Ep.2 この素晴らしき出逢いに報復を!

 そんなこんなで知影探偵もツアーに参加することとなった。彼女もまたライトノベルファンのようで、作家先生に会えることを期待していたのであった。

 そして時は過ぎ、冬休みに入る。イベント初日は神に恵まれたような雲一つない晴天で、冬だと言うのにポカポカした気分にさせられた。

 近くの駅前で知影探偵と落ち合って、電車に乗る手続きを始める。

 服装は着慣れたシャツでいいと言うこと。僕はそこまで気にしなかった。ただ、おめかしはしなくていいのかと憂いを感じていた知影探偵は余所行きと言えようワンピースを着用していた。電車に乗る時、少々カップルに間違われてしまわないかと思ったが。

 そこまで周りの人達も僕や知影探偵のことを気にしてなさそうだったから、ほっと一安心。座席に腰を下ろし、目的の駅に到着するまで待機するのであった。

 持ち物は送られてきた招待状と電車の切符だけ。後、僕達が要求した鉛筆やノートは目的地で渡されるとのこと。


「ここで合ってるのよね」


 僕達は駅から出て、街を右往左往しながらも目的地のビルへと辿り着いた。知影探偵の問いにはスマートフォンで見たマップを確認しながら「そうです」と頷いた。

 スマートフォンから目を離し、大きなビルを見上げるも、僕達が行くのはその最上階ではない。一階だ。

 一階の受付けで係の人が待っている。そう聞いて探そうとする前に髪の長い女の人がこちらへと近寄ってきた。


「あっ、君達が氷河くんとその彼女でいいのよね……えっと、知影ちゃんだっけ?」


 口元に黒子ほくろが見受けられる、大人のお姉さんと言った感じの人。僕がもう少し他の女性に対して興味を持つような体質だったら見とれていたことであろう。

 そんな綺麗な方の首からは「カルマ」なんて名刺のようなものが下げられている。知影探偵はそこに注目しつつ、返事をしていた。


「そうです。美伊子ちゃんの代理でツアーに参加させていただく、恵庭知影です! で、貴方は……?」

「私は軽間カルマって言うの。今回のイベントのお手伝いをさせていただいてて。これから君達と四泊五日を過ごすことになるわ。よろしくね」

「は、はい……で、か、カルマ?」


 少々珍しい名前かと知影探偵は首を傾げていた。僕も黙ってはいるが、気になった。

 僕も「よろしく、です」と言うと、困惑している様子が伝わったのか。特に僕に視線を向けきた。


「ほらほら! 氷河くんは特に! カルマって呼び捨てでもいいわよ」

「へっ?」


 特にカルマを強調する理由とは、と僕が悩んでいる間にルールを教えてくれた。


「手紙を忘れちゃったの? 『異世界ハーレム体験イベント』では参加する女性に対し、和名よりも英語のような名前で呼び合うってのが決まりなのよ。ほら、異世界ハーレム系統ってそうでしょ? 主人公が異世界先の女の子の名前を呼ぶ時!」

「ま、まぁ、そうだった気がしますね」

「でしょでしょ。とにかく氷河……いえ、ヒョウちゃんは主人公のつもりでいて!」


 ちょっと寒気が走る。たぶん呼ばれ慣れてない愛称を使われたことだからだと思うが。そんな僕の震えに隣の知影探偵はせせら笑い。睨んでやろうかと顔の表情を変えようとした瞬間、カルマさんが僕の腕を強く掴んだ。


「か、カルマさん?」

「そういや自己紹介してる時間なんてあんまないわね。時間が押してるの。知影ちゃんはちょっと待ってて。すぐに他の人が来るから」

「えっ、今から僕は何をされるんですか?」

「ちょっとね」


 僕は何故か近くの倉庫みたいな場所に連れ込まれそうになる。状況が分からず、思わず言葉で抵抗しようとした。

 最中、背後から冷たい殺意。

 ふと振り返るも知影探偵しかいない。


「あれ……? 誰だ?」


 僕がそうぼやいているうちに倉庫らしき一室へと放り込まれる。と言っても閉じ込められる訳ではなく、一緒にカルマさんも入ってきた。


「どうしたの?」


 彼女は僕の不審な一言を聞き逃しはしなかったようで。何となく不安げな様子で僕に顔を近づける。

 そこで殺意と言って変に不安がらせることもないし、そもそも殺意だったかどうかも分からない。単に出版社の外で歩いていた人間が僕とカルマさんの絡みに「何いちゃついてんだ、こらぁ!?」と嫉妬の目を向けていただけなのかもしれない。

 大袈裟にすることでもないと考え、僕は「何でもありません」と笑顔で言ってみせた。その後に部屋の中を見渡し、着替えらしきものを見つける。

 何処かで見たことあるような、ないような緑色のジャージ。そうだ。ライトノベルの主人公が着ていたものだ。

 つまりは、ここで着替えろ、と。僕は黙って、受け取った。後はじっと待つ。


「どうしたの? ヒョウちゃん?」


 じっと待っている。笑顔で待っている。彼女がこの部屋から出ていくのを。ただ彼女はずっとここで立っているから、僕は遠回しに言ってみる。直接だと恥ずかしいような気もするし。


「あの……下着も入ってることですし」


 パンツもあったのだ。


「だから?」

「ん?」

「急いでよ。どうしたの? 入りそうにない……とかじゃないよね。応募の時から太った?」

「……ちょっと待ってください。着替えは……」

「いいよ。ちゃっちゃっと。私は説明してるから」


 彼女がどうぞどうぞと手を前に出すものだから、思わず恥を忘れて叫んでしまった。


「ちょっ!? 着替えですよ!? パンツも履き替えるんですから!」

「ああ、そのパンツ頂戴ね」

「ええええええっ!?」

「ちょっ、待ちなさい」

「いやいやいやいやいやっ!」


 待てない。これは由々ゆゆしき事態。流石に異世界ハーレム企画だとしても、おかしくないか。僕のパンツなんて欲しい人がいるのか!?

 そんな僕に対し、彼女は目を点にする。僕より落ち着いた様子でツッコミを入れてきた。


「ちょっと待ちなさい。違うわよ。だから手紙に書いてあったでしょ。服は自分の物は持っていけないって。パンツに何か隠し持ってる可能性もあるから、ここで見張ってないといけないのよ」

「男の体見るのに抵抗ないんですか!?」


 疑問を入れるも、大人の対応を返される。


「まあ、仕事だし。問題ナッシング。このイベントに参加する女性は、日本の芸術の未来を任せられたトップアイドルやモデルだし。ってか、参加する女性全員、私だって同じことをやって着替えてきた後なのよ!」

「見られるってのは納得できませんけど……まぁ、そういうことだったんですか……で、パンツって言うのは」

「欲しいとかじゃなくて、ここまで着てくれた服は洗ってちゃんと送り返すってことよ……」

「ああ」


 赤面しているのが自分で分かる。何と言う勘違いで騒いでいたのか、僕は。もし過去の自分に何かできるなら、その口にガムテープの芯をまるごと突っ込んでやりたい。


「もしかしたら、私が秘密裏に持って帰るかもだけど」

「えっ!? 嘘っ!? はっ!? ええっ!?」


 こんな時ってどんな顔すれば良いのかしら!? 何て慌てた後に僕の髪を撫で始めるカルマさん。


「冗談だよ!」

「冗談きつすぎますって!」


 僕は彼女から少々距離を取ってから、着替えを始めた。彼女にできる限り、ジロジロ見られないようにして。

 着替えが終わり、気力が消耗させられた僕が部屋から出る。そこで見たのは更なる地獄だった。

 

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