Ep.12 思想継承のテロリスト

 僕が出した真実に狐目は少々足踏みしつつ、こちらに一つの答えを迫った。


「ちょっと待て。何で内間は間違えた。農薬入りの砂糖と食中毒菌入りの砂糖を何で間違えたんだ。生死に関わる問題だ。普通、間違えるか?」

「間違えた理由があるんですよ」

「どんな?」


 その答えを告げるために僕は事件当時、内間が目論んでいたことを解説する。


「内間が自殺をほのめかすような書置きをして、探偵と言う見張りを頼みました。僕が考えるに二階の喫茶店に内間が立ち寄ったのは砂糖を貰ってるのを見張っている人に見せるためでしょう。で、実際五階で砂糖の摂取で食中毒の事件が起きたらどうなると思います?」

「それが間違える理由になるのか……分からないが……ここの五階の喫茶店の連中は罪を二階の喫茶店の奴に押し付ける。で、その後に違うことが発覚するから……そうだな。二階の喫茶店の奴からは今以上に、悪意を向けられるだろうな。疑われた報復として……これも内間の復讐だったのか」

「ええ。この百貨店の中に居づらくさせるためのね。では、今から答えを出します。そんな計画があった中、砂糖をポーチの中に入れた内間……彼が」

「彼が……?」


 狐目が強い声で復唱するのを聞きながら、思い起こす。

 自分の筆箱から物が零れ落ちたことがヒントになって、この真実に気付いてしまったんだよな、と。

 悲しい真実を受け入れて、僕は推理を口にした。


「彼が……トイレに行った隙に置き忘れていたポーチの物を全部零し、滅茶苦茶にした人がいるんです。それを直してポーチに入れる時に……変わってしまったんでしょう! 砂糖の位置が!」

「位置が変わった? 何故、位置で農薬と食中毒の菌入りの砂糖を別々にするんだ? マークでいいじゃないか」

「マーク付きの砂糖だとそれを置きっぱなしにした時、気付かれてしまうじゃないですか。かといって、使った砂糖のゴミを持って帰ると言うのも不自然ですし。できる限り、その場で不自然に思われ、食中毒騒ぎが起きる前に通報され、目論見が失敗することは避けたかったでしょうし……」

「そ、そういうことか……」

「きっと食中毒の菌だけはメモ帳か何かに挟んで区別してたんでしょう……」

「その説明はいい。誰だ!? 真犯人は誰だ!?」


 ……分からない。真犯人と言う呼び方でいいのか。いや、しかし、この連続殺人を引き起こした犯人であることには間違いない。

 呼ばせてもらう。


「この事件はたぶん、故意に起こったものじゃありません。犯人すら予測不可能な殺人だったんです……! 長谷川えみ。彼女こそが、この事件の犯人です!」


 今はもうこの世にいない人物、だ。この推理が間違っていれば、彼女の名誉を汚してしまうかもしれない。

 だから一つ一つ慎重に。それでいて狐目に自分が真剣だと言うことを伝えるため、一つ一つを重いトーンで話していた。

 狐目が僕の言葉にこう返す。


「彼女が……被害者が犯人だったと……。じゃあ、春木は内間の仇討ちをしたと言うことか!?」


 その勘違いを瞬時に否定する。


「違います。長谷川さん……を殺した犯人も長谷川さん……です」

「はっ!?」

「自殺だってことですよ。長谷川さんは春木を利用して、自殺したんです!」

「ちょっと……待て!? 長谷川の方が自殺だと……!? 何でそうなる!? 内間を誤って死に追いやったことで自殺と言うのは分かるが、何故それに春木が巻き込まれるんだ!」


 ここが少々この事件の難解なところである。長谷川さんの自殺はたぶん、間違いだとしても人を殺してしまった後悔が根源に存在していると思う。しかし、それだけではない。

 僕は自分の考えを言葉として紡いでいく。


「きっと、長谷川さんは受け継いだんだと思います」

「えっ?」

「内間の復讐を……特に、一番恨んでいたと思う春木に対して罰を与えるためにこの事件を起こしたんだと思います」

「つまり……春木に殺人と言う重い罪を着せようと……?」

「ええ」

「んな訳あるかっ!?」


 僕は彼女の叫びを聞いて、咄嗟に身構えた。それから彼女がどんな情報によって自分の意見を否定しているのか、尋ねてみた。


「どういうことです?」

「春木が殺人犯じゃないとしたら、堂々としてりゃあいいだろ。通報だって、別に怖がらず。警察にも、びくびくする必要はない。そもそも事件現場から何で逃げる必要があるんだ!? 第一発見者として名乗りを上げられない理由が彼女が犯人だ、以外にあるのか?」

「……僕が最初に言ったことを忘れたんですか?」

「何っ!?」


 彼女が顔を酷く歪めて、反応する。そこへ僕は推理を叩きつけた。


「言いましたよ。春木がこの事件をややこしくしたもの、と……ええ。たぶん、僕が思うに春木は殺人は行っていないが、死体遺棄はしたと」

「死体遺棄!? あの公園の中でアイツは首を絞められたんじゃないのか!?」

「ええ。たぶん、公園の中。そして普段は誰にも目立たないところで長谷川さんが自分で自分の首を絞めたんだと思います」

「はっ!? 目立たない……トイレで自殺を図ったと言いたいのか!?」


 僕は懐からスマートフォンを取り出して、公園のトイレで撮影した写真を見せつける。

 妙なところだけ綺麗になっているトイレの中。蓋やらドアノブやら。そこから分かる事実を狐目に伝えておく。


「ええ。その痕跡として、色々拭かれていました。たぶん痕跡を消すために……。少々厄介なトリックですが。手前の個室に入った長谷川さんが自分の首にわっかにした縄で首をくくり、もう片方の縄の端を一度、手前の個室から奥の個室に放り投げます。そこを通し、奥のドアの下にある隙間かドアの上に縄を通し……」

「それから?」


 手前と奥の個室にあった仕切り。その上が何かを通ったように埃が取れていたのは、この仕掛けがあったからだろう。


「縄を奥の個室の入る方のドアノブに巻き付けます。ここのドアノブが綺麗になっていたのは、たぶん春木が縄から出た繊維を隠すためでしょうね」

「ん? 何で春木がそれをやることになるんだ?」

「ああ、そうですね。長谷川さんが春木にどうやって罪を擦り付けたのかが関係してきます。たぶん、長谷川さんは春木のバイトが終わって帰ろうとしているところを後ろから麻酔か何かを嗅がせて奥のトイレに連れ込んだんでしょう。その仕掛けがセットしてあるトイレに、ね」

「お、おい、と言うことは!?」


 狐目も気付いたらしい。長谷川さんがお手製で作った自動殺人マシーンの恐怖を。それが如何に春木へ衝撃を与えたか、と言うことを。

 

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