Ep.6 キラキラ笑う彼女は悪魔

 そもそも突然、突拍子もなく自分の無実を言うこと自体が変なのだと不思議に思ってみれば、原因はその隣にいた。頭を掻いて、しかめっ面をする部長だ。美空は辺りに同意を求めた後、部長の方を向いている。

 彼は僕が戻ってきたのに気付き、眼を見開いて声を上げた。


「ああ、氷河か」

「何があったんです?」


 彼は堂々と無実の証明をされてしまったと僕に事情を話し、相談事を投げ掛けてきた。


「いやな、この美空って先輩が現場からそそくさと逃げようとしてたから、呼び止めただけだ。だって、この後あるだろ? 事情聴取が」

「ええ」


 そこで逃げようとしていた。間違いなく、都合の悪いことがあるからだ。僕がそう疑い、考え込もうとするのに対し、美空は軽く否定する。


「だって時間の無駄でしょ? さっきも言ったけど、あの子が転落死した時間、あたしは観客の前で演じてたのよ。何十人、何百人があたしの無実を証明するのに、いる必要ってあるの?」


 やはり、だ。彼女がまたも出した言葉で僕は納得した。

 彼女が犯人だ。こうして他の人が泣いてる前で無実を主張するだけなら、犯人だと決め付けられないが。彼女は何度か口にしている。「転落死した瞬間、観客の前にいた」と。

 転落死したのが公演の最中とは限らない。劇が火事によって中止された後、炎が降りしきる中に落とされたとも考えられる。

 そもそも麗良さんが消えたのは、舞台が始まる前。劇中では黒幕以降が開くシーンもない。もしかしたら、誰も見てないだけで舞台が始まる前にひっそりと死体が舞台の中に落ちていた可能性がある。

 本当に落ちた時刻を知っているのは、今のところ僕と宍戸教諭、犯人だけだ。

 その可能性を考えようともせず、彼女は間違いないと言うかのように「彼女が死んだのはあたしが舞台に出ている最中のこと」と言い切った。本当に知らなかったのであれば、アリバイ証明は警察が麗良さんの死亡推定時刻を言った後にするべきだったのだ。

 僕は輝く衣装を身に纏う彼女へ、こう言った。


「本当にやってないんですよね?」

「ええ。どう考えてもあたしが彼女を落とす時間なんて、ないでしょ? 歌で人を操ったとでも言いたいの?」

「そ、そんなことできる訳ないじゃないですか。そうですよね……」

「分かったわね」


 もう一つ確認したいことがあったから。

 誰か庇っているかどうか。彼女もまた麗良さんのように傲慢な性格。彼女が誰かを庇って目立とうとしている考査もできた。ただ、彼女の発言を聞いて、ほとんどないと考えて良いだろう。

 もしも庇っているのだとしたら、犯人について心当たりを持つ必要がある。美空は火事になった際、他の役者と共に逃げていったから犯人を見た、または犯人が落とした証拠を見てしまった可能性はかなり低い。

 となると、後は犯人が書いた計画書でも見たと言うことになるが。それもまた彼女が否定する。

 その理由は彼女が発言する事実との誤差があるから、だ。実際美空は公演中に麗良さんが落ちたと証言している。だが、麗良さんが転落したのは火事が起こって、皆が逃げた後。

 本当に彼女が犯人の計画書を見ていたとしたら、麗良さんが落とされる時刻を間違えないはずだ。

 取り敢えず、今できる考察はこれだけ。何故彼女がアリバイを主張する時間を間違えたのか。探ってみることにした。


「あの、一つ。火事の際、逃げる時は誰かといました?」

「いたわよ。辺りの人に聞いてみる必要もないわ。こんなキラキラした衣装で逃げてたら、皆の目に付くわ」

「ですね……」

「でしょ? 逃げてる最中でも見た人いるでしょ?」


 その発言に泣き晴らした目をした一人のサークルメンバーが「そうよ、一緒に逃げたの」と美空の不在証明を教えてくれた。その後はもう美空に対し、殺意を持つような眼差しを向けている。これはどうにも止められない。

 まあ、そんなことは今考えるべきではない。今のやり取りから分かることを整理してみせよう。

 一瞬、時間をわざと間違えて証言し、犯行時刻を皆に誤認させようとさせる。それから、本当に殺人を起こした時間にアリバイがないことを隠そうとしたのかと思っていた。が、違うよう。どの犯行時刻にも美空にはアリバイがあったのだ。

 部長が「とにかく周辺の動機を聞き回る事情聴取もするから」と美空を引き留めているうちに僕は動く。

 探すべきは頼れる刑事、だ。

 パトカーに近寄ってみたら、運転席の方からドアを開けて現れた。


「赤葉刑事!」


 僕が声を掛けると、彼女は一旦足を停止させた。

 彼女は付けている眼鏡を揺らし、僕の存在が蜃気楼しんきろうみたいなものでないかと疑っている。


「またも、君が事件現場に居合わせるとは……」

「その辺の話はまた今度にしましょう。今は犯人を捕まえるのが先決です」

「オッケー。あら、ただもう犯人が分かってそうな勇ましい顔ね」


 僕の心臓が大きく揺らめいた。無意識に鼻息を荒げていたのだろうか、僕は。

 そうそう表情を顔に出す人間でないと自負していたつもりだ。彼女はどうやら人の表情から、考えていることを見抜く力が強いらしい。本当に、ちょっと頼もしい。

 僕や知影探偵に事件の解決を任せようとする点を除けば。


「ま、まあ、まだ証拠も全然ないですし。今回はアリバイもあるそうです……」

「ほぉ、アリバイトリックか!」

「アリバイトリック好きなんですか?」

「ま、まぁね!」


 何だか生き生きとしてくるような赤葉刑事。彼女は部下らしき警官に何回か名前を呼ばれ「はいはーい」と返答する。それから声を掛けてきた警官の方へとスキップのようなものを見せながら、移動していった。

 さてさて。そんなことをしている間に消防の消火活動も終わったよう。警察が同時に事件現場を封鎖しようとしているのだが。

 その隙を突き、裏側から美空が走っていく。何処へ行くのかと思ったら、表口の方。どうやら封鎖されていないルートから、こっそり事件現場に行くようだと考えてから、頭が痛くなった。

 彼女は証拠隠滅を図るに違いない。じっくり観察して、その証拠からアリバイなど簡単に崩してやろうと意気込んで、美空の後をついていく。

 それと同時にまたも僕を驚かせたのが美空にじっとついていく二人の存在だ。桐山先輩に宍戸教諭。目立つ格好でそろいもそろって、事件現場に何しに行くのか。


「ちょっと二人共! 現場保存しなきゃいけないのに、どうして入ってくんですか! 警察の捜査の邪魔しちゃダメって、聞いちゃいないし……!」


 と言う僕も、いや、後ろからついてくる部長まで事件現場に入ってしまうのだから。彼等を止められる資格なんて全くないのだけれどね。

 とほほ……だ。本当に。


「部長も美空をちゃんと見張っててくださいね」

「えっ、何でだ?」

「……えっ、説明しないといけませんか?」


 僕は更に強くなる痛みに手でグッと頭を抑えていた。


 

 

 

 

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