Ep.11 これがワタシの戦う理由

 それには奴、いや、桐山先輩が相当衝撃を受けたことであろう。今までの流れや疑いは全て美空のものだった。突然方向転換して彼のものになるとは思いもしなかったことであろう。

 当然、彼は否定する。


「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなり何を……俺が美空が殺人を起こしたように皆に勘違いさせて、彼女にすら催眠術で操らせたって言いたいの?」


 こちらも反論する。


「いえ……違います」

「じゃあ、俺が犯人じゃないってことでいいじゃないか」


 「いや……違う」と言いたかった。しかし、僕の中にいる反対側の自分が言葉を押し止めた。

 頭の中にその思考が渦巻いていく。

 自分の大事な人が、殺人なんて極悪非道なことやるはずがない。僕の推理は間違っている。このまま追い詰めて、優しい先輩のやってもいない罪を暴いてどうするのか。

 そんな僕の中でもう一つの心が揺らめいている。

 彼の犯行を立証できるものがある。知影探偵の推理を拝聴する間に、推測は一つ一つ確証に変わっていった。

 真実を探ることこそ、僕の役目。真実を知っている自分が押し黙って、どうするのか、と。

 

「いや……何でもないです」


 もう限界。僕は否定の言葉しか出そうとしなかった。いや、出せなかった。そんな卑怯な僕の物語はここでお終いだ。

 僕もきっと、探偵と同じ。

 都合の良い真実は世間に出して。自分の仲間が犯人だったり、自分が犯してきたり、そんな悪い罪はひた隠す。

 こんなんでは、探偵を殺すなんて死んでも出来っこない。

 舞台から桐山先輩は「じゃあ」と立ち去ろうとしていく。その行動を皆が唖然として見送っている中。

 一人だけは違った。

 彼女は高い声で勢いよく僕を𠮟りつけた。


「何よ! 何よ! ワタシの推理に不満があるんでしょ! さっさと言いなさいよ!」


 知影探偵がこちらに凄まじい勢いで責め寄ってくるものだから、僕は言葉で抵抗する。


「ない! そんなのない……真実なんて……真実なんて」

「真実が何なのよ! 最悪な真実が何なのよぉおおおおおおおおおおおお! 自分を貫きなさいよっ! 蠱毒荘で起きた事件だって学園で起きた事件だって! 貴方が正義を胸に宿して、謎を解いたんでしょ!」

「正義が何だ!? 正義なら、何でこんな苦しい思いしなきゃ、なんないんだよ……! あんなに大事な人が犯人だなんて、信じたくない! 信じられないんだよっ!」


 これで知影探偵を黙らせられたかと僕は思っていた。そう。そんな僕は甘いのだ。考えが甘すぎる。

 もしかしたら僕が軽蔑している探偵共だってここまで油断はしないのかもしれない。もっと冷たく、自分の正義を犯人共振りかぶれるのだろう。例えその対象が自分の身内であったとしても。

 

「それで終わり? 氷河くん?」

「えっ?」


 彼女は再度僕に立ち向かう。


「そりゃあ、大切な人に裏切られることだってある。どうにもならない時だってある。でもさ、ワタシにとっては大切なことだもん。幾ら悪くたって。恨まれていたって。ワタシの大切な友人なんだよっ! それを殺した犯人を知りたいの!」

「知ってどうすんですか……? 復讐でもするんですか?」

「そいつが二度と人を殺さないよう。言うだけよ。犯人の考えが間違っていたって教えて、麗良ちゃんと同じ苦しみを味わう人が出ないように!」

「……凄いですよ。そんなこと、僕には無理だ……」

「じゃあ、大切な人がどうなってもいいの?」


 流れが変わってきた。彼女の言葉が少しずつ僕の心を汚す悪意、後悔を潰していく。


「えっ……」

「桐山くんが自分の罪を後悔して自殺する可能性は? 新たな復讐殺人に巻き込まれる可能性は……?」

「あっ……!」


 桐山先輩の未来を思い浮かべてしまった。このサークル内にいた誰かが、麗良の死に泣いていた誰かが桐山先輩をナイフで刺すところ。血塗れの彼。彼が自室で首を吊るところ。宙に浮かび、物言わぬ彼。

