File.5 訳あり舞台と奈落のアイドル   (仮面舞台殺人事件)

Ep.0 手描きの脅迫状と招待状

 とある手紙が男の住むアパートのポストに届く。

 封筒は子供が好きそうなキャラクターのシールがペタペタ貼られていて、宛先は鉛筆で書かれているもののの送り主の名前は何処にもない。

 男は一瞬、子供がポストを間違えて自分の場所に入れたのかと思ったが。宛先に自分が勤めている大学の名前が書かれているものだから、間違いの可能性がないことに気が付いた。

 不思議に思って開けてみると、可愛い動物達がプリントされている便箋びんせんに更に、鳥やら犬やらがマーカーで描かれている。

 何でこんな手紙が自分の元に来るのか。そう思うも、問題は書かれていること、だ。

 手紙の文字の方に目を向ける。ただ、彼は自分の目を疑った。手紙がおかしすぎて、自分自身が狂ったのではないか、と。

 全て平仮名ひらがな。ミミズが躍っているような文字でギリギリ書いてあることが認識できる程度。自分の発している言葉で書いてあることを認識しようと、男は手紙を読み上げた。


「『……こんど……ぶたいにて、たのしいげきをやるようですね。とってもとってもたのしみです。たのしみでどきどきでよるもねむれません。なので、もやします。もっともっともえあがるようなぶたいにしたいとおもうので、わたしもきょうりょくさせてくれませんか。もえもえ、きゅんきゅん。ぜひとも、わたしのことをよろしくおねがいします』……はっ!?」


 男は二重の意味で驚いた。一つ目は間違いなく、手紙の内容だ。子供が自分達の作る舞台を期待するような手紙。ただ、その中に「もやしたい」などと不可思議なメッセージが込められている。

 この意味は「萌え」なのか。かといって、まだ漢字も使えないような子が「萌え」なんて言葉を扱えるだろうか。

 だとしたら、意味は「燃やす」という意味であろうか。

 

 その驚きを掻き消すようなことが一つ。ここはアパートのポスト。外にあるものだ。外で男が「もえもえきゅんきゅん」などと騒いでいたら、近所の人が不審に思っても仕方がない。

 彼は辺りの冷たい視線に気付き、固まった。これが二つ目の驚いたこと、だ。


「あっ、何でも……ないんです……し、失礼します……ひぇ……」


 男は手紙の内容に恐怖を抱きつつも、恥ずかしさに耐えきれず、自分の部屋へと逃げ込んだ。



 僕の元にも一つ。不思議な手紙が届いた。ボールペンで丁寧な字。夕飯のフランスパンを食べながらふむふむと読んでいく。


『虎川氷河くん。俺が大学の演劇サークルに入ったのは知ってるよね。その用事で君のような男に手伝ってもらいたいことがある。何も持ってこなくてもいい。今度の土曜日、九時、大学の舞台へ来てくれないだろうか。もし来てくれたら、君の口に焼肉をぶち込んでやる。この事実をゆめゆめ忘れぬように。君の先輩、桐山きりやまより』


 ……やれやれ。何か、面倒くさいことをされそうだ。だが、彼が焼肉店に連れてって奢ってくれるようなので良しとしよう。桐山先輩には色々、恩もあるし。

 疲れるかもしれないが、悪いことだけではない。いっちょ、行ってみようか。


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