Ep.6 絞殺凶器のストレート

 この日は朝起きるのがかなり遅かった。前日に行った赤葉刑事とのやり取りで浮き彫りになった謎に答えが見出だせず、うんうんと悩んで遅くまで眠れなかったのだ。

 朝の十時過ぎだった。一件の着信音で目が覚め、取ろうとしたけれども間に合わず。誰から来たのかと確かめてみたら、不在着信が何十件も入っていた。どうで、知り合いの悪戯なのだろうと思っていたが、送り主の名前を見てゾッとした。

 「桂堂赤葉」。赤葉刑事の名前だ。事件の新事実が分かったのであれば、メールでも済むはず。

 何故、そんなことをしなければならないのか。僕はすぐに彼女へ連絡を取る。


「赤葉刑事……何があったんですか?」

『……長谷川えみ。この苗字は知ってるよね?』

「えっ?」


 僕の声に、彼女は力の籠らない哀愁だらけの発言を返してきた。


『彼女が早朝、百貨店近くの公園の植え込みで殺されていたのを発見したわ』

「はっ!?」


 冗談ですかと言いたかった。しかし、彼女はこんなブラックジョークを好むような人柄ではないと知っている。

 だから、信じたくなくても理解するしかなかった。

 そのまま電話を切らず、着替えをして何も食べずに家を出た。走って、その百貨店近くまで走ってから、公園の方へと駆け寄った。

 夢でも赤葉刑事の幻覚でも嘘でもない。

 警察が集まり、民衆がテープの前で立っている。その近くで赤葉刑事が僕の方を見て、「こっちこっち」と言っていたものだから、そちらへと全速力で走らせてもらった。

 彼女は僕に「遺体の写真を見てもらってもいいかな?」と確認を取って、僕が頷いた瞬間、見せつけてきた。

 やることが速い。


「氷河探偵さん、この写真を見てどう思う?」


 植え込みの上。首には強い縄の痕。近くに一本の縄がピンと張った形で落ちている。長谷川さんの笑顔が頭の中に焼き付いて離れない。そんな理由で彼女の方に意識が行きそうになるも、縄にも注視しなければならないと考えた。

 長谷川さんの首を絞めたはずの縄がどうして、あそこまで縄を直線にしなければならなかったのか。普通なら首を絞めたまま植え込みの上に放っておいた方が良い。わざわざ一度首を絞めて長谷川さんを殺害してから、縄を……。

 余計な行動に関しても疑問は残る。

 普通、犯人は証拠を残らないように工夫するはずだ。時間を掛けて余計な事をすればする程、証拠は残して目撃者の数も増やすこととなる。


「この縄をもっと調べてみた方がいいかもって思いますが……他に犯人の手掛かりになるものは見つかったんですか?」


 写真だけではまだ断定できることは少ないので、違う質問をしてみた。


「ううん……怪しいと言えば、第一発見者のことかな」

「第一発見者がどうか? 何か見え見えの怪しいことでも? 誰なんです?」


 よく第一発見者を疑え、と言う。推理の参考になることは間違いない。そう思っていた僕の考えを彼女は裏切った。


「いえ……今のところ、見つかってないんだよね」

「えっ?」


 第一発見者が行方不明?

 僕が驚いた声を出すと共に彼女は詳しく説明してくれた。


「通報を受けた警官が女性の声で……って話なんだけど。死体の情報だけあって、自分の情報は全くなし。駆け付けた警官が見た時は死体が植え込みの上でほっぽいてあって。公衆電話から掛けられたもので……女性ってこと以外は分かってないわ」

「ううん……と言うことはその第一発見者は見られちゃいけない……か」

「それか計画的に起こした殺人で警官に早急に見つけてもらうことが本題だった」

「いや、それでしたらボイスチェンジャーを使うでしょう。その、分かるんですよね。声紋とかで、それが誰の声かって」

「ええ。だから今、怪しい指名手配犯だとか、この前の事件の関係者を洗ってるところ」


 第一発見者は謎。凶器と死因は分かっている。ただそれだけでは、謎は解けないとできる限り、公園の中へと入ってみる。

 赤葉刑事は「あんまり目立たないように動いてね。ここの担当、私じゃないからほっぽり出されるかも」とのこと。

 当然、植え込みを見た時点で狐目の女刑事に「部外者は出ていけ!」と怒鳴られてしまった。同時に赤葉刑事は「このトイレの看板を元の場所に戻してこい!」と言われる始末。


「えっ……それって……」


 あれ……証拠物件じゃないのか? と思ったが。赤葉刑事は「清掃中」の看板を持ちながら、追い出された僕に説明する。


「事件現場の植え込みはちょっと公衆トイレから離れた場所なのよ」

「じゃあ、事件現場とは全く関係ないものなんですね」

「ええ。悪戯いたずらだって話になってて。そこに異議も唱えられないから……で、これ何処に返せばいいのかな……」

「確かデパートの奴でしたよね、それ……どういう悪戯なんですか……」

「分かんないのよね。何か、事件にも関係してるんじゃ……と思うんだけどね」


 取り敢えず、公衆トイレのことを考えるのは後にしよう。警察が一度去ってから。まぁ、とにかく数分前に僕を捕まえ、追い出した刑事が消えてから、だ。

 それまで動機について、一旦一人で考えてみよう。

 野次馬の中から公園を見て、閉じる。警察はきっと女の人が家に帰ってる途中、通り魔に襲われたと考えるだろう。

 その通りだ。

 彼女には前の事件を通し、それ以外で殺される動機が見当たらない。内間さんの自殺を止められなかった被害者の一人でもある彼女。殺して得をするものが一人もいない……?

 いや、一人だけいるか。

 内間さんを殺害した殺人犯だ。

 何かのきっかけで長谷川さんが内間さんの死に関する証拠を見つけてしまった。それを知った彼女を口封じするために犯人が殺人を行ったのであれば、理由は分かる。

 そう。内間さんが毒に倒れた後、すぐさまテーブルに駆け付けた長谷川さんなら気付くこともできたかもしれない。

 もし気付くことができるとすれば……犯人は……。

 公園の中に連れてこられた女性が一人。喫茶店のウェイトレスでもある春木だ。


「ちょっと何なのよ!」


 警察に噛みつく女性に対し、厳しそうな狐目の女は言う。


「アンタが怪しいんだよ。声紋鑑定でも結果が出た」

「そ、そんな声紋だけで」

「声紋は絶対だ。それに歯向かうなら、もう一つ言ってやろうか。今日の真夜中、近くの居酒屋から出てきた酔っ払いが見てるんだよ。アンタが公園から出ていき、真っ先に走っていくところを、な」


 ……僕も狐目の刑事の話に半分以上賛成したかった。だけれども、言いたい事があった。だから、怒られるのも構わず勢いで公園の中へと入っていくことに決めたのだ。

 


 

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