Ep.4 開幕、そして絶望へ
彼女が舞台袖から去った後。更に舞台で練習が再開された後。僕は桐山先輩に呼ばれることとなった。彼の声に応じなければならぬ僕は知影探偵に「また後で」とあいさつをしてから、舞台裏の奥へと進んでいく。
「ごめんね。女の子とやってるところ、呼んじゃって。ガールフレンド?」
「桐山先輩……それを話すと、夜んなっちゃいますから本題に入りましょう」
適当に話を誤魔化して、彼の話を急かすことにした。彼の頼まれた仕事もやって、脅迫状のことに対しても警戒する。たぶん、それこそが僕のやるべきことだから。
「ええと、黒幕の裏にホリゾント幕って言うのがあって。その黒幕とホリゾント幕の間に吊りってあるのわかるかな……ほら、あれ」
桐山先輩に言われた通り、そちらの方向を見上げてみる。吊りと言われた棒に紐をつけ、大道具を上げ下げするらしい。今回の場合、二幕のラストで太陽に見立てる円盤を下ろしていくようで。
彼は一旦、もう一方の舞台袖の方に走り、機械を操作して吊りを下ろす。とあるボタンを押せば、吊りがどんどん下がってくる仕組みになってるよう。
僕は吊りをじっと見つつ、何も異常がないことを確認する。しっかり太陽がかかっているし、目立った汚れも見当たらない。
「一応、二幕の最後の方で台本とそれを指示することになってるんだ。あっ、で、大道具の方は大丈夫だね?」
「ええ、特に目立ったものはありません」
こうして他の大道具の確認にしても運び方にしても、教わっていく。ただその目には僕を演劇の世界へ引きずり込もうとしているのでは、と考えられるような野望が見て取れてしまった。
ううん。残念ながら、自分はこちらの世界には全然足を踏み入れる予定はない。
仕方なく彼の話を聞く中、僕はホリゾント幕の裏にある高い場所の通路に目を向けていた。すると桐山先輩から、「おーい」との声。
「おーい、どした?」
ちょっとぎくり。本気で話を聞いていないことを怒られると思い、すぐに謝った。
「すみません! いえ、あの狭い通路が気になって」
「ああ。キャットウォークだね。あそこから照明とかの異常を点検したりもするんだ」
「へぇ……」
確かに高い足場。猫が歩くような場所だった。
彼に感謝を言って、また休憩を貰うこととなる。
「そろそろ昼休みだし、弁当が男子控室にあるから、一つ貰ってってね」
とのこと。また僕は桐山先輩と別れ、控室へと向かう。その弁当(稲荷ずしの詰め合わせだった)をすぐに食べ終え、後は本番の運搬に備える。大事な時に腰が痛むとかがないよう、しっかり腕や足を伸ばしておく。
ついでに事件に関しても。
昼休みの中、美空さんのせいで封鎖されている舞台以外の場所をくまなくチェックする。舞台に何かあったら美空さんが疑われることだし、問題ないと思う。控室もトイレもホールの入り口も不審人物や不審物は見当たらない。
他にいるのは、舞台を楽しみにしている客と演者に対する差し入れだけだ。その辺りは知影探偵もいて、じっと見つめている。ついでに何故か、オープンキャンパス見学中だったはずの部長まで虫のようにくっついてる。
彼は何をしているのか、尋ねてみる。
「先輩は何ですか? 差し入れについていた虫ごっこですか?」
「あっ? 氷河か!? いやいや、違うって。そんなんじゃなくて、知影先輩の手伝いをしてただけだ」
言うと、知影探偵は頷いた。だから秘密主義は何処に行ったのだろう? 彼女はどれだけ多くの人に機密情報を暴露すれば気が済むのだ?
