Ep.3 人気アイドルのスキャンダル

「サークルの顧問をしてる教授の家に脅迫状が届いたんですって。この舞台宛てに。あっ、ここだけの秘密よ。守秘義務があるから君にも隠そうと思ってたけど。見抜かれたら秘密も何もないわよね」

「ええ」

「まぁ、ワタシはSNSの人達に相談したけど答えは返ってこなかったわ。ライバルとしてアンタがどう推理するか聞かせて」

「あれ……守秘義務何処に行ったんですか!?」

「まぁまぁ……それよりも脅迫状のことを聞きなさいよ。真剣な話なんだから」


 彼女は口をすぼめて残念そうな顔をする。そこから吐かれた言葉がぐさりぐさりと僕の心に刺さっていく。

 本当に事件が起きようとしている。

 誰かが悪意をこの舞台に持ち込んでいる。


「はいはい……で、どういうことが書かれてたんですか? 舞台を中止しなければ、誰かが死ぬ……とか?」


 サスペンスにありそうな文を想像していた僕。きっとコンピューターで書かれたか、新聞紙で切り取ったか。どちらかの文字が脅迫状を彩っているのだろう。

 そう思っていた。

 最中、彼女は右頬を上げて、おかしな笑い方をする。僕が「何だ?」と不思議に思ったところでネタ晴らしがやってきた。


「誰かが死ぬとは書かれてないし……ミステリーによくある脅迫状のようなもんじゃないらしいの」

「えっ? ええと? 本文は?」

「ああ。ごめん。レイラちゃんから、その話で相談を受けただけで。本文は貰ってないんだけど……それより重要なのは文よりも……雰囲気よ」

「雰囲気?」

「『ぶたいをもやします』って内容を」


 内容が何だと僕は唾を飲みこんで、復唱した。


「『ぶたいをもやします』……が?」

「平仮名で全部書かれていて、回りには動物の絵が沢山描かれてたそうよ。まるで幼い子供がマーカーでお絵描きしたみたいに」

「……はぁああ!? は!? はわ!?」


 驚きのあまり、「わう!?」とアメリカナイズされた声を出してしまった。脅迫状のたぐいとして、緊張感がない。

 情報から想像できる脅迫状。子供っぽい内容が逆に読んだものの恐怖心を煽るかもしれないが。

 それだったら、普通にパソコンで書いた方が良い気もする。ふざけた内容でなく、真面目なもので書いた方が要求は通る。爆弾予告で休校になる大学の話など幾らでも聞くし。と思って考えていると、知影探偵から新たなる情報が飛んできた。


「ああ、一応言っとくと舞台を止めろとかって言う直接的な要求はなかったそうよ」

「ない……遠回しに犯人は伝えたかったんですかね」

「そうかもね。でも、まぁ、そんな犯人の要求は通らず、ワタシが間接的に調べ始めちゃってるわね」


 知影探偵の言葉によっとハッと思わされたのが、犯人が脅迫状を出しているのにこうして舞台が始められようとしていることだった。

 何か危険性があると思いきや、学校側は何の対策も取っていない。生徒が一人友人でスマートフォン中毒である探偵を連れてきただけだ。

 完全に悪戯だと考えて、信用していない? 

 それとも犯人が分かってもうとっくに捕まっているが、知影探偵や麗良さんは真実を伝えられず、はぶられているだけか?

