワタシ、恵庭知影で、実は」
知影探偵の話が始まるのを前にコトハさんは僕の膝に手を突き、寄りかかってきた。僕の方へと注目し、自分で自分を指差して存在を主張している知影探偵なんて蚊帳の外にしてしまっている。
コトハさんは僕の何に魅力を感じているのか。そんなことを疑問に思う隙もほとんどこちらに与えず、話し出した。
「あの! もしかして、違ったら、あれなんだけど! 超名作ミステリー&恋愛作家の虎川先生が親戚だったり……?」
一瞬ドキリ。母の名をここで出されるとは思っていなかったから、非常に驚いた。
そういうことかと納得して、できないことも伝えておく。
「母ですけど……結構疎遠なので、サインとかそういうのは無理ですよ」
「何だぁ……残念。でもね、まぁ、いやぁね。うち、作家志望の高専学生なの。知ってる?
知らない名前が出て、僕は困惑する。知影探偵の方を見ると、スマートフォンで情報を探し始めていた。
そんなことも無駄のようで。
運転していたカルマさんが専門学校のことを教えてくれた。
「そこの芸術専門学校では作家やイラストレーター、モデルやアイドルなどなど、結構たくさんの有望な才能を育んでてね。今日来る有名スターにもそこの出身よ」
知影探偵はスマートフォンに顔を隠しながら、ここぞとばかりに質問をした。
「あれ、じゃあ、この作家志望の子も何か有名な?」
そう言えば、そうか。ハーレム企画のイベントにいる女の人はカルマさんのようなスタッフの他には有名なタレントばかり。
作家の先生に凄腕編集者。たぶん、アイドルやモデルも山荘の方で合流するのであろう。
ならば、この子は……?
カルマさんが僕達の疑問に回答した。
「将来有名になる可能性が高いわ。なんたって、この子は美人の上に実力は底知れない。このイベントの盛り上げ役として出てもらった方がいいってことで、学生代表として参加するのよ。年は確か……ヒョウちゃんの一つ上よね」
「はい。普通だったら、うちは……高校二年生って感じですかね。このセーラー服も新鮮です。いつもは私服で学校に通ってますし」
つまりは僕と同じ高校生位の女性が一人。
知影探偵以外に年がちょっと離れた知らない女性と過ごす時間もあるのかと不安に思うこともあった。ただ、これで解消だ。
安心ついでに僕は口を開けた。今度はコトハさんへの質問だ。
「あの、コトハさんはコマキ先生に会ったことがあるんです?」
「何回か講義で出逢ったかなって感じ。講義の先生としては、ちょっと他とは癖がありすぎるけど……まぁ、実力はもう凄いからね……何回か話したこともあるよ」
何て言ってると、今度は僕の顔を押しのけて知影探偵がコトハさんに話し掛けていた。
「へぇ……ちなみに貴方は一体、どんな小説を書いてるの?」
「ミステリー小説を少々ですよ」
「ほぉ……そのミステリーは探偵がいるのかな?」
「勿論、いますよ」
「へぇ……」
知影探偵は僕の探偵嫌いのことを考えて、何かを思ったのか。それとも自分自身がその小説に登場する探偵よりも優秀だと考えたのか。
「ちょっと……知影さんでしたか……? 何かこちらにご不満でもあるのでしょうか?」
少々人にとっては
「別に、ね……」
パンダとセーラー服の間で僕は苦悩する。誰かこの席を変わってくれませんか、と。
逃げようとしていたものの、結局途中でコトハさんが笑い出した。どうやら知影探偵のふくれっ面か何かに刺激されたらしい。
一緒に知影探偵も楽しくなっていったようで。結局、ものの数分で二人はニコニコ笑顔で話し出す。仲が悪いのか、それともいいのか。僕が幾ら考えても分からないので、思考を止めた。
僕はちょびっと前に身を乗り出して、カルマさんと会話を試みた。
「今の険悪なムードから、仲良しムード……僕は人ってもんがよく分からないです……」
「私も同じ。まさか初対面でここまで、そこの二人の気が合うとはね……いえ。もしかしたら、君の彼女……かな?」
「違います」
「ああ……まあ、連れの女の子は最終的には人に気に入られる特別な能力があったりするのかもね」
「あるんですかね……?」
「案外、自分でも気に入ってたりしない……?」
何か、探偵に対して気に入ってると言いたくなかった。考えたくもなかった。そのために僕は話を逸らそうとして、辺りにヒントがないか確かめる。と、同時に酷い違和感に襲われた。
運転席の横である助手席に誰もいない。
ここにいるのは四人。確か五人ずつ二台で山荘に向かうだとか言っていなかった?
僕は誰も気にしていないことを恐る恐る口にしてみる。
「あの……カルマさん、誰か一人……どっかに置いてきました?」
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