そんな疑問を無視する知影探偵。彼女は再び、差し入れに危険物が隠れてないか確かめていた。特に麗良さんのものは中まで見ていいと言われたのか、封まで開けてしまっている。
「お菓子……だよね」
部長が知影探偵の言葉に同意した。
「ああ……菓子だ」
何か人のものを漁っていることに対する罪悪感が芽生えてしまった。この状態で何も知らない誰かが入ってきたら泥棒に勘違いされるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、差し入れの確認をする。
結果、成果はなし。目ぼしいものは見つからず。
気付かぬ間に開園の時間は一刻一刻と迫っていた。役者の人が廊下で世話しなく動いている。
もうすぐ開演だと僕は入れるようになっていた舞台裏へと急ぐ。
そこで僕が来るのを待ち侘びていたかのような、桐山先輩。彼は他の役者をうちわで仰ぎ、僕にもそれをするよう指示していた。
確かに衣装を着て、少々暑くなる状態。役者はきついに違いないが。そんなイライラ状態の中で誰かが桐山先輩に言った。
「おい、麗良は何処行った?」
「うん……見てないけど……」
「アイツ、こんな時に何処で何やってんだ……」
「まあ、アイツはまだ出番には時間があるし。精神統一してんだろ」
桐山先輩が庇っているうちに舞台の準備も始めていく。大道具の移動。タイムキーパー。様々な準備をしているうちに、あっと言う間に時間は来る。
始まった。
煌びやかな物語が舞台の上で演じられていて。舞台袖で僕と桐山先輩はずっと見守っていた。
一つ一つ。
細かなセリフが、音楽が、歌が。こんな平和な時間が普通に進んでいけば。僕は辺りを見回しつつ異常がないことを確認する。
嫌な予感。
それを振り払おうとして舞台に目を向ける。美空さんがもうそれは素敵なワンピースを身に纏って、前に出た。その最中、カーテンから火が降ってきた。
危うく桐山先輩の元に火の粉が降りかかりそうになり、僕は慌てて飛んだ。その音が舞台の方にも聞こえてしまったと思うも束の間。舞台に差し掛かるカーテンの方にも火が降ってきた。一つの悲鳴。それが観客や演者を泣き叫ばせるきっかけとなった。
その火はだんだんと炎と呼ばれるものになっていき、辺りは炎と煙に包まれていく。一瞬にして、この場は舞台から戦場に変わってしまう。
誰かが流した緊急警報。
『係員の指示に従って、すみやかに避難してください!』
演者や大道具の人々はどんどん裏に逃げていく。ただ、桐山先輩は何か案があるようで。舞台の幕を操作する場所へと向かっていった。
「とりあえず、一番前の幕を閉めてくる! そうすれば、観客席の方に炎はいかないはずだから!」
「……はい……あっ……!」
僕は違う方向へ。気付いたのだ。宍戸教諭が舞台の後ろの方を走っているが。そのまま前進していると間違いなくカーテンから落ちてくる火の粉を被ることになる、と。
僕は煙を手で吹き払い、吸わないようにしながら急いで宍戸教諭の体に突進した。彼はホリゾント幕の方に転倒していく。ホリゾント幕があるから、どうにもこうにも怪我はせずに済んだらしい。
ただ問題は、それで僕を……。
「人がいきなり逃げてる途中でなんだ!?」
と僕が言わずとも彼が進もうとした方向に炎の雨が降ってきて、分かったであろう。彼は文句も言わず、ただただそこに座り込む。
そんな彼を僕は思い切り叱咤する。
「早く逃げましょうよ! 死体に」
ぶちゃり。口の勢いを止められなかった僕は「なりたいんですかっ!?」とまで言ってから、何が起こったかを理解した。顔を真っ青にして。
立ち上がろうとした宍戸教諭もまたも驚いたのか、燃えているカーテンの方の方へと転びそうになる。
振り返って、確かめた。
そこには小柄な体の麗良さんがいた。血まみれになり、首を曲がってはいけない方向に回し、幕が閉じた観客席の方をじっと見つめていた。
まるで最期に自分にも観客の喝采が欲しかったとでも言うように。
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