Ep.13 最終決戦のストローク

 長谷川さんが作ったものがどのように作用したか。僕は持てる限りの根拠を提示しながら、説明した。


「蓋から埃が無くなっていたので、きっと二人共蓋の上に座っていたんでしょう。長谷川さんは首に縄を巻いて、手前に。奥に春木がそのまま。で、春木がドアノブを開ければ、トイレの外側のドアノブにあった縄が長谷川さんを引っ張ります」

「……そんなことが可能なのか? もし、まだ首を吊ったばかりで助けられてしまえば、長谷川は言い逃れはできないぞ」

「ううん、一番はドアノブを引っ張ったことが長谷川さんを殺す原因となった、と思わせるだけでいいですから。思いきり、トイレの蓋を踏み台にして、飛んだんだと思います。で、首を吊る中、勢いよく壁を蹴って春木を起こしたんじゃないかと」

「そ、そうなのかっ!?」


 それから僕は春木が行ったことも解説する。


「で、自分が殺人犯……元々、食中毒騒ぎが起きそうになった時も証拠隠滅に勤しんでいた春木です。きっと、これは自分のせいじゃないと考え、死体遺棄を始めたんでしょう」

「トイレにいた彼女を外に放り出し、さっき言ったように仕掛けや自分がいた痕跡や残った縄の痕跡だけを慌てて消したのか」

「ええ。外に出すことで埃も消え。その上で、縄をほどき、ピンと張った状況にした。首吊りだと警察に思われたら、自分が引っ張ったせいで死んだ。自分が殺人罪として逮捕されるんじゃないかって怯えて……ね」

「そうやって、たまたま通り魔の手に引っ掛かって死んだように見せかけたって訳か。春木が」

「ええ。で、公園から出るところを酔っ払いに見られてたようなんですがね。で……その後、警察に電話をした。流石に人として、他人が死んでるところをそのまま放っておくこともできなかったんでしょうね」


 春木の最後の選択だけは認めてやらんこともない。彼女がもし通報していなかったら、僕はずっと春木を殺したのだと思い込んでいただろうし。

 なんてところで、狐目が僕の推理に納得しているふりをして、状況を大きくひっくり返してきた。


「それが、春木の狙いだったら?」

「えっ?」

「春木がこの仕掛けがあったように見せかけようとして、長谷川を拉致したという可能性はないのか?」

「……ああ、そんなことですか。完全にないです」

「何故だ……」


 呆れの溜息を一回。目くじらを立てる狐目に反論した。


「当たり前ですよ。春木にどうやって拉致されるんですか? 何にせよ、長谷川さんと春木にあまり接点はありません。ただ長谷川さんなら、春木の帰る時間が百貨店の営業時間などと考えて、だいたい予想できますし。最悪待ち伏せでもすればいいんですから。彼女なら、可能なんです」

「そんなの逆に春木が麻酔薬か何かを持った長谷川を返り討ちにして、その仕掛けを使ったというのもあり得る」

「あり得ないんです!」

「何でだ? 麻酔薬じゃなくてもいい! 何か、殴るだけだって長谷川を眠らせることは可能だ!」


 ここで僕は赤葉刑事から得た情報を使わせてもらう。


「それは違います! 長谷川さんの死因ですが、どうやら首を絞められ一発でやられたそうじゃないですか。しかも、縄などに抵抗した跡もない。一発と言うことは体から麻酔薬も検出されなかったってことでしょう?」

「ううっ!? で、でも……それは本当に! 本当に長谷川が狙ってやったことなのか?」


 狐目にとって最後のあがき。そこへ証拠を突き付けてみせよう。僕がそう気張ったところでちょうど良く赤葉刑事が百貨店の中からこちらへ向かってくる。

 僕が頷くと、そのまま調べてもらったことを報告してくれた。


「見つかりました。一階のトイレの防犯カメラに。『清掃中』の看板をこっそりではないかな。リュックの中に入れて持っていく長谷川さんの姿が……入る時は小さいリュックが膨らんでたから、間違いないと思う!」

「えっ? それが何なんだ!? リュックなんて現場に……看板は……あっ!?」


 赤葉刑事の不意打ちに戸惑う狐目。僕が教えてやろう。


「リュックは長谷川が家に持って帰ったと思います。防犯カメラがだいたい回している時間ならば、百貨店は営業中。まだ春木はバイト中だと思いますし。で、看板は分かりますよね。必要だったんですよ。もし、仕掛けをやっている中で他の人が入ってきたら計画は失敗。他人がトイレに入らないようにしたんですよ」

「あの看板が……まさかっ!?」


 自分が見過ごしていた看板に面喰っている狐目。これで終わりだ。


「これが長谷川さんのした推理を証明するものです! きっと春木はトイレから出る時、慌ててこれを蹴り飛ばし、処理を忘れてたんでしょうね。だから警察の目には悪戯で置かれたように思えてしまった……。でも、僕は、赤葉刑事はここに注目して、このような真実を導き出しました! 納得していただけましたかっ!?」


 僕の言葉に顔に手を当てて「くくく」と笑い始める狐目。どうしたかと思えば、壁に腰を寄りかけて怒り出した。


「探偵風情が……警察に! 警察に……!」


 赤葉刑事も何歩か引いている。警察の総力が押し負けたことに関して、悔しさを感じているらしい……。

 そうだよな。調子に乗り過ぎた。探偵として戦ってしまった。やはり、こんな自分が嫌いだ。

 真相を見つけるためにやり過ぎてしまった。だから、僕は後悔すると同時にある意図を抱えて口にする。


「この推理、全く参考にしないでくださいね」

「あっ!?」


 この発言に狐目どころか赤葉も口を開けて驚いていた。当たり前なのかも、だ。ミステリーに登場する探偵は謎を解いて、警察に動いてもらうイメージが大きい。警察に自分の推理を堂々と話し、挫けさせてから「今の推理聞かなかったことにしてくださいね」なんて探偵はほとんどいない。

 

「なので、春木が殺人を犯していない。そこだけ理解して、後のことは全部忘れちゃってください。誰にも……言わないでください。赤葉刑事もここだけの話でお願いします」


 赤葉刑事から出たのは、「はぁ」。狐目は目を見開いて、僕のことを疑問に思うよう。


「お前は目立つためとかじゃなく、警察の鼻を明かそうだとか、思っているんじゃないってことか……?」

「……そんなこと考えてもいませんでした」


 狐目の刑事はやっと僕の言葉に本当の意味で納得する。その証拠にこう言ってくれた。


「分かったよ。お前の推理なんてアテにしねえよ。忘れとく」

「お願いしますね……僕は何もできなかった、阿保ですから。愚か者ですから……こんな悲しい事件を止められなかった僕の推理になんて、忘れてください」


 こんな僕に大いなる疑問を持ったのが赤葉刑事だった。


「ど、どうしたの? いきなり、しょんぼりしちゃって……」


 最初に連絡した時打ち合わせをしておいて。証拠を用意してくれた彼女に感謝し、その後に一言大事なことを付け加えておいた。


「いいえ。大丈夫ですよ。今日はありがとうございますね……。そうそう。このこと、特に知影探偵には秘密でお願いします」

 

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