Ep.5 場違いなアリバイ証明

 非常事態の上に重なった緊急事態。宍戸教諭はすぐさま麗良さんの体をゆすり起そうとする。


「おい! おいおいおい! 何してるんだ! って、死んでる……死んでるのか? 麗良くん!?」


 血まみれになった顔を動かすものだから宍戸教諭の方にもしぶきが飛んでいく。

 僕がすぐ「もう死んでます! 死体を下ろしてください」と言っても聞く耳を持たない。気が動転しているのか、揺さぶり続けている。

 今できることと言えば、落ち着いて死体の状態を確認すること、だ。この状態を後で警察に伝えるためにも。

 見るからに死因は転落死。ここから人が通れて落とせる場所と言えば、ホリゾント幕の後ろにあるキャットウォークと呼ばれる高い足場しかない。彼女はキャットウォークから、この黒幕とホリゾント幕の間に突き落とされたのだ。

 宍戸教諭が揺らしてばかりいるものだから何か白いものが麗良さんの背中から飛んで、火の海へと消えていく。その光景を見て、宍戸教諭は気を取り直したらしい。

 僕に対してこんな言葉を放ってきた。


「そうだ! 早く逃げよう! 麗良くんの死体は……」

「僕が持ちます」


 宍戸教諭でなく、僕が担がせてもらう。これ以上滅茶苦茶に扱われたら、麗良さんが可哀そうだ。

 体が血まみれになることも構わず、持ち上げた。悲しい程の軽さを感じて、感傷に浸りそうになるも今やるべきことではない。

 彼女を火の手から守り、できる限り奇麗なままで監察医に引き渡すのだ。

 それにしても、どう進めば逃げられるか。全く分からない。そのまま進んで上から火の粉が降ってこないとは限らない、と困惑している最中。

 部長の声がした。


「おい! こっちだ! こっち!」


 煙が口に入ってむせそうになる僕へ向かって、彼の影が大きく手を振った。非常事態に驚くもそれを態度に出さずに彼がいる方へと走っていく。


「部長!? 何で、こんなところにいるんです?」

「お前が火事ん中で迷子になってるからって、この先輩が教えてくれたんだ! そうしたらいても立ってもいられなくてな! お前を探しに来たんだ。先輩、こっちにいますよ!」


 桐山先輩の影も見える。そちらの方向へ急げば何とかなると僕と宍戸教諭は必死に足を動かした。

 

「二人とも大丈夫ですか!?」

「ああ」

「何とか……部長、桐山先輩、ありがとうございます!」


 桐山先輩と部長の案内に助けられ、僕は裏口から出ようとする。そこで煙が消えて、皆の眼にも映ってしまう。僕の背中にいる血まみれの麗良さんに。


「おおい!? そ、それは……!?」

「……死体です」


 部長の指摘に説明をする。そして桐山先輩に警察に再度死体が見つかったという情報を伝えるよう、お願いした。

 桐山先輩も放火騒ぎだけで焦っていたのだろう。まさか、同じサークルメンバーが死ぬなんて思ってもいなかったに違いない。

 何度もスマートフォンを滑らせながらも、通報を試みていた。

 そんなことを構いもせず、一番高い声を上げたのは彼女の大切な友人だった。彼女は宍戸教諭以上に動揺し、瞬きを繰り返す。


「死体って何よ!? 悪い冗談はやめて!? 麗良ちゃん! 麗良ちゃん!」


 またもや彼女の遺体に駆け込んだ人物。それは知影探偵。彼女は今まで聞いたこともないようなヒステリックな声を遺体の耳元へ流していく。


「ねえ! 起きなさいよ! ねえ! えっ、本当に死んでるの?」


 僕は知影探偵に酷く焦燥した顔で見つめられ、目が合わせられなかった。そんな状態でこくりと頷いた。頷くしかなかった。


「はい……」

「何で何でよ!? 何で、何で死ななきゃいけないの!? 何でよ!?」


 途端に地面へと伏せる知影探偵。野次馬の視線にも構わず、彼女は大粒の涙を流し始めた。その声は耳にした、この場全ての人間に悲しみを伝えていく。

 他のサークルメンバーも涙を堪えていたようだけれど。知影探偵の泣き声と同時に我慢ができなくなったよう。

 僕まで泣き出しそうな状態。

 そんな状態で僕の袖を桐山先輩が引っ張った。彼も顔を真っ赤にして、今の惨状を悲しんでいるのは確か。そんな中で何を伝えたいのかと思い、僕はこの場から離れていく彼の後ろをついていった。

 気付けば、彼が持ち出した荷物から炭酸のジュースを取り出していた。彼は重い表情で手渡してきた。


「氷河くん、これ好きだったろ?」

「な、何で今……?」

「君がこんな顔をしているのが耐えられなくってね。何かダメなんだよ。君が悔しかったり、悲しそうだったりすると、気が滅入るんだ。それに熱い中、歩いてきて相当喉も乾いてるだろうし……」

「あ、ありがとうございます」


 温かい手から炭酸ジュースを貰い、一気に飲み干した。口の中で甘い味が広がって、気分が少しずつ落ち着いていく。

 それと同時にシュワシュワと喉に来た炭酸の刺激が僕の決意を後押しする。

 この殺人事件も犯人を突き詰め、因縁の人物をおびき出すことに利用しよう。知影探偵の大切な友人もそうだ。彼女は以前、自分の母校で起きた事件に酷く傷付いた。思い出が残酷なものに変わって、絶望していた。そんな彼女の傷を更にえぐるような真似をした犯人を許せない。僕が普段持っている殺人犯に対する怒りと知影探偵への同情が相まって、強くなっていく。

 そんなところで桐山先輩が僕に心情を尋ねてきた。


「どう? 落ち着いた?」

「ええ。それと同時に僕……やります」

「ん?」

「謎を解きます! この殺人事件に挑んで、犯人を捕まえてみせます」

「氷河くん……?」

「今まで何回か殺人事件を解いたことがあるんですよ。嘘だと思ったら、さっき会ったうちの部長に聞いてみてください」

「……分かった。君がやりやすいように協力するよ」

「お願いします」


 こうして麗良さん殺害の真相を探るため、僕は消防車やパトカー、救急車のサイレンと共に麗良さんの遺体が置かれている場所へと戻っていく。

 まだ悲しみの底に落ちる知影探偵や演劇のサークルメンバー。その中で一人だけ異色を放つ反応をする女性が一人。美空さんだ。

 嫌が応でも彼女の方に注目してしまう。

 なんたって、僕達の前で涼しい顔をして、こう主張したのだから。


「この子が死んだ時間、あたしにはアリバイがあるんだから。皆、舞台の上で見てたでしょ? 私を疑わないでよね!」


 僕は思わず、彼女を睨みつけそうになっていた。きっと彼女だ。彼女、美空が麗良さんを殺害したんじゃないのか!?

 


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