 彼が優しいと信じていたのなら。そんな優しい仮面を被るところを知っているなら。彼にくっ付き過ぎた優しい仮面が外れなくて、犯罪のことを後悔するのではないかと考えられるはず。

 もうやめた。

 躊躇うなんて、僕の柄じゃない。

 後悔するのは今じゃない。今は拳を握り締め、まだ消えていない証拠の存在を叫ぶ時だ。


「桐山先輩! いや、桐山! 待てっ! 今からアンタの犯行を一から説明してやるよ!」


 彼は舞台の出口ギリギリで振り向いた。僕が呼び捨てにしたのだから気になったのであろう。

 戻るとすぐ、先程の言葉を違うイントネーションで発言した。


「だから、さっきも言ったけど、美空の犯行に見せかけたり、彼女の言葉を操ったりなんて言うのは無理だと思うんだけど、できる方法なんてあるの?」


 僕は全く同じ言葉を使う。


「いえ……違います」

「じゃあ、やっぱり」


 彼が呆れる前に僕が言葉の反撃を繰り出した。


「美空の行動はアンタが操った訳じゃないってだけだ。アンタは美空が殺意を持って、知影探偵が説明したトリックを使おうとしてたところに自分の手で制裁を下そうとしたんだ!」

「はぁ? 一体何だか知らないけどさ。氷河くん……何のために俺がそんなことをしなきゃ、いけないの? 死んだ被害者を殺したかったってんなら、放置すれば良かったことじゃないか。そうすれば、美空の罠で死ぬんだから、な」


 そう言って、ギロリ美空の方に鋭い目つきを向ける。流石に気分が高ぶっていて美空も怖気づく位に恐ろしいものだった。

 僕は無問題もうまんたい。自分の推理を貫いていく。

 彼が彼女の罠を放置しなかった理由を告げた。


「一つ。何かの恨みがあって、自分の手で殺したかったってのと。二つ。彼女の罠には確実性がなかった……もしかしたら殺せない可能性があるんだ」


 そこに反論を入れるは僕の推理にショックを受けた知影探偵。彼女はあの犯行が必ず成功するものだと思っている。


「ちょっと、ちょっと待ちなさいよ! 矢の罠に電気の罠。これで死なない訳がないじゃない!」

「知影探偵、見つかったばかりの証拠はまだ検証してないんじゃないですか?」

「えっ?」


 見つかったばかり、と言うのはビリビリボールペンを改造したものだ。これをキャットウォークから逃げようとした麗良さんを確実に殺害する仕掛けと断言するのはあまりにもお粗末だ。


「寝ぼけてる最中だと言っても、もし梯子から降りようとして、梯子に付いてるものを靴で蹴落としてしまったら……。梯子を下りる最中、その部分に触れてしまったら。大量にその装置が仕掛けられてたら、別だけれど。どうやら、美空は一つしか用意していない……」

「つまり完全に殺す計画には穴がありまくったってこと?」

「そういうことです」


 知影探偵は苦虫を噛み潰したかのような表情で「ああ」と唸る。仕方ない。その証拠で美空が自供したものだから。探偵として検証もする必要がなかった。

 その電撃装置が必ず効果のあるもの、麗良さんが逃げようとすれば必ず殺せるものだと思い込んでしまったのだ。

 一つ疑問を消した僕に桐山から言葉が飛んでくる。


「仕掛けをしなかった……そういう事か……でも、それがどうして俺が、他の人物が殺したに繋がるんだ? 美空がどう見ても殺したって状況になるだろ? 何で君だけが、犯人は違うってことが分かるんだ? ねぇ、氷河くん」


 今から僕が提示すべきは証拠、だ。美空の犯行が成功していない根拠を彼に叩きつければ良い。

 もう遠慮はしない。

 

 



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