Ep.8 疑念は強くなる

「本当よ。どうやら、今回はワタシの方が有利みたいね。後は他の証拠も見回って、この推理が確実にできるか確かめるだけよ」


 舐めていた。

 今までの彼女の様子から、あやふやな推理しかできない探偵見習いだと思っていたのだが。実際それが納得できるものかどうか分からないものから、知影探偵の推理を聞くのを待つとして。

 知影探偵が失敗した時のように、僕は僕で証拠を見つけておくしかない。

 そう思いながら、彼女に返事をした。


「はい……その証拠って、隠滅の可能性とかないんですか?」

「ああ、そう思って今は美空に他の女性刑事を付けてるわ」

「じゃあ、もう隠滅の恐れもないと」

「ええ。それよりも」

「それよりも?」


 彼女は推理を始める前に気になることがあるらしく、ジロジロと僕の背中を見つめていた。


「その血塗れの背中を何とかしてきたら?」

「あっ、忘れてました」

「何なら着替えの服を買って来てもらうように刑事さんに頼むわよ」

「その経費って警察の方から……? それは職権乱用と言うか……もの凄くいけないことのよう気がしますけど」

「ああ、じゃなくてワタシが出すのよ」

「知影探偵が?」


 推理ができているから心地よいのか。気味が悪い程、優しくなる知影探偵に不信感を覚えてしまった。

 思わず僕が苦笑いをするも、知影探偵は少々不満そうな顔と明るいトーンで「あらら、失礼ね」と口にした。怒っているのか、笑っているのか。情緒不安定ではないようだが。

 またもや不自然さを感じているうちに彼女は僕へと微笑みかけた。


「氷河くんには感謝してるわ。だって、炎の中……あんな危険な中、麗良ちゃんを運んできてくれたんだから」

「……命までは救うことができませんでしたけどね」


 いきなりの感謝に戸惑い、捻くれた感じで答えていた。ただ彼女はそんな僕の態度を気にせず、再び感謝の言葉を投げ掛けてきた。


「ううん……どうしようもできなかったことなのよ。だけど、最後に麗良ちゃんの姿が炎の中に消えてしまうことだけは……ね。最期に会わせてくれてありがとう」

「そ、そんな……真実のためにやったことです。もし、もっと危険な状況だったら……」

「謙遜する必要はないわよ。どんな目的があったとしても、貴方のやったことは間違いじゃなかったんだから」


 何だか彼女に褒められると、天敵の探偵に称えられると、酷い違和感が体を駆け上がるような不思議な感覚に陥ってしまう。

 少々後ずさりをしていたら、手すりに当たる。僕は落ちないように気を付けながら、振り返ろうとした。不意に背中と腹の間に血の付いた部分を見つけていた。この服に付着したのは、麗良さんの血だ。

 確かめてみると、彼女が僕に付けた血で頭から足の長さまで分かるようだった。たぶん、地面に打ち付けられたショックで頭からも足からも出血したはずだから。

 血のことを考察していると、たった一つの下らない真実に辿り着いた。

 長さが足りない。僕の服に付着した血の上部分から下部分までの長さとキャットウォークにある手すりの長さを比べると、後者の方が長いのだ。

 自分の今まで考えていたことと少々違う。麗良さんはとある理由で自分から飛び降りさせられた、と睨んでいたが。

 この様子だと手すりの下部分にあるちょっとした隙間からすり抜けて落ちていったとも考えられる。

 対して重要な話でもないが、こういう考えはちゃんとしておきたい。そう思って推理を再確認した最中だった。まだ僕に感謝している知影探偵が手すりの方を見て、言い放つ。


「氷河くんが運んできたから、彼女の靴の形もちゃんと分かって。ここに付いてる傷も分かったんだからね。確か、赤葉刑事。ここの錆みたいなものが麗良ちゃんが履いていた靴にも付いてたんですよね」


 知影探偵が手で示していたのは、キャットウォークの上から見て裏側にある手すりの傷だった。見たところ傷は新しく、麗良さんがここに飛び越えた際に付いたものだと推測できる。

 赤葉刑事も「間違いない」と断言していた。

 つまりは麗良さんは間違いなく飛び越えたことになる。下の隙間から転がったり、飛んだりして落ちた場合、こんなところに傷が付く訳がないのだから。

 自分が今まで作り出してきた推理のことが分からなくなって、混乱し始める。自分の認識が違うのか。それとも僕は何かとんでもない勘違いをしているのか。

 事件のことがだんだんと分からなくなってきた。今の僕には真実を考えるより、動機について調べる方が合っているのかもしれない。

 ならば、関係者に話を聞くべきだ。思い立ったが吉日。早速行動しようと、知影探偵の横をすり抜けようとした。

 その瞬間、バサリ、舞台に勢いよく何かが落ちた音がした。皆が一斉に振り返り、舞台の方に目を向ける。

 僕もその一人だ。何が起きたかと心が騒いでいる。

 梯子を素早く下って、何処に落ちたのかと確認をしてから、ホリゾント幕と黒幕の間へと直行する。落ちていたのは吊りだった。

 何やらこれにも発火装置が仕掛けてあったらしく、吊りを天井に支える部分が焦げていた。ただそれに見合わぬ細い糸がチラホラと吊りにくっ付いている。白い糸や黒い糸。


「……はっ……?」


 僕が頭の回転を動かさないうちに舞台へ一人の女性が現れた。どうやら知影探偵の推理ショーをすると言うことで来るように命令されたのだろう。


「ちょっと! 動機があるのはあたしじゃないでしょ! 動機があるのは彼女に脅されていた宍戸教諭か、他の生徒達でしょ? あたしはアイツを見下せる立場にいたのよ」


 美空、だ。そこで隣から歩いてくる宍戸教諭が反論する。


「おい! こっちにだってアリバイはあるし。そもそもお前にもあるだろうが! アイドル活動のファンが麗良くんの我儘で暴徒化してるとかって何度も言ってただろうが!」


 その騒ぎを諫めるのが桐山先輩の役割だった。


「ちょっと二人共。犯人じゃなければ、もっと堂々としてくださいよ……」


 彼にはお疲れ様と連呼したくなる。そんな先輩に宍戸教諭が言う。


「そんなお前も恨んでただろ? 麗良くんは、お前の今日の舞台の役を降ろしてくれって言ってたんだぞ! 何とかお喋りな侯爵の役は取れたがな」

「宍戸教諭、俺にも連れてきた高校生が共にいたってアリバイはありますし……子供じゃないんですから、そんなのを殺す動機にはしませんよ。ちゃんと役貰えてますし」


 彼女達の会話には動機の話が入っていた。取り敢えず、美空が犯人だという確証は強くなっている。

 ただそれと同時に証拠を見つけてしまった。

 一旦外に出て、勝手にあの人の鞄を探らせてもらう。ここにあるかどうかの証拠。僕は非常にドキマギしながら、あるものを見つけようとした。

 鞄にないと分かれば、控室の前も見てみるが。何処にもなし。あちらこちら、眼を回してみるも、ない。

 ないことが証拠。

 見つけてしまった、とんでもないものを。

 

 

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