Ep.9 これがワタシの推理ショー

 僕が舞台の方に戻ると、彼女はこちらに手を振った。美空が僕の方に向いて、ギロリと睨み、「遅い!」と叫ぶ。その後に知影探偵の言葉が続いてやってきた。


「何処行ってたのよ」

「いや、ちょっと……」

「まあ、いいわ。折角の推理ショーだし、事件の発見者の一人でもある君がいた方がいいでしょってことで皆を呼んだ後で待ってたのよ」


 容疑者や刑事の皆さんはここに集まって、イライラしながら僕を待っていた、と。

 真実を探している真っ最中に「帰る」なんて無責任な選択肢を選ぶことはないから良いものの、もしそうだったらと聞いてみる。


「ああ……すみません。で、僕がそのまま帰ってたらどうしたんですか?」

「……その時はスマホで連絡してたわ」


 彼女はスマートフォンを堂々と僕に突き付ける。呼び出しに気付かなかったらどうしてたんですか、というツッコミはやめておこう。

 今から、彼女の推理だ。間違いがないか、心して聞くべきだ。

 きっと今の彼女なら、問題のない答えを出してくれるはず。そうであってほしいと心から祈ることにする。

 知影探偵の隣にいる赤葉刑事が始めるように促した。


「じゃあ、全員揃ったところで始めようよ」

「分かりました。さて、この事件の真相を明らかにしてみましょう」


 ここにいるのは警官と探偵と容疑者、そして事件の目撃者である僕と凶器の発見者である部長だけ。

 ほとんどの人の目を気にせず、格好良く推理ショーができるという訳だ。

 彼女は観客席に降り、容疑者三人の顔を見上げている。三人が顔を見合わせ、「何が何が」と焦っている。桐山先輩に関しては僕の方に疑問を告げてきた。


「あれ……君がこの事件を暴くとか……」

「あっ、すみません。あの探偵が友人の死について知りたいってことで、先に推理ショーをされちゃいました」

「ふぅん」


 何だか期待しているのか、していないのか分からないような声だった。桐山先輩が何かの疑念を抱いているとは知影探偵は露知らず。

 犯人の方に指を向け、その名を自信満々に言い放つ。


「最初に言っておきます。ワタシの親友、麗良ちゃんを殺した犯人はアンタ! 美空がこの殺人事件の黒幕なのよ!」


 美空はその指名に対し、いきり立って反論する。勿論、顔が真っ赤になって、気品の欠片すらもない。


「……はぁ? 未来永劫大女優のあたしに向かって何て口を利くの? 呆れた。探偵じゃなくて、単なる馬鹿ね」


 知影探偵は彼女の勢いに少し臆したか後ずさりをしそうになるも、ぐっと耐えていた。それから反論の推理を始めていた。


「犯人って疑われてるのにだいぶ強気ですよね。まぁ、アリバイがあるから自分では大丈夫だと思ってるんでしょう?」

「あったり前でしょう? 彼女はあたしが違う場所にいる間にキャットウォークから転落した。何十人もの、時間がちょっと違えば何百人のアリバイ証言がアタシを守ってくれるのよ」

「ごめんなさいね。そんなアリバイ証言一欠片も意味がないの」

「はぁ!?」

「アリバイトリックを使ったってことは、アンタが麗良ちゃんが落ちた時間が舞台にいる時か、それか逃げてる最中かって分かってないことから分かったわ。アリバイトリックって予定や時間がずれたりすると犯人自体も事件が起きた時間を自分の決めていた時間と誤認することがあるから……! ほら、最初アンタは自分が舞台にいる時に麗良ちゃんが落ちたからアリバイがあるって言ってたじゃない!」

「アリバイトリック!? はぁ!? どういうことよ!? 」


 証言に意味がない。知影探偵にそう言われた美空の顔に焦りの色が見え始めていた。それはそうだ。

 今回の転落殺人は、まさに彼女が完璧に説明しているトリックで行われたのだから。


「そう。アンタはキャットウォークにいなくても、落とせたの。そう。アンタにアリバイが必要だとしたら……昼休憩の時かしら。舞台を貸し切りにしていた時こそ、アンタが罠を仕掛けた時間なんだから」

「はっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 貸し切りって言ったけど、アリバイはあるわよ! ほら、桐山! 桐山が舞台の点検を、ってことで途中で入ってきたでしょ! あたし、舞台の上で歌ってたでしょ!」


 美空が言い訳をしようとするも桐山先輩は首を横に振る。


「悪いけど、途中からだから……歌う前は何をしていたのか……は、ね」

「そ、そんな……!」


 美空の言い訳が酷く雑音に聞こえてきた。何でそんなことを言うのか。非常に鬱陶うっとうしい。そのまま黙って推理ショーを聞いていてほしかった。

 知影探偵は言い訳に意味がないことを確信してから、続きを語り出す。


「そう。アンタが仕掛けたのは簡単。キャットウォークの上に脅しの話か何かで麗良ちゃんを呼び出した。脅しに乗るから、ってわざと弱気に出ておけば、麗良ちゃんも調子に乗って、その誘いに乗ってしまった……!」


