Ep.2 疑惑のオープンキャンパス

 僕は衝撃的な出来事に我を忘れ、非常に失礼な質問をぶつけてしまった。


「な、何で二人がデートなんて!? こんな大学祭に!? えっ、付き合ってたんです!?」


 言ってから二人やこの大学に無礼なことを、と後悔した。手を前に出し謝罪の意を込める。

 そこで飛んできた部長の言葉。


「違う違う。単に知影先輩とは偶然そこで会っただけだ。オレはオープンキャンパスに来てるだけだよ。近くだし、結構うちの学校の卒業生も来てるんだぜ」


 僕は彼の発言に納得して頷いた。オープンキャンパスは高校生にとって将来を見据えるための大切な行事。自分が行く大学を選ぶための参考資料でもある。進学校にいる僕達は当然、参加しなければならないものだ。


「ああ……確かにそうでしたね。部長も意外と考えていたんですね。将来のこと」

「オレが何も考えないでいたって見えるのか……ってまぁ、一年生ながらもこうやってせっせとオープンキャンパスに励んでるお前には負けるか」

「いや、違うんです。実は……僕は単にここでやる舞台の手伝いに来てるんですよ」


 その説明をすると部長は懐からパンフレット的なものを取り出し、確認し始めた。そういや僕も来る時、パンフレットを貰った気がする。何処かに置き忘れてきてしまったが。


「ええと、お前が手伝っているのはすぐそこのホールで十三時半からやる『夜の国』とか言う劇か?」

「そうそう、それそれ!」

 

 『二幕構成で演じられる豪華絢爛けんらんな舞台をどうか!』とポップな文字で書かれているのを横からちら見させてもらった。


「あっ、それって! 氷河くん! ごめん」


 話から外され、空気と化していた知影探偵も部長が持つパンフレットを僕を押しのけ、凝視した。

 押されたあまり前に転びそうになった僕は彼女へ文句を告げようとする。


「ちょっと! 何するんですか?」

「いやぁ、違うのよ。今日来た目的がそれだったから。ああ、すぐ近くだったのね。思いっきし、探しちゃってたわよ」

「ん? 知影探偵はここに来ようと?」


 文句よりも彼女がしていた行動についての疑問を思い出した。部長はオープンキャンパスと聞いて分かるが。彼女は大学生のはず。自分の通ってる大学であれば、大きなホールが何処にあるか迷いはないだろうし。違う大学なのだろう。

 言っちゃあ悪いかもだけれど、こんな小さい大学の創作劇に何の用があるのか。彼女は人差し指を上に向け、明るい雰囲気で理由答えてくれた。


「そうよ! 友達が出るんだもん。応援しなくちゃ、ねってことで!」

「なるほど……誰でしょう?」

「レイラちゃんよ! 彼女から特等席の券をもらったし!」


 そう言って彼女は持っているポシェットから招待券を取り出した。ついでにパンフレットもそろりと落ちていく。「ああ、見つからないと思ったら!」などと戯言を。

 彼女がパンフレットを拾っている間に知影探偵と麗良さんが似合っているなと考える。良く言えば気が強くて自信がある、悪く言えば傲慢知己ごうまんちきなところもそっくりだ。気が合って、結構良い友人になったのであろう。


「じゃ……まぁ、ゆっくりね」


 彼女達の行動が理解でき、満足した僕は彼女達から別れていく。早く飲み物を買ってこなければ、と。

 そんなこんなで買い物をしているうちに、ふと疑問が浮かぶ。実際に言葉を思い付いたのはコンビニで貰ったレシートを見た時だった。

 まだ十時五十分。十三時までまだまだ時間はある。場所を取っておく必要が、とかならば分かる。ただ彼女は特等席と自分の席を知っている。よって速く来なくてもいいはずだ。

 差し入れをするにしても、何の手荷物もなかった。他に事情があるのだとしたら……と僕は思った途端、顔を下へ向けた。

 不安になるのが僕の悪い癖。

 本当に何もないんだってば。確かに感情がごちゃごちゃしている舞台裏ではあった。だとしても、だ。世の中、そんな場所はたんとある。もしかしたら今いるコンビニにだって悪意はあるかもしれない。

 悪意はあっても事件が起きるとは限らない。まさか、知影探偵が何かを起こす訳ではないのに彼女の姿を見て、事件を想像するのは非常識だ。

 そう心に強く言い聞かせたはずなのに。

 僕はコンビニの袋と何本ものお茶を腕にぶら下げ、知影探偵の姿を探していた。ホールの方へと走り、裏口にいた桐山先輩にペットボトルを渡しておく。


「すみません。先輩……今から何か手伝うことは?」

「今のところ何も。休んで……って氷河くん!?」


 彼が止めるのも待たず、僕は動かせてもらった。舞台裏の方に麗良さんの姿はなかったと言うことは控室か。予想なら知影探偵はそこで麗良さんと話しているはず。そう推測し、思いきり控室のドアを開けようとしたが。

 危ない。

 ここは女子の控室。間違えてでも入ったら、処刑の対象となり得る。僕が事件の被害者となってしまうし、気を付けなくては。

 汗だくで近くの壁に手を当て、何度も深呼吸を繰り返す。それなのに。着替え途中の麗良さんが現れた。小さいながらも膨らんだ胸、肌の色が見えてしまっている。彼女の顔が真っ赤に染まり、いきり立って僕の股間に足蹴りをした。


「ちょっと! そこに突っ立ってんじゃないわよ! トイレの邪魔でしょ!」

「ぐっ……!? うわぁ!?」


 僕はちゃんと気遣ったはずなのに。それなのに麗良さんは目も暮れず僕を飛び越えトイレの方へと消えていく。

 何で僕がこんな目に、と絶望しながら床に倒れ込む最中、知影探偵の声を聞いた。


「……氷河くん。気を付けないとね……本当。こういう舞台裏に不用意に近づくのは命に関わるかも……」

「う、うん……それよりも」

「それよりも? 何よ?」


 痛恨の痛みを根性で我慢した。

 僕は股間の苦しみを耐え抜いて、再びしっかりと立ち上がる。控室から予測通り出てきた知影探偵に聞いてみなくては。

 

「本当にこの舞台に来た理由……友達だから……ですか?」

「えっ、麗良ちゃんが友達かって疑ってるの!? 確かに彼女は有名人だけど友達よ」

「えっ? 有名人?」

「うん。この演劇サークルの他に美空って子とアイドルユニットを組んで。地下アイドルもやってるのよ。SNSでは話題の有名人よ!」

「ああ……そっちの……って、僕は知影探偵が有名人が知り合いとかそういうのを疑ってるんじゃなくて」

「そっか……ちょっと誤魔化してみたのに。バレたか。はぁ、バレるよね。君みたいな鋭い名探偵君には……」


 今は、探偵に対しての否定よりも彼女が隠しているものを知ることを優先した。このまま彼女を放っておくと、大変なことになりそうな予感がする。

 心が不思議な出来事の予兆を感じ取って、震えてるとしか思えなかった。

 

 

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