Ep.9 絶対可憐のアドバイザー

 次にするべきことは、容疑者や被害者の行動を確認すること。僕の思考が合っているのか、知りたかったから。それだけで今回のトリックについて分かる訳ではないのかもしれないが。ある程度、伏線があったことが分かれば自信に繋がる。逆にその中で否定するようなものが見つかれば、絶対この真実ではなかったと判断できるし、少しは進展があるに違いない。

 早速トイレから出て、僕は知影探偵に質問をぶつけていた。


「あの、知影探偵。長谷川さんとは、あの事件の後にも交流は続いていたんですか?」


 彼女もトイレから出てきて、首を横に振る。その表情は何ともやりきれなさそうなものだった。


「それが……あの日、帰った後、すぐに本当に自殺だったのかな……と電話が来てね。まだ分からない……って言ったら、そのまま電話が切れちゃって……」

「後は」

「音信不通……何回か、電話を掛けてみたけど……電話が切られてるみたいで全く……ワタシがもっと優秀だったら、何とかなったかなぁ」

「分かりません……」

「そうよね……」


 知影探偵は溜息を吐いて、相当落ち込んでいる。長谷川さんの力になれなかったことがショックでもあったのだろう。まぁ、だからこそ彼女が死んだ真実を知りたくて、病院から抜け出してきてしまったんだし。

 憂鬱で酷く臭う空気。赤葉刑事が精神的にもきつくなってきているからと、一旦トイレから出ることを提案した。


「そろそろ……出ましょ。結局、おかしなことは分かったけど何が何だかだよねぇ……」


 知影探偵もそれに応じ、「ええ……」と声を出した。その後に暗い声で推理を披露した。


「もしかして電話に出れなかったのって……何者かに電話で脅されてたから……それで出れなかった。きっと誰かがやった罪とかを知っちゃって。でも、それに応じず無視した長谷川さん。結局、この公園を通り掛かった際に襲われてしまう……」


 そのどうでも良さそうな矛盾した推理を一応、否定しておく。たぶん狐目の刑事と似たようなことを考えているはずだから。


「たぶん……それは違うんじゃないですかね。知影探偵は長谷川さんが誰に殺されたんだと思います?」

「ううん、罪とかを知ったってことは春木ってウェイトレスか、そこのデパートの……」

「そんな危険なところに夜、通り掛かります? わざわざ脅迫犯がいるかもしれない場所の近くに」


 知影探偵はお得意の「ううっ!」と唸る声を出す。自分の推理が間違っていることに対し、更に赤葉刑事の方からも追い打ちが掛かる。

 まぁ、追い打ちと言っても酷いものではない。少々言いにくそうに頬を掻いてから彼女が情報を告げただけだ。


「被害者の携帯電話には不明なものはなく……ええと、不審なものだとしたら……その知影ちゃんの数十件に渡る電話位かなぁ……」


 知影探偵は固まった。自分が一番の不審人物になっているとは夢にも思っていなかったのだろう。しかし、何度電話をしているのだ。メールでも一回か二回送っておくだけでも良かった気がする。

 硬直が解けた後は僕達の発言を踏まえ、もう一度考えたことを口にしていた。


「も、もしかしたら……逆に誰かを脅迫しようとしていたとか……それで殺された……? それなら電話に出なかったのは長谷川さんが脅迫という犯罪に手を染めようとして、ワタシが怖くなったから? 周りが怖くなったから?」


 その推理、違うよ……そう指摘しようとしたところ、知影探偵はうずくまった。


「知影探偵!? 大丈夫ですか!?」

「知影ちゃん!?」


 僕と赤葉刑事が同時に彼女に声を掛ける。どうやら腹の痛みが最高潮らしい。このままでは、調査どころか推理どころではない。事件現場に今度は食中毒患者だとか何とか更にややこしいことになってしまうし。

 心配した赤葉刑事は自分が近くに停めた車で彼女を病院に送ると言ってきた。


「取り敢えず、これ以上の収穫は見込めそうにないし……わたしは戻ってきたら、百貨店をもう少し調べてみようと思う。待ってなくてもいいからね」

「ええ。そうします」

「後、学校には事情聴取等で遅くなったって言っておいてね。わたしからも連絡しておくから」

「……そういや、今日学校だったな……」

 

 彼女に従い、解散することとなった。面倒くさいが、遅刻した理由を事件のことと交え、教師に伝えて教室に入る。

 好奇心旺盛なクラスメイトから何回か事件のことについて聞かれたけれど。取り敢えず、スルー。

 僕は探偵じゃないし。事件現場から個人情報が流れたら困る。下手に外へと事件のことを口外しない。何処からか探偵らしいと侮辱の声が聞こえてくる。だから違うのだ。探偵行為なんてするつもりはなかったのだ。

 皆が僕の筆箱を落としてまで、近寄って質問攻め……どうやって逃げるかを考えることだけで精一杯。事件のために思考を回転させることも休むこともできないな。

 そんな疲れまくる木曜日の授業を受け終わった後。帰り道を歩きながら、あるスマートフォンの着信を受けた。


「あれ……美伊子!?」


 ライブの着信。アプリを開くと、画面の向こうで彼女が喋ろうとしていた。今は話せるかと心を飛び跳ねさせた。しかし、どうやら今日も僕の話は美伊子に繋がらないらしい。

 彼女が一方的にストーリーを語る配信だった。


『今日は復讐についてお話をしましょうか』

「復讐……!?」


 今回も事件に関する話だ。何か僕へヒントを与えてくれるのだろうか。

 偶然なのか、それとも必然的なのか。今、僕が欲しがっていたのは動機だった。犯人の動機があまり良く分かっていない。そもそも内間さんの自殺については全く覆っていない。彼の自殺についても疑問は残っている。結局、彼はあの場所で死ぬことが復讐だったのか。


『今日は兄を殺されて復讐に走る女の子の話をしましょうか。その女の子は兄を兄の友人であった人物に会社倒産の責任を押し付けられ、自殺に追い込まれました』


 今日もドラマだ。哀しい雰囲気の。


『その女の子は本当にお兄さんが大好きで。慕っておりました。死んだ時も後追いをしようとする位に、泣き喚いていました』


 少々、長谷川さんの状況に似ているな、と思った。彼女も倒れた内間さんの近くで涙を流し、悔やんでいた。


『そんな苦しみから数か月。彼女はまたまっとうに生きていくことを望みました。普通に生きて、普通に恋をしようと。望みました。生きていく力を。働くことで生きがいを……そう願っていたのですが……』

「……出会っちゃったんだね」

『兄を自殺へ追い込んだ。ほぼ殺したと言っても、間違いのない男に仕事先で出逢ってしまいました。その男が妹である女の子に会うなり一言。……兄のことは不運だったな、と』


  

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