 彼女は一度、麗良さんのことを思い返してしまったのか。辛そうな声を出すもすぐに調子を戻す。


「そこで殴って、眠らせた。後はキャットウォークの左端に矢を撃つ時限装置をセットする。機械としては……矢をゴムで固定して時間が経つとアラームか何かで振動して、矢を離すようにするものでオッケー」


 彼女は手袋をしつつ、手元からアルミの矢を美空の方に提示してみせる。


「後は撃つ時間を調整し、その時間に麗良ちゃんのスマホでアラームを鳴らすよう、セットしておく。これで後は何が起きるのか」

「何が起きるんだ?」


 宍戸の言葉を聞いてから、知影探偵は舞台の方に戻る。そして舞台から観客席にぎりぎり落ちそうな場面に立って、真実を解説した。


「後は発火装置が作動する時間に麗良ちゃんは起こされる。たぶん発火装置が作動した時に矢が放たれて」


 今度は桐山先輩が異論を放つ。


「でも麗良さんの遺体には……矢なんて……」

「当たってないわ。アルミの矢。麗良ちゃんは危機感を覚えたでしょうね。相当勢いのある矢が今度は自分の体に刺さると思って。怖くなった彼女は思いきり矢を避けるようにして、手すりを乗り越えて落ちた」


 そんな言葉に知影探偵は行動で答えた。避けるようにして舞台から飛んだのだ。そのまま、知影探偵は観客席の方へと華麗に着地する。その後に「ふらっと揺れて倒れそうになったのがマイナス点だな」と僕の近くにいた部長が呟いた。余計なことは言わなくてもいいのだが。

 部長の発言を夢にも思っていない知影探偵は更に恰好を付けるため、胸を張る。それから美空の方へと振り返って一言。


「どう? 突き落とした訳じゃないから、アリバイは必要ないの!」


 アリバイが崩れていく美空は、強く反論する。求めているのは、たぶんどうして自分が犯人になるのかという証拠だ。


「そ、それがどうかしたのよ……あたしへのアリバイ証言が意味がないってだけで! 元々誰かが舞台上に麗良と仕掛けを放置してたのかもしれないわよ!」


 この答えを僕はまだ出せていない。証拠か、その根拠がほしいところ。知影探偵に期待させてもらう。


「それはね宍戸教諭に教えてもらったわ。『探偵ごっこなんてするんじゃねえって!』って言葉でね」

「た、確かに言ったが……そ、それは……!」


 ……そういや、舞台の上で聞いたと思っていた言葉。宍戸教諭が言ったものだったのか。

 そこにヒントが隠されていたとは思いもよらなかった。美空ばかりに注目していたこともあって、あまり別の人物が発した言葉を重く受け取っていなかったのだ。

 「探偵ごっこ」、知影探偵が解説していく。


「ワタシが考えた探偵ごっこ。それって指紋を付かないようにして、事件現場の周りを歩くこと、じゃないかしら。赤葉刑事や桐山って子が手の指紋が付かないようにしているのを見て、思い付いたわ」


 ……そうか。僕は一つ一つの事実を頭の中に入れて、反芻はんすうさせる。もう間違いない。この事件の真相は……。

 知影探偵は僕のことすらも眼中に入れず、美空の方へと近寄っていく。彼女は一度、袖の中に手を隠す。


「それって、犯人が手袋をするか……アイドルみたいに萌え袖をして。何かをしようとしてたんじゃないかってね」

「萌え袖をあたしがしたから何よ!」

「したから……そこから導き出される答えをSNSのフォロワーさんに聞いてみたわ……そうしたらピンと来る答え……『何か自分の手で触れないようなものを梯子か何かに設置していたんじゃないかって』」

「何であたしが梯子を触っていたかなんて分かるのよ!?」


 その答えを知影探偵が声を荒げて、明かす。


「アンタはもし麗良ちゃんがキャットウォークの仕掛けた矢を避けて、唯一の逃げ場である梯子から降りてきたらって考えたんじゃないかしら。降りてきたら、彼女は自分のことをどう言うか。殴ってきた犯人だと告発するかもしれない。そうはしないわよね……と考えたら、梯子の方にも殺人トリックを施してたんじゃないかって考えたのよ」

「あ……」


 美空は知影探偵に気押され、後ろ歩きで逃げようとする。その際、足音が流れ出す。カチャカチャカチャ。一度僕が事件後の舞台上で聞いた音だ。


「気になってたのよ。そのカチャカチャした足音……舞台に立つ人間が不自然な音を出す靴を履いてるかって……そう考えたら、分かったの。犯人は自分が回収した証拠をまだ捨てられず。梯子にくっ付けていた証拠を足にくっ付けるしかなかったってね! 見せなさい! 靴の裏を!」


 さて、これで知影探偵の全てらしい。

 知影探偵、美空、両者の唾を飲む音が聞こえてきた。知影探偵に関しては汗だくで本当に合っているのかという疑問が顔に出てしまっている。

 証拠はあるのか。美空が靴を脱いだ瞬間、僕の体は震えていた。


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る