Ep.14 完全黙秘のダイハード

 またも知影探偵がいる病室へとやってきた。目的は僕と連絡先の交換をするため、らしい。そうそう何度も他の人を通しての連絡交換も大変だと言う。

 連絡が終わった後、彼女はスマートフォンを触りつつも付いていたテレビに齧りついていた。

 今、流れているのは長谷川さんの事件に対するニュースだった。近くの百貨店でアルバイトをしている女性が事件に関わって、捕まったと言う報告。春木のことだ。

 そんなニュースに知影探偵はアヒル口で不満を呟いた。


「ワタシがもっと元気だったら犯人も捕まえられたんだけどね。まだチャンスはあるか? 春木の犯行を立証するか……それとも……」


 最中、一度彼女は僕の方へと視線を向ける。きっと僕が調べて謎を解いてしまうのだろうと思い、対抗心を燃やしているのだろう。かなり気まずい。足を後ろへ動かして、逃げたくなった。

 するとそこへ都合よく、電話が掛かってきた。電話番号は赤葉刑事のものだ。知影探偵に「ちょっと電話」と言って、病室の外へと移動させてもらった。知影探偵の方は「別にワタシのそばでもいいじゃない」と思っているようだが、彼女には伝えられない訳がある。


「はい、もしもし……赤葉刑事ですよね」

『ええ。ちょっとこの前の事件で聞きたいことがあって、電話したんだけどいいかな』

「ええ……何ですか?」

『何で内間さんが亡くなった時、自分のせいで死んだって。長谷川さんは気付けたのかな……? そこの推理を聞いてなかったな。この前、わたしに話をしてくれた時』

「あれ、言ってませんでしたか……。そういや、飛ばしてたかもしれません……」


 暗くなる話だった。もし話していないことに理由があるとしたら、僕の心が大半を占めていると思う。

 自分の過ちを認めることが辛かったのだ。


『で、どうしてなの?』

「長谷川さんは一番最初に近づいたんですよ。内間さんのところに。そこでたぶん、赤葉刑事が内間の自殺に疑問を持った原因……覚えてますか? テーブルの上に農薬の付いたものがなかった……って」

『うん。それで調べ始めたんだよね。もしかして長谷川さんが持ってったの?』

「まあ、持ってたと言うよりは気付かないうちに自分の服の中に入り込んだんじゃないでしょうかね。入っていたのに後で気付き、その中に毒か何かが入ってた……もしかして、その毒は内間が飲むものではなかった……春木に飲ませるつもりだったのかも……とさえ、考えれば、自分が犯した過ちに気が付きます」

『ああ……ポーチをひっくり返さなければ、内間さんは死なずに済んだって分かっちゃったのね』


 そう。あの時、僕が長谷川さんを止めていれば。探偵のように現場保存を重要として「死体に触るな!」と言えていたら。長谷川さんは死ななかったかもしれない。

 悔しかった。辛く、僕はその事実を噛みしめる度に唇に歯を立てていた。


「で、それだけ……ですか?」

『あっ、もう一つだけごめんね。内間さんのこと……彼の持ってきた食中毒の菌って、生魚とかを放置しとけばすぐに現れるものだから……たぶん、手に入れる難易度は低いんだけど……何でそれを選んだんだろう?』

「何でって……」

『ああ……ちょっと分かりづらい質問だったね。もし、内間さんから検出された菌が魚から得る菌だって分かっちゃったら、警察にもバレちゃうじゃない。こいつが食中毒騒ぎの犯人かもって』

「ああ……犯行が終わったら、きっとバレても良かったんでしょうね。バレても……店の中で死者でも出て、客が近寄らなくなったり、自分の店で出た食中毒で他の店とトラブったり……それをできるまでは警察に捕まらないようにだけど……たぶん病院で検査した後にはもう全て目標は達成できてると思うんです」

『な、なるほど。そんな復讐で妹さんは報われると思ったのかな』

「絶対報われないと思います。まだ妹は生きているんでしょう……目覚めた後、自分の復讐で兄やその友人……友人じゃないかもしれませんが、大切な人を失った妹はどう思うのか……」

『そこは他人事だからね。あんまり気にしないようにね。刑事も探偵もそればかり考えてたら、務まらない……って言っても、君は探偵じゃなかったんだよね』

「え、ええ……ただの一般庶民です」


 他人事、か。

 いや、違うのだ。

 僕は電話を切って、病室に戻って知影探偵の様子をうかがった。テレビを見ながら、そこで思ったことをニコニコ笑顔でSNSに流しているよう。そろそろ退院もできるだとか。

 そんな彼女が僕の帰還に気付き、声を掛けてきた。


「あっ、で……! 今回の事件……まさか真実が見えちゃったとかで、それで赤葉刑事と話をしてたとか、じゃないわよね」


 何でこんな時だけ勘がいいんだ。そう思うも、図星だと悟られてはいけない。僕は自然に呆れ笑いをして、返答する。


「んな訳ないでしょう。僕にだって、解けない事件の一つや二つありますよってか。探偵じゃないので、以前一つ二つ解いたのが珍しいだけです」

「そ、そうよね! プロのワタシには敵わないわよね! 最近はまぁ、そのアンタに事件を解かれることが多くてスランプ気味だけど」

「たぶん、そのスランプ……永遠……」

「何か言った!?」

「いや、何でもない!」


 おっと、口が滑って彼女に睨まれてしまった。

 そうそう、その位でいい。彼女が普通の人間として笑って、怒って泣いていられる程度が良い。

 絶対に言えない。

 彼女は長谷川さんに守られていた、だなんて事実。彼女が誤って、殺人をしなければ。もしポーチから砂糖を落としていなかったとしたら。

 彼女が口にした粉チーズの中に入っていたのは、農薬入りの砂糖だ。その場合、彼女の命が危ぶまれていた可能性だってある。

 その罪を悔やんで自殺した長谷川さん。

 知影探偵が真実全てを知ってしまったら、たぶん正常ではいられない。意外なことにも彼女が打たれ弱いことを知っている。彼女が探偵として、しゃしゃり出ていったことを悲しむかもしれない。一生のトラウマになるかもしれない。


 だから僕は警察に真実を公表しないようお願いした。実際、狐目の女刑事も僕の頼みを受け入れてくれたからこそ、ニュースに犯人の名が出なかったのだろう。

 赤葉刑事にも知影探偵にはこの事件が解けていないと伝えるよう、頼んでおいた。彼女に狐目の刑事にも、また感謝しなくては。

 

 僕の憂いで報復喫茶殺人事件は表舞台では迷宮入りとなった。

 知影探偵が亡くなった長谷川さんの殺人を完全に理解し、事実を受け入れるまで。強く生きていけるように成長するまで。

 哀しすぎるこの事件は闇に閉ざされていた方が良かろう。

 

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