Ep.7 直接対決のクライシス

 僕は深呼吸してから一声。


「ちょっと待ってください」


 狐目の女刑事が僕の乱入に反応しない訳がなかった。ギラリと光る彼女の眼には邪悪な覇気が漂っていた。


「何だ……藪から棒に。何が待ってだ! 一般人はすっこんでろ!」

「一般人じゃないです! この人が事件に関わってるってなら、僕は文句を言わせてもらいたいですね」

「はぁ……? ああ……確か、お前と春木は先日の事件の容疑者だったな……で、自分が事件に巻き込まれたから探偵の真似事ができると思ってんのか? テレビの見過ぎだ馬鹿野郎!」


 僕も力の籠った腹の声で対抗した。

 彼女の反応で気付いたのが、僕の愚かさだった。刑事に対して異論を放ち、自分の推理を語るなんて……これ以上、探偵のやるような行動もそうそうないだろう。

 しかし、そうは思っても戦わねばならない。探偵になったとしても、真実が有耶無耶になることは嫌だ。この殺人事件が皆の心を傷付けたまま終わるという事実は我慢できない。

 心に「真実を暴く」決意を持って、再び言葉に命を宿す。

 

「テレビの影響を受けてるかどうかなんて、今はどうでもいいです。強引に春木さんを疑ってるようですが、一つ。そんな春木さんが自分から通報しますか?」


 勢いを付けた言葉に狐目の「どうでもいい」と言わんばかりの反撃が炸裂さくれつした。


「どうせ良心の呵責で通報したんだろう」

「だけど、今、ここで違うって言ってますよ」


 春木は勿論のこと、他の警察官に「やってないって言ってんの!? はぁ? ふざけないで! 訴えるわよ!」と叫んでいる。

 そこに狐目は理由を発言した。


「そんなの一応、怖くなって通報したけど……後から捕まることが嫌で否定する奴なんて幾らでもいんだよ!」

「それでも、おかしいです……」

「何がだっ!?」


 今度は僕の番。


「もし、春木さんが犯人としてですよ。それじゃあ、長谷川さんを殺害した動機は何です? この前の事件絡みだとは思わないんですか?」

「それ絡みだったら何だと言うんだ!?」

「内間さんを自殺に見せかけて殺害した犯人は春木さんでもある。で、長谷川さんは偶然にも殺害の証拠を見つけて……口封じをした」


 僕は以前の警察の捜査を否定するような発言をした。狐目の刑事は当然、口を引きつって怒りを露わにしようとしていたが。

 その前に何か素敵なことを思い付いたようだ。舌なめずりをしてから、僕に顔を近づける。


「……ん? 別にそれなら、問題ないじゃないか。結局、春木は殺害する動機がある……」


 狐目の言葉は僕の発言を利用した説得力のあるものだった。ただ僕は完全にその文言を口にすると分かっていた。誘導したのだから。


「だとすると、おかしいじゃないですか。そんな口封じをして結果、二人も殺害した人間が気の迷いで通報なんてしますか? 訴えるって言う位なら、連続殺人で重罪になるって分かってるだろうに……」

「くっ!?」


 少々気に入っていたであろう反論の矛盾を指摘されて、苦々しい顔を見せる狐目。押され気味の彼女に、僕の意思を放り投げていこう。


「何か考えがあったとしたら、自分の声でそのまま通報しようだなんて考えないですし……逆にもし、これが違うとして単体の事件だったとしたら、動機が分からなくなりますよ」

「動機……か」

「はい、動機です。そもそも……春木さんはどうやって長谷川さんを夜中に呼んだんでしょう? そう言う仲でもなさそうですし。自分の友人やその妹を散々な目に遭わせた原因の人物ですよ」

「……ううっ」

「電話とかの連絡先は交換しないでしょうし。そんな何かありそうな人の呼び出しに応じますでしょうか?」


 ただ、やり過ぎた。その押しが相手を燃やしていた。


「じゃあ、こうだな。偶然。通り魔。むしゃくしゃしていたってことでいいんじゃないか?」

「えっ?」

「それか、偶然夜中に出逢った春木と被害者は公園で口論となり、ふと殺害してしまった」

「縄なんて普通持ってます?」

「持ってたんだよ」


 「持ってたんだよ」、「持ってたんだよ」、そんな強引な言葉が頭に何度も響いていく。

 そんな偶然があるのか。奇跡的なことが起きたのか。そう思うも否定できる材料がない。

 悔しくも反論はここまでだ。

 警察がどう考えて捜査を進めようとしているかが良く分かった。それだけでもプラスと考えて動くしかない。

 なんて考えていると、今まで警察に文句を言っていた春木が上目づかいでこちらに視線を向けてきた。


「あら……アンタ、随分、こっちに肩入れしてくれるじゃないの。ふふふ……嬉しいわねぇ! もっと言ってやりなさいよ。この刑事に」

「もう言うことはありませんよ」

「えっ……」


 そうだ。今まで春木の行動に不審な点があることを指摘しただけ。警察の真実や謎を無視した捜査方針が気に食わなかっただけ。春木を庇おうなんて考えはさらさらない。

 春木が二人のうちどちらか、または、二人を殺害した疑いは僕の中でも残っている。


「一旦、僕は消えますので……」

「えっ、ちょっ、助けてくれるんじゃないの!? ええええええええっ!?」


 春木の驚いた声をBGMとして聴きながら、狐目に蹴りを入れられぬうちに退散することにした僕。

 後は、外で赤葉刑事と交流し、彼女達が公園から出るのを待った。外でトラブルがあって殺害されたことを中心に捜査していたからか、トイレの方はほとんど手をつけない刑事達。

 彼女達が重要参考人としてか、春木を連れて行った後すぐがチャンス。僕と赤葉刑事は看板が置いてあったであろうトイレに向かっていた。


「赤葉刑事……あの看板がもし、トイレにあったとして……春木さんの疑いにどう関わるかは分からないんですが、間違いなく怪しいんですよね。トイレ」

「何があるのか……確かめてみないとね。で、さっきから……こっちをずっと見てる人がいるんだけど、どうするか……」

「えっ」


 僕は赤葉刑事の話に戸惑った。全く背後の視線に気付かったのだが。

 まさか刑事が僕の行動を注意しに来たのか。今ここで止められるのは僕にとっても、赤葉刑事にとっても困ること。

 何か、言い訳をしないとと思った矢先に僕がいたのは女子トイレ。

 どう言い訳をしようかな……。

 なんて焦ってる間に奴はこちらに向かって、高い声で話し掛けてきた。


「ちょっと、ワタシも事情を知る一人なんだから……仲間外れにしないでよ! このワタシにも捜査をさせなさい!」


 その正体は点滴を打ちながら、ぜぇぜぇと息を荒げて歩いてくる知影探偵だった。これだったら、まだ刑事に叱られる方が色々な意味でマシだったかもしれない。


 

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