Epilogue.2 絶望と絆で描く僕らの未来
Ep.1 知ってるか?
気付けば、僕は走っていた。大学の構内を飛び出て、一心不乱に街を駆け出していた。疲れよりも絶望の方が多すぎて、息の乱れなど問題にもならない。
脳裏の中では大切な彼とも思い出が何回も巡り巡っていく。優しくされた記憶。いじめる者共から僕を助けてもらった記憶。全て大切な宝物だった。
それが突然、黒ずんでドロドロになって消えていく。大切なものを目の前で壊されたら、誰だって絶望を知るだろう。それと同じだ。
「何でよ……何でだよ……!」
足の限界が来て、ふらふらになった僕は河原の土手に腰を落とす。そのまま地べたに座って、
自分が真実を語らなければ、彼は最後の動機も告げなかった。フラれただけで人の命を奪ったなんて最低な動機を聞くこともなかったのだ。
どうして真実を暴いてしまったのだと自分で僕を責め立てる。更に責める自分へ「事件の推理に情けは無用だ」と吐き捨てる冷酷な僕がいた。
正直、どちらの意見にも賛成はできなかった。おかしい話だ。人には無情になることを強制していた僕が、自分の時だけ弱気になるとは……。
僕は更に怖くなった。
近づいてくる足音にふと、辺りを見回してみる。そこには僕を追い掛けてきた部長がいたのだ。彼への申し訳なさが心に溜まり、謝罪をすることだけで精いっぱいになってしまった。
「ごめんなさい……部長……ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
「ちょ、ちょっと待てよ……何を謝ってるのか全く分かんねえぜ……」
「僕言ったじゃないですか……前に部長のおばあちゃんがやってるアパートで起こった事件の時……。『身内だからって疑わない理由にはなりません……身内だからとて手加減して無条件で容疑者から外したり、罪を隠したりすることが大嫌いなんです』って……」
「……そんなことを言ったな。で、お前はオレのばあちゃんを疑った、と」
「ええ。それなのに今回の事件ではずっとその逆のことを考えてたんです! 自分の大切な桐山……先輩が犯人じゃないといいなって!」
部長は横へと首を振った。一瞬、何を意味しているのか分からずにポカンとなる僕。
彼はその理由をちゃんと説明してくれた。
「お前の言ってることも、お前の考えてることも間違っちゃいねえよ」
「えっ、でも……僕は……部長の……おばあちゃんを疑って……桐山先輩を疑いたくなくて……」
「あのな……氷河」
「……何ですか? どういうことですか?」
彼に問い掛けたことは非常に難しいことだったのかもしれない。こんな愚痴を聞かされて「はい、そうですか。じゃあ、答えを出してあげましょう」と言い切れる人はいないのかもしれない。
そう思っていた。
だけれども、彼は言ってみせた。
「知ってるか? 人の思いや意思ってのに矛盾はねえんだ。ある時は徹底的に人を疑う。ある時は人を徹底的に信じる。そう思うのが当たり前なんだよ。生きてる人間。感情に意思が左右されることもある。その時は感情に流しちまえばいい」
「で、でも……」
「感情に流されて大変なことになるかって……大丈夫だ。意思があったんだから。大変なことになる直前で止めてくれるさ。お前だってそうだったんだろ。感情よりお前が心に宿した意思の炎って奴があったから、逃げずに真実を暴ききったんだろ! 怖さに立ち向かったんだろっ!」
僕の迷いに答えを出してくれた。
頬に冷たい風が吹き、辺りの
「ありがとうございます……そんな風に言ってもらえると、褒めてもらえると、気持ちが楽になれます。僕の感情の揺さぶりは当たり前だったんですね」
「ああ、弱いってことじゃない。むしろ、真実に立ち向かった強さがあるんだ。お前は正しいことをやってるよ」
夕陽が彼を照らして、眩しさを感じる。本当に彼の方が素敵だと思えた。ギャップもあるが、何より彼が本来持っている心の優しさや正義感が光っているのだ。
そんな彼に頭が上がらない。
「部長は凄すぎますよ。こんなことに答えを出してしまうなんて……お世話になってばっかしです。僕なんてやりたくもない推理で真実を暴くばっか。部長の役には立ってません」
「おいおい。また謙遜ムードかよ?」
「えっ?」
僕が何をしたと言うのだ?
「十分お前の心で助けられたんだぜ。ばっちゃんの件でな」
「あの時は疑って、違う人を犯人として告発しただけじゃないですか。それに部長の顔見知りを捕まえて。恨まれる覚えはあれど……感謝される覚えなんて……」
「ほんとっ! お前こういう時は自分のこと
「部長!? 教えてください!」
そう急かしてみると、部長は僕のあの発言を復唱していた。僕が部長を酷く傷付けたのではないかと心配していた、あの文言を。
「『身内だからって疑わない理由にはなりません』だよ」
「えっ?」
「ばっちゃんな。あの事件の前から少しおかしかったんだよ……」
「おかしいって?」
「誰かを恨んでるような、何かそんな……感じだ。何かに悪意を持ってるような……」
「あ、悪意? 僕が感じた限り、あの人はそんなに悪意を出していなかったような気もしますけど」
一回病気か何かの話かと思った。話の内容を聞いていく限り、違うみたいだ。
「表上はそう思うだろ? で、ちょっと部屋の中を見て。殺虫スプレーの横に小包があったのを覚えてないか?」
思い返してみると、記憶の中に確かにあった。事件に関係しないだろうと手を触れなかったものが、一つ。
「あの中に
「燻煙……って、あの煙で虫を殺す奴……? えっ? あのアパートでそれをやったら……!?」
「ああ。他の住民が飼っていた虫も、自分の飼ってた大切な輩も全部全部死んだだろうぜ……」
「え……でも、それをそこで使うとは限らないんじゃ……」
「ああ、そう思って。燻製剤を似たような形の花火と取り換えたんだ……で、見事オレが張り込んでた時に尻尾を出したんだよ……ばっちゃんが……それはもうアパートの一室で……見事な吹き出し花火だった」
「そんなことが……!?」
「信じたくなかったけど、それが真実なんだ……オレが話を聞いた限り、じっちゃんがいなくなって
「そんな! そんなことがっ!」
そんな部長は哀愁漂う顔から、すぐさまキラリ輝く太陽みたいな顔に戻してみせた。
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