 前者の考察を使い、生まれた推論を僕は口にする。


「ううん……誰かが笑い飛ばしたか。強制的に舞台をやろうって言ってる人とかいません?」

「えっ? どういうこと?」

「一つの考えなんですけど、後からこんな変な脅迫状が来たけど、自分は笑い飛ばして勇敢、果敢にも演劇を終わらせましたって自慢しようとして、こんな手紙を出したとか?」

「ああ……ってことは、この脅迫状は……!」


 と気付いた瞬間、近くの壁からとんでもない轟音が響き渡る。そちらの方をすぐさま向いて確かめると、麗良さんが髪の毛を逆立て、拳を壁にぶつけていた。

 彼女はそのまま知影探偵に推理が正しいか確認を入れた。


「それって、正しいの!? 知影!? 本当ね! 本当の本当に本当ね!」


 知影探偵の方は麗良さんの圧から逃げたかったのか、頷いていた。僕を指差しながら。

 あれ、これ、間違っていたら僕のせいになるのか。

 「今のは僕が勝手に考えただけ」と否定するため、僕は麗良さんに声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ってください。違う可能性もあるんですよ?」


 自分の想像で誰かが聞いているとは思わなかった。その意思を伝えようとするも、受け取ってはくれなかった。


「可能性だけで問題ないわ! 今回の主役を奪った美空。アイツが犯人で間違いないのよ!」

「何で、そう決めつけちゃうんですか……ってか、主役を奪われたというのは実力云々で……単なる嫉妬じゃあ」


 僕の止めに彼女はぶっきらぼうな様子で舞台の方へ来るよう、手招きした。


「うるさいうるさいうるさい! 来なさい! そして、この状況を見なさいよ!」


 そう言われて、無理矢理舞台袖まで連れてこられた僕と知影探偵。そこで見た光景に知影探偵はスマートフォンをそろりと出しそうになっていたので、僕が止めておく。

 僕は震える手で知影探偵が美空さん達を盗撮するのを阻止するも、眼は止まらなかった。どうしても視線は美空さんと舞台の前にいた男性と抱き合ってる方へと向かってしまう。


「ち、知影探偵……やめてください。SNSとかで拡散して事を荒立てないようにしてください」

「わ、分かってるけど……有名な舞台の先生と生徒の不倫は見過ごせないなぁ」

「えっ……えっと……不倫なの?」


 恋がここまで進展しているシーンを見慣れていなかった僕は取り乱す。それを何の情報も持ってないから混乱していると考えたらしき麗良さんが、いつになく優しく教えてくれた。


「そうよ。宍戸ししど教授はちゃんと奥さんもいるのよ。でも、生徒の美空とも秘密の恋を育んでしまったようなのね」

「……はぁ」

「だから逆らえない。美空に逆らえない。だから大事な役は全部あの子のもの。頼むことは全部、聞いてくれる。で、宍戸教授も有名な舞台の先生だから、皆の言うことを聞くしかないの。始まる前の昼休憩だって、舞台は美空の貸し切りよ。本当は他の皆が舞台の上で最後のチェックをしたいってところなのに、ね」

「昼休憩は貸し切り……」

「分かってるわ。きっとその中で脅迫状に書かれたことをやるつもりよ。どっかに火でつけて燃やして……でも、それで燃やして……その中でもちゃんと役を演じて観客に予想が付かないハプニングでもアドリブで……か。脅迫状なんて怖くないってことを見せつけて、話題性を生み出し、今より人気になるつもりなのよ。分かってるわ。あの子の性格、他の誰よりも」

「ああ……そういう考えがあって。美空さんが疑わしいって、そういうことでしたか……でも、何か、生き生きしてません?」


 僕の質問に麗良さんはスマートフォンを手に持って、ニヤリと笑う。画面に教授と美空の不倫シーンを写しながら、高笑い。


「だって、こんなにあからさまなところを見れちゃったからね。たぶん、何かやってるなぁとは思ったけど……まさか、ここまでとはねぇ。ふふふ……いいことができそうだわ。宍戸教授も美空も……ワタシの手の中ね」


 そんな調子に乗る麗良さんに知影探偵の方が忠告をする。


「変なことしないように、ね」

「分かってるわよ。問題が起きるようなことはしないわよ」


 薄ら笑いをする麗良さんのことがどうにも信用できない。何か酷いことでも起こさないといいけれど、と願うばかりだ。

 


 

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